「…キョウスケぇ〜」 怒ってるわよ。 怒ってるんだからね。 言い訳くらい、ちゃんとしてみせなさいよ。 「……」 だんまりなんて、絶対許してあげないんだから。 「キョ・ウ・ス・ケ!」 恋人の機嫌くらい取ったって、罰は当たらないわよ!! 事の起こりは昼間。買出しの途中。 集めているアクセサリメーカーの新作が目に入った時。 可愛くて華奢なシルバーブレスは、値段も手頃で購買意欲をそそったけど、今回は別に欲しいものがあったし、気に掛かる事もあったのでスルーしようとしてたのよ。 なのに。 引っかかるんだもの。 下手に好みを知られてると困る時もあるのよね。いつもは嬉しい関心が、今回は凄く困ってしまった。 「…いるか?」 「いらない」 「…どれがいい?」 「いらない」 「…で、どれ?」 「だから、いらないの」 「エクセレン」 「いらない、からね。キョウスケ」 しばらく店頭で押し問答。おまけに店員さん(…どう考えてもあれは店長だったわね)が出てきて、執り成すように割って入ってきて。 …言っちゃなんだけど、あれこそ余計なお世話よ。 店員が介入したら、買わなきゃいけない気分になるでしょ?でも、私は遠慮したかったのよ。すぐ、その場から立ち去りたかったのに。 下手に引き止めないでよ! キョウスケは押しても引っ張っても動かないし。いい加減頭に来ちゃったのよ。 「も、知らないからね!」 癇癪起こして、キョウスケ置いて立ち去ってみた。 なのに。 いつもなら、文句を言いながらでもすぐ追いかけてきてくれるのに。 全然来てくれないし。 荷物もあるから一人で帰る訳にも行かなくて、人目に付くベンチで待ってたのに。 待てど暮らせど来てくれない。 そのうちナンパは寄ってくるし(暇人!!)、お陰で気分は全然収まらないし、泣きそうになっちゃって。 「キョウスケのバカぁ…」 なんで来ないの? どこか行っちゃったの? 癇癪起こしたから、嫌いになっちゃった? …なんて埒も無い事考えて。物凄く不安になって。 それなのに。 徒歩2分もないような距離を30分以上もかけて現れたアイツは何にもわかってないんだもの。 …そりゃ、言わない事をわかって、なんてバカを言う気はないわ。ただでさえ鈍いキョウスケに女心を察してくれと言うだけ無駄なのは、よぉく解ってるのよ。 でもね。 私だって、貴方の言わない事を全部察するなんて無理なのよ。 元々言葉は少ない方だし、こっちが割と悟ってあげちゃう所為で更に余計な事は言わないのも知ってるわ。 だけど、やっぱりわからない事も多いのよ。 特に、今みたいに怒ってたり拗ねたりしてる時はね。…解りたくない、って思っちゃってたりもするんだもの。 手を引かれて、いつもならこの上もなく嬉しいそんな行為にも、素直な反応が返せない。 ねぇ、こっち向いて。 何か言ってよ。 一言で良いのに。 私がいつも通り素直になれるようなきっかけ、欲しいのよ。 …無理なんだけどね。引っ込みがつかない時もあるんだから。 「…エクセレン」 「なによぉ」 不意に呼ばれて身構えて。 「やる」 渡されて物に溜息をつく。 …やっぱり買ったんだ。あんなに要らないって言ったのに。 「いらないって言ったよ?」 拗ねて怒ってる身の上で、素直になんかなれっこないのよ。 だから。 受け取る為の言葉を頂戴。 それなのに。 そんな事、気付きもしないんだから。 おまけに、火に油を注ぐような事、言ってくれちゃうの。 「じゃ、捨ててくるか」 ぱちん。 条件反射で引っ叩いて。 拗ねた視線をそのままに向ける。…もしかしたら、泣きそうな表情、していたかもしれない。 そうじゃないでしょ? 私に言うべき事、あるでしょ? なんで、買ったの? どうしてくれるの? 理由、言って。 言わなきゃ、もらえない。 だって、私、昨日貴方がイルム中尉と賭けして、大損してるの知ってるのよ? そんな状態でこんなもの、買っちゃダメじゃない。 無駄遣いしたら、モタナイでしょ?…給料日まで、まだ間があるんだから。 だから、要らないって言ったのに。 無理して、なんか嬉しくないのよ。 物が欲しい訳じゃないんだから。 そんな戸惑った顔したって、微妙に不機嫌な顔したって、ダメなの。 …それで、冒頭の科白に戻る訳。 「…キョウスケぇ〜」 何か言いなさいよ。もお! 「…つけないのか?」 やっと何とか言ったと思ったらそれなの? …もお!! 「…ん」 それでも一応、左手を差し出して。付けてくれるのを待ってみる。顔は当然拗ねたまま。 付けてくれると、何処となく嬉しそうな表情。 そんな顔したって、ダメなんだからね。 今回は怒ってるんだから。 「…エクセレン」 「…足りないの」 「え?」 「言葉が足りないのよ。…いつも」 困ったような声色に、流石に助け舟を出してしまう。 『言葉1つ足りない位で』…確かにそうね。いつもなら気にしないわ。 でも、言葉って大事なのよ。 必要な時くらい、ちゃんと言ってくれなきゃいけないわ。ねぇ、そうでしょ? 「…これの礼」 以前に買ってあげた(押し付けた)皮のブレス。ちょっと犬の首輪みたいで、『勝手に飛んでいかないようにね』と言いながら付けてあげたもの。 それのお礼? そんな義理の為に無理したの? それこそ、嬉しくないわ。 多分、物凄く情けない表情になっていたと思う。でも、仕方ない。悲しくて、仕方なかったんだもの。 「…バカ」 つい、悪態をついてしまう。だって、そんな事をして貰いたくてあげたんじゃ、ないもの。 「……似合うと思ったから、なんだがな」 ぽつりと呟かれた言葉に体が反応する。 「少しの無理は幸せだ。それはいけない事か?」 縋るように袖を掴んで、見上げると、少し気まずいような苦笑。そして、緊張した私の耳元に口を寄せて更に一言。 「いつも傍にいられるし…な」 … ……まったく。 なんて事なの? 全然言葉が足らなくて、少しも女心がわからなくて、誰よりも鈍い事この上ないクセに。 時々、とんでもない事を言うのよ? これを殺し文句と言わずしてなんて言うの? …もぉ。 こんな事言われちゃったら、降参するしかないじゃない? 「エクセレン?」 そんな、不安そうな瞳しなくても大丈夫よ。 貴方に私が勝てる訳ないんだから。 「…天然」 怒り続ける事すら出来ないわ。 「…そうか?」 「そう!…ねぇ、キョウスケ?」 「なんだ?」 少しは反撃になるかしら?背伸びして、耳元に口を寄せて囁いてみる。 「ありがと。…大事にするわ」 |