アキヤマの一日





 PPPPPP…






 がし。
「うー」
 朝。軽い電子音のする目覚ましを握り締める。現在、AM6時。目覚ましかけ直して、寝直そうと思えば、まだ寝直しのきく時刻。…なんだが、しかし。
「ねみぃ」
 言いながら身体を起こし、ベッドから降りる。そのまま、昨夜チェストに置いといたタオルとTシャツを引っ掴んでバスルームに向かう。
 とっとと頭をはっきりさせないとずっと眠い。






 熱めのシャワーで完全に覚醒したところで、まず冷凍庫から鯵の開きを出す。それはそのまま置いといて、洗いかごのミルクパンに煮干を2、3尾入れて湯を沸かす。やっぱ朝は味噌汁だよな。うん。ちゃんと飯も炊き上がってるし。その間に葱を刻んで、放置しておいた鯵を火にかけて、鍋から煮干取り出して、葱入れて、味噌溶いて、豆腐切って入れる。それから漬物出して、卵焼き作って。…たまにはちゃんとしただしまき卵が食いたいなぁ…じゃなくて、茹でといたほうれん草に鰹節かけて。そういや、作り置きのキンピラ、食っちまわないといい加減ダメになるな。あぁ、そうだ。海苔も出さないと。
 ─────…で、気がつくと、キッチンテーブルの上には見事な朝食が出来上がる。うーむ。我ながらなんて素晴らしい。いつでもオムコに行けるわ。
「…にしても…」
 どーしても帝国の食器って和食に合わない…。一応、このフラットの中でも地味なのを選んで(何せイゼルローンに来る時、食器なんか持って来なかったから備え付けっつーか帝国軍の残留品をマンマ使ってるし)るってのに、鯵の開きや秋刀魚と調和した試しがない。絶対、華美過ぎるんだよなぁ。このフラット、ブルー&ホワイトってないし。何せ、シンプルなの、全然ない。前は誰が住んでたか聞いてみたいもんだ。
「美濃焼きが欲しい…」
 実家から送って貰おうかなぁ。俺の食生活とこの食器は絶対相性が悪いぞ。こんな皿じゃわらびもちも食えない…気分的に。
「…いただきます」









「たーいーちょぉぉぉぉぉ!」
「んー」
 背後からの元気な声と足音に立ち止まって振り返る。アリスが全速力で突撃してきた。
「おはよーございまーす!オフィス一緒に行きましょお」
 勢いのつき過ぎた暴走娘を受け止める。…頭から突っ込まれたら流石に息が出来ないぞ、こら。
「おはよ、アリス。メシは?」
「食べて来ました♪今日はねぇチョコクリスピー」
「…牛乳かけて?」
「うん♪」
 朝だし、シリアルは栄養バランスも良いし、別に文句もないんだが、本当に火を使わねぇなぁ。アリスって。
 …料理くらい躾るかなぁ。簡単なので良いから。今度コーネフに相談してみよう。
「トースト焼こうとは思わないんか?」
「ぜんっぜん、思いません。だって、焦がすもん」
 …絶対トーストぐらい真っ当に焼けるように躾なければ!










「…トースト?」
「トースト」
 昼。士官食堂で遅い昼食を食ってる時に、今朝のアリスとの会話をコーネフに話してみる。いくらなんでも、トーストも焼けないんじゃあ、後々困るだろう。そりゃ今は、食おうと思えば三食ここで食えるし、自炊っつっても、出来合いに良いものなんかいくらでもあるし、料理の出来る出来ないを言う必要はないかもしれないが。
 それでも、ホゴシャとしてはトーストくらい焼けるようになって欲しい訳だ。
「…うーん。料理出来ないのは知ってたけど、それ程とは…」
 苦笑。コーネフは料理上手いんだよな。飛行学校時代からよく食わせてもらったが、不味いと思ったものは一つもない。ちなみに、俺も一通り出来るけど、ここまで完璧じゃない。
 餡子作るのは兄弟の中でも上手い方なんだけどな。
「…そういえばポプランもトーストすら焼かないねぇ」
「あー、あいつの得意料理はコーンのバター醤油だもんなぁ」
 炒めるだけのつまみ作れても自慢にゃならん。それに、家で飲む度それ作られてちゃ飽きもくる。…それでも、カクテル作るのが上手い分、アリスよりマシなんだろーなー…。
「なんとかなりますかねぇ」
「本人次第ですかねぇ」
 やりゃ、下手なりに出来るようになるとは思うんだがなぁ。…ま、空戦技と違って、才能はほとんどなさそうではあるが。






