聖夜





 年に一度の我がまま。叶う叶わないは周りの決めること。
 さて。貴方なら何を願う?



「────────…雪が見たい」
 十二月。窓の外を見ながら呟いてみる。外は晴れ。雲一つない、綺麗な青空。…もっとも、造り物のくせにどどめ色の晴れなんかあったらどうしようもない、とは思うが。
「…雪、ですか?」
「雪だよ。天候予定調べたら、入ってないんだよ。…仕方ないんだけど」
 首を傾げるアリスについ、ぼやく。手元の天候予定一覧には雪の予定なぞ一切ない。今年中(後残すところ僅かではあるが)は勿論、新年明けてからも。いくら全天候に対応しているイゼルローンだからって、天候それ自体がコンピューター制御されてるのだから、予定外が入る隙はない。ましてや、設定は首都ハイネセンの平均。どう転んでも無理なのは解ってる。ハイネセンに雪なんて、年内はまず降らない。いつでも雪は一月か二月。しかも、降らない年の方が遥かに多い。
「…ハイネセンは雪少ないし」
「…そうなんだけどね」
 言われるまでもなく熟知はしてるのだが。
 冬といえば雪。そう考えるのは想像力貧困だろうと思う。別に、それが必要な訳でも必然な訳でもない。都市部で大雪なんかただの迷惑ですらあるのだ。なのに、毎年十二月になると雪が見たくなる。特に、今頃は。宇宙空間にいる時はそれほど強く思う訳じゃないけれど。
「コーネフ少佐って雪好きなんですか?」
「そういう訳でもないな。ただ、十二月と言うとホワイトクリスマスだな、と」
「ホワイトクリスマスって何ですか?」
 思いもよらない質問。─────そうか。普通、クリスマスなんてもの知らないんだよな。ホワイトクリスマスで一単語になってる。迂闊。
「雪に染まったクリスマスのこと」
「クリスマスが解んないですー」
 ホワイトの意味が明確になったところで説明しよう。
「昔の救世主の生まれた日」
「誰ですか?それ」
「まだ人間が地球にいた頃のとある宗教の神様の子供。十字架に人がくっついてるモチーフがあるだろ?あれだよ」
 昔は有り難がられた存在も、現在じゃ単なるデザインに過ぎない。その意味を知ってるのなんて、歴史に詳しい奴くらいだろうな。
「へーえ。知らなかった。十字に痩せこけたおじさんがくっついてて変なデザインだなー、とは思ってたけど」
 頭痛がしそうだ。一応あれは自己犠牲の象徴の筈なんだよな。
「で、その人の誕生日が雪なんですか?」
「いや。その人の誕生日なんて幾つも説があるから。それより、十二月の下旬て所に意味があるんだよ」
 そもそも、西暦元年に生まれたのかどうかだって怪しいぞ。一応彼の生誕年が基準にされてるけど。古代史にはさして詳しくないからなんとも言えないが。ま、論点はそこじゃないしなぁ。
「え?」
「冬至、て知らない?」
「あ!昼が一年で一番短い日!」
「当たり。もともとはそれのお祭りなんだよ」
 現代はさておき、昔重要だったのが冬至と夏至なんだよな。アキヤマたちの先祖は冬至にはカボチャ食って柚子の風呂に浸かったらしいし。夏至は普通…妖精の祭りだよな。童話なんかでは。なにはともあれ、冬至ってのは夜が長い分、色々あったらしいしな。
「成程」
「実際は毎年日が変わるものだけど、誕生日にしちゃったからね」
「…て事は毎年同じ日になるんですよねぇ。いつですか?今年の冬至は確か二十二日じゃなかったっけ」
「…それくらい調べなさい。じゃ、俺は今日はこれであがるからね」
 表情が増えてるような気がするのは夜勤明けの常。これ以上表情が出ないうちに帰らないと。
「えー。それはない…って、違うっ!私少佐に誕生日何が欲しいか聞きに来たのに!」
 漸く気づいたらしい。アリスの『誕生日に何が欲しいか』という質問に対しての『雪が見たい』だったのに。疑問をすぐ口に出すのは良い事だが、そのまま関心が他に移るのはよくないな。アキヤマの教育が悪い。
「少佐ぁ」
「─────最初に言ったよ?雪が見たいって」
「────────無理ですよぉ」
 コメントは差し控えよう。


