「キスしたくなる瞬間、てあるじゃない?」 エクセレンはいつも唐突に話を切り出す。今だって、本人はヴァイスの整備を終えてから来たのだろうが、キョウスケはアルトの足回りをチェックしている途中である。だから、当然返事は生返事になる。 「ないかなぁ…?私は結構あるんだけどな」 「…何が」 「だから、キスしたくなる瞬間。…唐突にね、ほんとにイキナリ、人目も気にせずしたくなるのよ」 …生憎、やった事はないけど。 キョウスケの横にしゃがみこんでそう続けるエクセレンを横目で見る。楽しそうな表情を浮かべて、さり気なく邪魔にならないようにしゃがんでいる。…どうやら返事自体はあまり期待してないらしい。単に思いついた事をしているだけのように見えた。 「たとえば」 「ん〜。そうねぇ…。今みたいに真剣にアルトと向き合ってる時とか、なんとなく表情が動いた時とか。もお、たまらなくなるのよね」 気のないようでいて、それでも促すようなキョウスケの言葉にくすくす笑いながら告げる。その表情があまりにも幸せそうで、甘やかに艶やかで、キョウスケの背後の方の気配が微妙に変わる。…色めき立つ、とでも言った方が判り易いだろうか。 「そうか」 「…ねぇ、キョウスケはそういう事、ない?」 唐突に不機嫌になりかけたキョウスケを不安そうに下から覗き込みながら聞いてくる。もっともそれも、ちょうどチェックを終えたのを見計らっての事だろう。キョウスケもちらりとエクセレンを見返す。 どうやら、エクセレンは気付いていないらしい。…キョウスケが意識的に後方から自分達を覗き見ていた者たちを牽制し、排除した事を。 「…やっぱ…ない?」 自信無さげに見つめるエクセレンに視線を合わせて。無意識に絡む視線に、キョウスケの瞳の色が変化した。 「……今」 「………………え?」 不意に近付いてきて、一瞬のうちに触れて離れた何か。 目の前には至近距離にある、したり顔の恋人。…まるで、悪戯を成功させた時のような色の瞳をして。 「キョウ…スケ」 何事もなかったように道具を片付け、立ち上がりかける相手を呆然と見つめながら、確かめるように指先を唇に持っていく。自覚はしていないだろうが、頬をほんのりと染めて。 その表情の変化に、キョウスケの笑みが深くなる。 思考が止まってしまったとばかりにペタン、と座り込んでしまったエクセレンの手首を掴み、もう一度同じ事を繰り返すと、今度は本格的に立ち上がって、格納庫を出て行こうとする。 「…エクセレン。何してる。戻るぞ」 「…あ、う、うん」 キョウスケの言葉に、慌てて立ち上がり、小走りに追いつこうとする。その手を取り、軽く引き寄せると、キョウスケはとどめの一言を囁いた。 『いつでもしたいに決まっているだろう』 |