ふたり






 部下の目を掻い潜り(…まぁ、さしたる労力は必要なかったが)、森林公園の一角に陣取る。太陽がないので木陰といってもあまり意味がないが、それでも気に入りの場所というのはあるものである。自分にとってそれは、人通りがよく見え、さりとて自分は人目につかない、マン・ウォッチャーには最適の場所…という事になるのだが。
 いつものように樹に凭れ掛かると、スケッチブックを開いた。




「…何、描いてるんですか?」
 どれ位経っただろうか。興味深そうに問う声に、今まで動かしていた手を止め、視線を上げる。
「…よぉ」
 トレードマークのような分厚い冊子を片手に影を作り出した人物は、淡く微笑を浮かべている。
 その表情がいつも周囲に見せている『営業用』ではないのを確認して、軽くシャーペンを持ち上げる。
 …なかなか、機嫌は良いらしい。
「何、描いてるんです?」
 楽しげにもう一度問い、スケッチブックを覗こうと隣へ腰をおろす。それをさり気なく隠すと溜息一つで答えてやる。
「…美人とケダモノ」
「…Beauty&Beast?…でも語感がなんか…」
「…あぁ。ほら」
 微妙な言い回しに首を捻る相手に、笑いながらスケッチブックを差し出す。見せるかどうか、一瞬悩んだのだが、最終的に見られる羽目になりそうな気配だったのでとっとと見せるに限る。
 下手に隠し事が出来ない相手だしな。
「…え…?これ…」
 見せられた絵に驚いたらしく、こちらの顔を見る。思わず感心するような白皙がうっすらと紅くなってるのは、多分、見間違いじゃない筈。
「…な?『美人とケダモノ』…だろ?」
「…あの、ですね」
「間違うなよ?お前が『美人』だから」
 意図するところを間違われるとは思ってないものの、悪戯っぽく付け足してみる。勿論、美人は強調。
「…嬉しくない」
 ぽそ、と呟く。言葉の割に照れくさそうだな、とは思うが、口にしたら後が怖いので言わない。困ったような表情をしているが、傍目にはまず理解できないだろう。…判ってしまう自分は、まぁ、それなりの付き合いだから。
「やっぱり、お前らはセットで描かないと、な」
「セットって…」
「セットだろ?少なくともここで『コンビ』と言やぁ、お前らの事だし」
 既に名物と言っても差し支えないだろう、一対。今は片割れがどこか行っているみたいだが、なんだかんだで一緒にいる姿は目に焼き付いている程だ。
 それ程に『二人で居る』のが当たり前な奴ら。
 手慰みに描いていても、つい、セットで描いてしまう。後で気付いて苦笑してしまう位なのだから、それだけ印象深いって事なんだろうが。
「『あの二人』って言葉はお前らの為にあるみたいだし、な」
「…最近はそうでもないみたいですが」
 拗ねたような、困惑したような視線がぶつかる。…ん?最近?
「…何か、噂になってるみたいで」
「何が」
「貴方と、俺」
「…あぁ。それなら俺も知ってる」
 最近の噂。 「俺とお前がつるんでて、アイツ放ったらかし…ってヤツだろ?」
 そう言えばよく、耳にするな。面白いから放置しているが。愛想を尽かしただの、略奪しただの、実しやかに囁かれている。人によっては訊きにも来るしな。よくよく暇人の集まりだ。
「そりゃ…お前がヤツ以外の、それも部署違いのヤツと連れ立ってりゃ目立つだろう」
 ましてや、どちらも知名度は高いんだ。
「…そんな目立ちますか?」
 …自覚ないのか。
「目立つ」
 断言して。困った表情のまま考え込む相手を伺う。
 …そりゃ、目立つだろうよ。あれだけ完璧な一対、そうそうお目にかかれるものじゃない。腹立つほどに、一緒に居るのが自然。まるで、一枚の名画のように。
「ま、別に良いけどな。噂になるのも楽しいからな」
 言いながら相手の膝に頭を乗せる。所謂膝枕というヤツだ。
「…筋張ってて硬くないですか?」
「それ程悪くない。それに、噂を煽るのも楽しそうだ」
「…貴方が良いんなら、良いんですけどね、俺は」
 諦めたような溜息をつく相手に笑う。
 そうだ。悪くない。
 名画に数えられそうな二人には敵わなくとも、その次位にはなれるかもしれない。だから、噂が収まるまで、周囲を煽りつつ一緒に居るのも良い。
 何せ、相手は美人だ。気分は良い。
「…少し寝るから、動くなよ」
「…はいはい」


END



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