「────────で、何か?結局アリスを煙に巻いちまったのか?」
 明けの帰宅途中。同じく夜勤明けのリンツ中佐に捕まり、少々遅い昼食を一緒に取りながらの会話。自分もだが、この人もあまり軍服が好きな方ではないらしい。勤務時間でもなければ私服を来ている。
「…人聞きの悪い。素直に、正直に答えただけですよ」
 実現可能とか不可能は置いといて、ね。それにしても、何だってリンツ中佐にまで話が伝わってるんだか。話の流出ルートは簡単に予測がつくとはいえ、アリスとの会話から一時間経ってないぞ。アリスの口が軽いのか、元々薔薇の騎士との癒着が激しいんだか、ちょっと区別しづらいな。
「…雪ねぇ。まぁ、悪くないが、居住区じゃ始末に困るだろうな。雨量すら最低限にしてるみたいだからな」
「でしょうね」
 要塞内じゃ降雨量も初っ端から入力済みだろうし、それも予定調和内だろうし。雪見たければスキー施設にでも行けば問題ない。
 でも、それでは意味がない。
「お前さんは居住区に降って欲しいんだろ?」
 図星を指される。だからといってどうという事もないんだけど。
 見たいのは、当然のようにそこにある雪なんかじゃなくて、不意に降ってくる雪。たとえプログラム通りのものとしても、まめに時刻を気にするのでなければ、『不意に』降ってくるものには違いない。朝のTV予告で降雨時刻を確認していても傘を用意していない奴もいる訳だし、気分的な問題はない筈だ。
「…ま、そんなとこです」
 まぁ、予定外の天候は無理だろう。言うだけなら無料だ。アリスたちを困らせる気はなかったけど、別に欲しい物なんてないし。欲しい物なら自分で買ってる。とはいえ、どうしても欲しくなるなんて物は滅多にない。
「無欲なのも困りものだな。手に入る物には興味がなくて」
「無欲って訳じゃ…」
 単に思いつかなくて、冬気候の風景と日付を見て思っただけなんだが。それに、全く叶わないとは思えないんだ。これが。
「なぁ、なんで雪が見たいんだ?」
「──────クリスマスだからですよ」
 昔の聖なる日。特に前日は聖夜と呼ばれてまた特別だったらしい。その宗教の信者も、そうじゃなくても、無神論者ですら知っていて楽しんだ日らしい。今の価値観にはないからちょっと興味深い。
「クリスマス?─────あぁ、生誕祭な」
「知ってるんですか?」
 以外と言えば以外。普通は知らないのに。興味もなさそうだってのに。
「んー。大昔の絵画に宗教画ってのが結構あるしな。美術史紐解けば出てくる」
 あぁ、そうか。この人、絵を描くんだっけ。それなら解る。少しでも勉強したら出てくるだろうから。
…自分のは付き合いの結果だけど。
「────────あれは確か二十五日…あ。お前の誕生日」
「よく知ってますね」
 自分でも忘れがちな誕生日。覚えてるのはいつものメンツ。毎年趣向を凝らした宴会を催すから思い出すもの。今年も例に漏れず、アリスに聞かれるまですっかり忘れ去っていた。
「去年、ライオンのぬいぐるみやったろ」
「そういえばそうでしたね」
 ショウウィンドで目があったぬいぐるみがあまりにも買って欲しそうで、珍しくも買おうか悩んでたのを見つかって買われてしまったんだっけか。ちゃんとまだ飾ってあったりする。あの時はポプランもぬいぐるみだったな。イルカかなにかの。
「あんなもん欲しがる奴には見えなかったから、印象深くてな」
「たまたま、ですよ」
「今年は何が良い?」
 …この人も予想外の事を言う人だな。いきなり言われても答えようがない。それに、あまりに自然に当たり前のように言われた所為か、随分驚いた表情をしてしまったんじゃないだろうか。
「コーネフ?」
「────────思いつかないんで、当日に会ったらということで」
「了解。────────ところでお前、Xディに予定外の雪は降ると思うか?」
 悪戯っぽい表情の問。揶揄い半分に本音半分、てとこか。…面白がってるなぁ。
「…思ってますよ。ここ十数年、この時期の期待は外された事がない」
 意地か趣味か酔狂か。それは判らないものの、毎年毎年それなりに満足する日を過ごしている。
 こちらの望みが判っているのなら、きっとあいつらは実現させるだろう。飛行学校の時から、それは必ず繰り返されている。───────昔は冬休み直前の試験直後で羽目を外す方便に使われていたらしいが。卒業してからも日頃の鬱憤を晴らす良い材料になってるようだが。それでも、必ず面白い事が待ってる。
「────────では俺も期待する事にしよう」
 それは決して裏切られることはないだろう。



