日常茶飯事





「隊長ぉ。遊園地行こーよぉ」
「ブルームハルトと行け。俺は忙しい」
「そんな、大尉に『行こう』なんて言えないもん。迷惑かもしれないし」
「迷惑ねぇ」
「ね?次のお休みに行きましょ?」
「二人でか?ブルームハルトにいらん誤解されるぞ」
「誤解?どして?」
「おばか」
「むー。じゃ、コーネフ少佐とか、ポプラン少佐とか、みんな誘って団体で行きましょ。 人数いっぱいなら楽しいよ」
「…───────」






 ご飯、どこで食べよぉかな。
 ごった返す士官食堂にちょっとうんざりする。どこに空き席があるんだか。昼休み、 久方ぶりに一人きりなんだよね。何故かというと、イゼルローンに来てからこっち、い つも隊長たちと一緒してたから。情けないけど、士官食堂に一人でくるの、実は初めて だったりするし。
 まぁ、とりあえず、空いてるとこ行って、さっさと食べちゃお。うん。
 …それにしても、隊長たちは何があんなに忙しいんだろ。年末だからかな?手伝える のがあったら手伝うのになぁ。あ、でも私、おばかだからな。手間かけさせるだけか。 自分向きじゃないことは首突っ込まない方が身のためかも。
 あー、つまんないっ。アキヤマ隊長のばか。昼休みくらい、相手してくれても良いの に。いつもデスクワークをサボるから、たまっちゃうんだよ。
「アリスー!」
 ぶつぶつと口の中で文句を言いながら空いてる席を探してると、オペレーターのお姉 さんたちが手招きしてくれた。
「こんにちは!」
「珍しいね。今日は一人なの?」
「はい。隊長たちはオフィスでお仕事してるんです。『一人で食って来い』て言われま した」
 示されるままに席について、食事を始める。お姉さんたちの食事は、もう終わってた らしく、横に片付けてあって、今はお茶を飲んでる。
 うーん。女の人と普通に話すの、結構久しぶりかもしれない。だって、空戦隊、女の 人って少ないから。それに、皆綺麗にお化粧してるの。…あ、えと、うちのお姉さん方 がお化粧してない、てわけじゃなくて、訓練なんかしてるとどうしてもお化粧は落ちちゃ うから。落ちないのもあるらしいけど、高いって話だし。必然的に薄化粧かすっぴん。
 私なんか、プライベートでも口紅ぬったことがない。…隊長たちが『必要ないよ』て 言うから別に良いけど。…興味ない訳じゃないけど、なんとなく。
「…それでね、アリスは休みどうするの?」
 え?休み?
「年末休暇。明日からでしょ?」
「そうそう。大晦日はイゼルローン中でお祭りだからね、空けとくけど、他の日」
 そっか。一応、明日から冬休みなんだ。すっかり忘れてた。どうも実感ないなぁ。仕 方ないんだけど。それにしても、戦争してて、しかも最前線な筈なのに、冬休みなんて、 良いんだろうか。そりゃあ、イゼルローンから遠く離れて旅行、とかハイネセンの実家 に帰る、なんて一週間そこそこじゃ出来ないけどね。
「多分、朝はオフィスです」
 うん。
「な、なんで?」
「えっとー。ここの空戦隊員はですね、休みの間も一日約二時間の基礎トレーニングが 義務づけられてるんです。今回は、十日間だから、合計で三十時間」
 一応、合計の時間数が基準だから、まとめてやっても良いんだけど、それでも柔軟は 地道に毎日だから、私はまとめてやるより、毎日オフィスに出て、それからした方が好 き。
 なんたって、面倒だし、一人じゃ手を抜いてしまう。…そういうとこ、隊長たちはす ごいと思う。文句を言いながらも、手を抜いたことはないし、ましてや、当たり前、て 顔をする。当たり前なんかじゃないのに。一人でやってたら、絶対手を抜きたくなるも ん。いくら、大事なことで、それこそ命の危険性があったとしても。だってねぇ。面倒 なのは面倒なんだもん。
「…知らなかった。それって、大変じゃない?ちゃんと時間外出るの?」
「出ません。家でやってもいいから」
 そう。真面目な人は家で勝手にやっても同じなの。たまたま私がそういうの、苦手っ てだけで。こんなのに時間外勤務手当を請求しちゃいけない。アキヤマ隊長ですら、そ んなことしないし。
「どこにも行けないじゃない」
「え、でもでも、朝早く終わらせれば平気だし、えと、慣れちゃいましたし」
 もっとも、どこにも出掛ける予定がないの。だって、隊長たちは遊んでくれないし、 大好きなブルームハルト大尉は、薔薇の騎士連隊で、噂によると、お休みの日も三時間 から四時間は基礎トレとかがあるって話だし。そ、そりゃ、大尉が恋人─────とか なら、我がままも言えるけど、今のところは、たまに遊んで貰ってるだけだし、そんな 図々しいこと、想像するだけで良い。…我がままなんて、保護者な隊長たちにしか言え ないよ。
「アリス?」
「どっちにしても、遊びに行く予定ないから、いいんですよ」
 ぼー、としてて、返事が遅れてしまった。やばいやばい。大尉の顔を想像して、うっ とりしちゃったよ。だって、かっこいいんだもん。
 …みんな、あれは可愛いって言うの、ていうけど。
 どーしてあのかっこ良さが解らないのかな。…そりゃ、ちょっと可愛いかな?て思う ことはあるけど。



「あ、いたいた。おいアリス!」
「隊長!」
 わーい。アキヤマ隊長だ。ウサギの耳がいつにもましてらぶりぃ。探しに来てくれた らしい。お仕事終わったのかな。
「探したぞ」
「お姉さんたちが呼んでくれたんですよぉ」
「へぇ。申し訳無い。うちの娘が迷惑かけて」
 に、て笑って、お姉さんたちに向かって頭を下げる。
「迷惑かけてないです!」
 失礼しちゃう。ちゃんといい子にしてたのに。
「はいはい。────────あのな」
「はい」
「明日、遊園地連れてってやるから。朝、七時にオフィスのこと」
 え?
「本当?」
「やっとメドついたし。行くか?」
「行きます!」
 すっごく嬉しい。わーい。遊園地!半年ぶりかも。半年前は、大尉と行ったの。めちゃ くちゃ緊張したけど、楽しかった。パフェとかおごってくれたし、いっぱい話せた。今回 は、お父さんとか、お兄ちゃんと行く感じ。
「あ。隊長だけ?」
 別に一向に構わないけど、どうせならたくさんいたほうが楽しいもの。
「ん?ポプランしコーネフとコールドウェルと、リンツ中佐と、ブルームハルトと、ユリ 坊が、とりあえず来る。もっと増えるかもしれないが、嫌か」
「全然」
 うれしすぎ。遊びに行くなら、いっぱいいた方が楽しいもん。それに何より、ブルーム ハルト大尉も来るみたいだし、幸せ。
「そら良かった。あぁ、皆さんも良かったらどうぞ。人数は多いほど良いから。団体割引 聞くし」
 ぐらっ…。せこい。
「じゃ、アリス。仕事手伝えよ。すいません。これ、貰って行きます」
 猫の子じゃないんだから、首から持ち上げるのはやめて欲しいと思う。
「どうぞ。じゃあね、アリス。また一緒に食べましょ」
「はい!ありがとうございます」
「またね。あ、いいわ。こっちのと一緒にかたづけるから」
 トレイを持とうとするのをやんわり止められた。
「アリスー、いくぞ」
「ま、待ってくださいよぉ」





END



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