「隊長、質問して良いですか?」
 夕方。後十数分も過ぎれば定時。今日は別にやることもないし、アリスの非常に出来の悪い報告書を読んでると、暇を持て余したらしいアリスが邪魔するように手を上げた。
「何だ」
「これ、なんて読むんですか?このペン立てに描いてある模様。これって古代文字だ、て聞いたんですけど」
 アリスに言われて、デスク上のペン立てを見る。ペン立てと言っても、実家で余っていたデカい湯飲みをペン立て代わりに使ってるだけなのだが。その周囲に模様のように書かれている漢字を指している。
「あ?これ?」
「うん」
「魚の名前。これが鮪、鰹、鯛、鮃、鰈、鮭、鰤、鯵、鱈、んでこれが…鯖」
 あー。鯖。今ハイネセンじゃ鯖が旬だったよなぁ…。食いたいなー。鯖ー。唐揚げ美味いよなー。塩焼きも良いし。なにより、味噌煮!鯖の味噌煮食いてぇ。ここ数年、鯖の時期にハイネセンに戻れた事ないし、そうそう手に入らないしで全然食ってない。
 あんまり食いたくて、缶詰は食ったけど、そうじゃないのが食いたい!
「…たーいーちょ、隊長、アキヤマ隊長ってば」
「なんだよ」
「よだれよだれ」
 あ。つい煩悩に支配されかけてしまった。…それにしても鯖食いてぇなぁ。鯖の味噌煮。一度そう思うと、しばらく抜けられないんだよな。
 イゼルローンじゃ養殖品目に入ってなかったかなぁ。入ってたら食えるんだがなぁ。
「サバって美味しいの?パイしか食べたことないよ」
「美味いぞー。俺好物」
「…面白いモノ好きですねぇ」
「そうかー?」
 豆腐とかも好きなんだが、一般的じゃねぇかな。
「あ。アキヤマ少佐。あのー」
「何だー」
 アリスとなし崩し的に漫才(に見えるらしい。コーネフやポプランみたいなものかな)をしてると、困ったような顔したコールドウェルが現れた。
 珍しいよな。こいつが困った顔してるなんて。
「あの、ムライ少将が…」
 ムライ少将?
「アキヤマ少佐!」
 あ。本当だ。『困ったコールドウェル』以上に珍しい、興奮気味のムライ少将。なんかあったんかな。…今日はなんかしでかした憶えはないぞ。
 取り敢えず立ち上がり、敬礼する。…本当になんの用だ?
「仕事中すまない。今、家内から連絡があったんだが…」
 お、奥方?何だ?
「ハイネセンから鯖が届いてね。それでうちでは1尾も食べきれないので、もし良かったら半身どうかね」
 ………鯖?
「本当ですか?」
「あぁ。いつも和菓子をいただいているし、君さえ良ければ…なんだが」
「良いんですか?」
「勿論だ。都合が悪くなければ、十八時頃うちに来たまえ。大したものではないが、生ものだし、早い方が良いだろう」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて…」
「待っとるよ」
 いつになく上機嫌で戻っていく『らしくないムライ少将』を俺はにこやかに、周囲は恐怖の面持ちで見送る。いやー、日々の心がけが良いと、違うなぁ。(行いが良いと言わない辺りがせめてもの良心だろう)
 確か家に昨日作った練りきりがあったな。重箱に詰めて持ってけば、それなりの手土産になるよな。あ、こないだイチローが玉露送って来たから、それも一緒に持ってこう。あと、少将はともかくとして、奥方が喜びそうなもんももって…
「たいちょーお」
「何だ、アリス。俺はもう帰るぞ。用があるならとっとと言え」
 泣きそうな顔がまぁ、可愛いんだが、今の俺に相手してやる心の余裕はない。
「ムライ少将、変でしたよね?」
 …いつもより舞い上がってたな、確かに。
「ま、そういう日もあるだろ。とにかく、俺は帰る。何かあったら呼べ。…で、アリス。夕飯食わせてやるから、十九時半頃うち来いよ」
「あ、はーい」
 今日の夕飯、鯖の味噌煮!













 夜。アリスを送り、ポプランを叩き出した後、ごった返した部屋を適当に片付ける。それから米を研いで、ジャーにセットする。で、常日頃使ってない食器を仕舞い込んで。…やっぱり食器買おう。マイセンの白い絵皿と鯖の味噌煮の不協和音はあまり楽しくなかった事だし。安いやつで良いんだしな。朝から気分が萎えるのは回避しよう、絶対。
 後は、風呂に入って寝るだけだ。明日は鮭の塩焼きと、今晩の残りの肉じゃが。
 あー、それにしても久しぶりの鯖は美味かったなー。今度は鰹食いてぇなー。
 今日は実にいい日だった。
 …おやすみなさい。





END



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