 ピンポォン
 夜中にいきなりインターフォン。時刻を見れば二十三時四十分を過ぎた所。
「…一体誰だよ」
 そろそろ寝ようかと思っていたところなだけに不機嫌になってしまうのは仕方がない。少々訝しみながら玄関に向かう。室内の空調は効いているが、外は氷点下に近い為、上着だけは羽織って行く。
「…よ」
「…中佐?」
 モニターには見慣れた長身。何でこんな時間にこんな所にいるんだ?それは、アキヤマやポプランなら話は解る(…と言うより二人とも許可も得ずに勝手に入ってくる)が、何で?
「出られるか?十分だけ時間やるから着替えて出て来い」


「…どうしたんですか?」
 玄関先に待たせたまま、慌てて着替えて表に出て行く。コートを着てはいるものの、先刻まで気を抜いていたから余計に寒い。
「夜遊びのお誘い。やはり酒を飲む時には目の前に綺麗所がいないと」
「わざわざフラットにまで来て、ですか?」
 まったく何を言い出すんだか。その気になれば女なんか向こうから寄ってくるくせに。別に面倒で声をかけない、というのも特になさそうだしな。ポプランやシェーンコップ准将みたいにマメでも問題はあるだろうけど。
「悪いか?」
「…いえ、別に」
 今回に限り、議論するだけ無駄そうな気がする。何を言っても無駄。それだけならいいが、帰ろうものなら首根っこを押さえられそうだ。
「それはなによりだ」
「…で?どこ行くんです?飲みに行くなら逆じゃないですか?」
 繁華街とは逆の方向。これじゃこのまま森林公園に出るぞ。
「こっちで良いんだ。────────あ。もう、時間か?」
「え?」
 こっちの言葉をさらりと返し、ちらりと腕時計を見やると上を見上げる。そして呟かれた科白にこっちが反応し、同じように上を見上げる。
 吹き抜けのフロアの上の方から、何かが落ちてくる。かなり小さいけれど、白くて…灰のようで…ゴミ…じゃない。え?これ…は。まさか。
「────────雪?」
 本当に?
「気象班やらなにやらを説得するのに苦労したらしいがな。とりあえず今から半日は雪らしいぞ」
「────────あ…は。すげ…」
 よくやる。こんな、私用で天候予定狂わせて良いんだろうか。それより何より、実現させた方が凄いな。
「…ま、俺は呼びに行けと言われただけだし、メインはあそこにいる有象無象だろ」
 真っすぐ指で示された先に、空戦隊の奴ら。今日が夜勤の奴らを除いて全員揃っているらしい。中でも一際目立つのが…。
「ポプラン!アキヤマ!」
「────────よぉ」
「寒いぞー」
「隊長!お疲れ様です」
「少佐ぁ。雪だよ、雪ぃ」
 口々の出迎えの中に入って行く。─────なんだかな。空戦隊の奴らだけかと思ってたら、薔薇の騎士の奴らも点在してる。
「今年のバースディプレゼント」
「日付変わると同時に降らせて貰ったんだぜ」
「ちゃんと提督とかの許可も取ってるから。安心しろ」
 なんだかなぁ。こいつらって何考えてるんだろうなぁ。
 でも、それでも。



「…ありがと。─────────────本当、お前ら最高」



END



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