ひとひらの魔法





久しぶりに二人一緒の休日となったその日は、朝からもの凄い冷え込みで。
折角のデートなのに、空はどんよりと曇りがち。
真っ暗になりそうな厚い雲の下に吹く風は骨まで凍らせそうな程に冷たくて。
唯一の美点(利点?)は寒さを理由に照れ屋な恋人の腕へくっついていられる、という事だけだったかもしれない。







「寒い〜。寒い寒い寒い!」
 既にカイロ代わりと成り果てた恋人の腕をきつく抱き締めながら叫ぶ。
だぁって、本当に寒いんだもの。傍目にはどう見えてるかなんて知らないけど、割と皮下脂肪少ないから、寒さが堪えるのよ。…まぁ、ミニスカートってのも理由の一つにはなってるかもしれないケドね?
「…うるさいぞ、エクセレン。そんなに寒いなら基地に戻るか?」
「イヤ!折角二人っきりで出かけてるのに〜」
 斜め上方から降ってくる呆れ気味の声に即答する。
 だって、デートなのよ?
 二人一緒の完全なオフなんて、何ヶ月ぶり、なのよ?
 そりゃ、どちらかの部屋で、二人でゆっくり、なんてのも悪くないけど。
 そういうのはまぁ、今日みたいな完全オフ日じゃなくても出来るじゃない?ほら、非番の時みたいに出かけられない日に堪能すれば良いし、そういうのならそれなりに過ごしてるから。
 だから、ね。今日は出かけたかったのよ。
 だからって、それ程遠出が出来る訳もないし、するつもりもなかったけど。せいぜいが買い物程度なのも解ってる。
 それでも、『デート』したかったのよ。
 解らないかな。
 この朴念仁さんには。
「キョウスケは私と出かけるの嫌だった?」
 上目遣いに見上げて、首を傾げてみる。少しでも可愛く見えたら良いな、なんて思ってるコト、気付きもしないんでしょう?アナタは。
 今日だって、いつもより気合入れておしゃれしたんだけど、全っ然、気付く気配もないし。
 たまには気付いてくれればいいのにねぇ。罰は当たらないと思うわよぉ?
 もっとも、そういう激ニブな所も嫌いじゃないから始末に終えないんだけど。
「…そういう訳じゃないが」
 困ったような表情がちょっと可愛い…かもれない。
「なら、もうちょっと良いでしょ?代わりに今日の夜はなんでも好きなの作ってあげるわよぉ?…何が良い?」
「…肉じゃがと焼き魚」
 それからワカメときゅうりの酢の物…でしょ?お味噌汁はやっぱり、豆腐とワカメかしらねぇ。
 なんにしても良かった、作ったことのあるもので。…和食って、まだまだ知らない料理がたくさんあるんだもの。いくら料理が好きでも、知らなかったり食べたことのない物は作れないものね。
キョウスケが好きだから、もっとたくさん憶えるつもりではあるけれど。
「じゃ、後で材料も買わなきゃ。お魚は何が良いの?」
「ししゃも」
 ししゃも。…やっぱり、卵抱いてるやつが基本よね。前に食べたら美味しかったもの。うん。和食ってヘルシーで良いわよねぇ。
 ダイエットにも最適みたいだし。
「んふふ。やっぱり和食には日本酒よねぇ。…ねぇ、どこのお酒が美味しいかしら?日本酒に合うおつまみの作り方も憶えたのよぉ?」
「酒の肴ばかり作れても仕方ないだろう」
 心底呆れたような、溜息混じりの声。
「あら。おつまみだって侮れないのよ?新作もあるんだから、食べてよね?」
「…解った」
 いくらなんでも、流石に私のペースに合わせて飲ませる訳にはいかないし。でも、おつまみ位は食べてもらわなくちゃ。
 …うふふ。これで取り合えず夕食までは一緒に居て良いって事よねぇ。その後はお料理の出来次第ってトコロかしらね。同じ基地だし、いつだって一緒に居られそうなものなんだけど、ね。プライベートな時間だとつい、口実を探しちゃう。
 キョウスケは特に、ベタベタするの嫌いだしね。
 ほんとはね。理屈も都合も気にかけずに一緒に居たいけど、どこまで許されてるか今ひとつ自信がないのよね。もう少し、態度に出してくれると解りやすいし嬉しいんだけどねぇ…。




