軍の支給品の粗悪さは改善される事がない。その為、月の何日かを物資調達に費やしてした。 急用が入ったエクセレンの代行を押し付けられたキョウスケは、買物部隊として市内のショッピングセンターに来ていた。 「…これで、最後だな」 メモにチェックを入れてそのメモをボトムのポケットに突っ込んだ。 「よっ…」 両手いっぱいの買物袋を持ち上げて人ごみを掻き分けながら歩く。しかし、さすがにこの荷物である。 休まずに駐車場に持って行く事は不可能だった。 「さすがに、重い」 荷物を降ろして、両腕を軽く回しながら何気なく周囲に目をやる。 「…あ、」 そこは、格安で有名な靴屋の前だった。色とりどり、様々な形の靴が購買意欲をそそる様にディスプレイされている。 「もう、ブーツの季節か」 季節はまだ残暑も厳しいこの時期に冬物のブーツが置いてあると言うのは、気が早いというべきなのか流行の最先端を垣間見るというべきなのか…、何ともいえない汗が背中を伝う。 「ん…?」 店内の奥の壁にディスプレイされている靴に目が行く。 「いいなぁ、あの形…」 ちょっとだけなら良いか…、と荷物を持ち上げて店内へ足を踏み入れる。 知らないメーカーだったが、好きな形だった。その斜め下に目をやれば、ホーキンスのハイカットのシューズがあった。 「5800円と、9800円か」 更に、現金購入者は「10%off」と書いてある。 「リュウセイよりも、タスクが欲しがりそうだな」 サイズがあるかどうかを見ようと視線を落とした瞬間 「あ…」 足元においてある靴に釘付けになった。 今自分の履いている靴と形がほぼそっくりな靴が置いてあった。 「…幾らなんだろう」 見る限り皮製である事から、高いことはまず間違いないだろう。 ブランド名のロゴタグをめくり、その下にある値札をつまみ上げ恐る恐るめくる。 「はっ?」 目を疑う様な金額に思わず声を上げてしまった。 「なん…で、こんなに安いんだ?」 格安・激安価格で有名な店ではあるが、何故こんなに安くなるのだろうという金額に思わず財布の残金を計算していた。 答えは簡単に弾き出される。 「買って帰れない金額ではないな…だが、なぁ」 ここでこの金額を使ってしまうと、残りの数週間は切り詰めなければならない。 「…どうしたもんかな」 分の悪い賭けは嫌いではない。しかし、この賭けは分が悪すぎる。 幾ら軍の支給品が粗悪だからといって私用品を使用するのも考え物だった。 「…どうするかな」 考えあぐねいていた時、携帯電話が鳴り響く。 「…………もしもし」 『あっ、キョウスケ中尉。すいません、今何処に居るんですか?』 リョウトの声だった。 「リョウト、どうした?」 『はい、そろそろ駐車場に戻ろうと思うんですけどキョウスケ中尉の方は買い物終わりましたか?』 「…ああ、終わっている。俺もこれから駐車場に戻ろうと思っていた所だ」 一瞬躊躇うが、決め兼ねていた所だったので天の助けと受け取る事にした。 「じゃあ、駐車場でおち合おう」 電話をベストの内ポケットに入れると、荷物を持ち上げる。 「まあ、運があったらこの次に来た時には必ず買おう」 ぽつりというと後ろ髪を引かれる思いをしながら、靴屋を後にした。 夕涼み…と称して、キョウスケは格納庫をのらりくらりと歩いていた。 「キョウスケ中尉」 突然ブリットに呼び止められて振り返る。 そして、走ってくるなり 「はいこれ!」 「…あ?」 いきなり手渡される銀色の包み袋。 「キョウスケ中尉の誕生日プレゼントです。欲しいって言っていたじゃないですか、狼の柄のシャツ」 自分の誕生日を忘れていた訳ではなかった。しかし、リュウセイと近かったため薄くなってしまったのは事実だった。 「欲しがっていたでしょ?狼の柄のTシャツ」 ブリットは、何気なく言った言葉を覚えていたのである。 「ありがとう、わざわざ」 お礼の言葉よりも照れが先に来てしまう。 「いえ、自分も貰ってますからそのお返しですよ。でも、喜んでもらえて嬉しいです!じゃあ!」 それだけ言い残すと、ブリットはとっとと走っていってしまった。 「お返し、か。律儀だな」 誕生日プレゼントは、あげるもので自分が貰う立場になる事は滅多になかった。貰ったから返す。当然といえば当然の行為なのだろうが貰うばかりの人間の方が多い。貰って判る、その人の気持ちというのも中々良い物だと思う。 「…ああ。ならばさっきの靴は自分に対しての誕生日プレゼントにして置けば良かったのかもな」 あれだけ安かったのだから、もう売れているだろうとひとりごちる。 「今回の賭けは、……負けたな」 ブリットから受け取った袋を小脇に挟んで再び歩き始めた。 一回りして部屋に戻る。 部屋の扉を開けようとした時だった。どういう訳か内側から扉が開く。 「…不法侵入だぞ、エクセレン」 「まあまあ、硬い事は言わないの。私とキョウちゃんの仲じゃない」 「…………」 何か言い返そうと思ったのだが、何となく気が削がれてしまい言葉が出なかった。 無言のまま部屋に入る。 「開けて見て」 びっくり箱か何かだろうか。恐る恐る袋の止めシールを外し、中の箱を取り出した。何処となく見覚えのある箱。 「…!これは…」 瞬間、思わず息を飲んでいた。何故なら、箱の中身が昼間見たあの靴だったからである。 「んふふ〜。キョウスケこういうの好きでしょう?だから、買っちゃった」 得意げに言うエクセレンの横で、両足取り出して箱の上にディスプレイする。 「嬉しい?」 しかし、無言のまましげしげと靴を眺めるだけだった。 「キョウスケ…?」 ひょっとして気に入らなかったのではないかと言う表情をエクセレンは浮かべた。 「ありがとう……」 閉じていた唇が開き、ぽつりと呟かれる一言。 「今までに貰ったプレゼントの中で…一番の宝物だ」 これ以上ない・・・という程の微笑を浮かべながら呟く。 「ありがとう」 「…どういたしまして」 エクセレンに買って貰った靴は、暫くの間は足を通される事はなかったが、箱の中と外を行き来していたのは言うまでもない。 |