「…だな」
「え?」
 キョウスケの呟きに我に返る。…やあねぇ。物思いに耽ってたみたい。歩きながら、なんて危ないのに。
 …あ、でも腕組んでるから転んだりはしないわねぇ。腕に絡み付いておいて良かった、なんてね。
「なぁに?キョウスケ」
「…雪でも降りそうだ、と言ったんだ」
 え?雪?
 言われて空を見上げると、基地を出た時り遥かにどんよりとした雲が空を覆っている。厚い雲、あれは多分、雪雲ね。
「道理で寒い筈よねぇ」
 ほんと、今にも降ってきそう。
「…そういえば、初雪になるの?」
 ふと思いついて確認する。今年はまだ、雪は降っていない筈。この辺は例年だって年明けてからの方が多いとか聞いてるし。
「降ればな」
 そっか。初雪か。そういえば、小さい頃はよく初雪が降るのを待ってたっけ。それでずっと空を見上げて、身体冷やして風邪ひいて。
 毎年の恒例行事だったのよねぇ。
「ふふ。雪が降るの、待ってようかしら」
「いつ降るか解らないのにか?」
 ふと漏らした言葉に呆れた声が応じる。…いいじゃない、別に。
「だって、待ってないと取れないじゃない?」
「何が」
「雪」
 かなり真面目な顔で言い切っちゃった所為かしらね?キョウスケが不思議そうに目を見開く。(…まぁ、驚いた顔って言ったところで、普通の人が気付ける程度には変わったりしない辺りがキョウスケなんだけど)
「知らない?その冬最初に降った、一番最初の結晶を掴むとね、願い事が叶うのよ?」
 一般的に『ひとひらの魔法』と呼ばれてる、ソレ。小さい頃は本気で信じてた。非科学的、とか言われるかもしれないけど。
「…」
「ちゃんと、叶うわよぉ?私は、叶ったもの」
 呆れたような視線をくれるキョウスケに意味ありげに笑ってみせる。…ふふ。私の小さい頃の『願い事』はちゃあんと叶ってるんだからね。自慢できるわよぉ?
「どんな願いだ」
「PTのパイロット」
「…なるほど」
 そう。小さい頃から父の仕事の関係でPTにはとても馴染みが深くて。気がついた時にはパイロットになりたかった。…父は技術者なのに、整備や開発じゃなくてパイロットなんだから。不思議よね。
 それはともかく。今、自分はちゃんとPTパイロットになってるんだから『ひとひらの雪』が取れたか取れなかったかに関わらず、お願いした事(夢)は叶っているのよ。
 だから、他のは知らないけどこの『魔法』だけは信用してる。勿論、自分的努力も忘れなかったけど。
 ま、ね。もっとも、こういうのは一種のイベントだし、どうせなら楽しんじゃお、と言うのもあるんだけど。
「…で?」
「え?」
「今回はどんな願い事があるんだ?」
「あら。興味あるのぉ?」
 意外。こんなモノに興味があるタイプには思えないんだけど。
「少しな」
「ふふっ。今の私の願い事なんて、一つだけよ」
 いつだって、どんな物にだって、今『御願い』するのは一つだけ。
 昔の御願い以上に切実で、努力が必要で、しかも昔と違って私だけじゃ叶わないもの。…そうねぇ。ここ数年、そしてきっとこの先、決して変わることはないだろう、『願い』。
 解る訳、ないわよね。貴方絡みの事なんだけど。
「それは何だ?」
 ほらやっぱり。絶対、解る訳ないんだから。ヒントも少ないし、なにより、鈍感な貴方だから。
 仕方なく、笑いを微妙に含みながら、背を伸ばしてキョウスケの耳元に口を寄せる。
「…あのね…」














 ───────────あなたと二人、ずっと一緒に居られますように



END



    『ひとひらの魔法』
         平成十四年師走二十二日脱稿





ちっとだけコメント。
平成十四年冬コミ用コピー誌から。
デートの折のお話。
この話を作った前後に相方に同じような事を言いました。
結構、素のままで惚けた事言います、藤原は。
昔、大学の友人に天然ロマンティストと言われたなぁ ^^;



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