欲しい物があった。それがあればきっと文句はないと思う程に。それは、一度なくすと本当に手に入りにくいもので。 でも、凄く欲しかった──────── 飛行学校卒業して、どこかに配属される直前に本当の基地で研修訓練出来るなんて、同盟広しと言えど、うちの学校だけしかないスペシャルイベント。それで、思いがけず願いが叶ってしまった。ずっと行きたかった場所に行けてしまった。 紺碧の宇宙に浮かぶ、銀色の球体。天然の星に負けてないように見えた非人道的な人工物。天下のイゼルローン要塞。ずっと、憧れていた場所。 そりゃ、辞令が下りるまでのたった二カ月の予定だったけど。ふと気がついたら、自分の他に訓練生は一人もいなかったけど。それでも、来たかったの。すごく。純粋な、それからちょっと不純な動機で。場所に憧れてたのが一番だけど、実はすれ違いでも良いから会いたいな、て思ってた人たちがここにいる筈だったから。そんな理由、人には言えないしね。 とにかく来てしまったこの場所で、人に出会った。 うん。ここはイゼルローンだし、それってヤン艦隊だから、もしかしたら、とは思ってたけど。まぁ、無理かな、て思ってたんだよね。特に一人目は。陸戦隊の人だったしさ。それも『薔薇の騎士連隊』だったし。空戦隊の居候の分際でそれは、かなり確率が低い。…でも会えたの。ちっちゃい頃から好きだった人。向こうはこっちの事なんか全然覚えてなかったんだけどね。良いの。名前、覚えてくれて、おまけに遊んでくれた。薔薇の騎士の、ブルームハルト大尉。それと比べると、二人目と三人目は確率高かったんだよね。うん。実はこれが『イゼルローンに行きたい』って目的の次の目的だったくらいだから。撃墜王に会うのって、飛行学校の生徒なら誰だって会いたいもん。憧れてる存在だから。で、ヤン艦隊の空戦隊に撃墜王がいるのは飛行学校の生徒なら全員知ってる常識だったし。もしかしたら訓練してくれるかも、て思ってたしね。──────実際会った撃墜王は、思ってた以上に凄い人たちだったけど。…良い意味でも悪い意味でも。 これだけ望みが叶ったんだから、それで満足出来る筈だった。二カ月頑張って、それからハイネセンに戻って、希望通りかそれ以外か判らないけど辞令に従った配属先に素直に行ける筈だった。 なのに。 二カ月の間に本当に自分が欲しかった物を見つけちゃうなんて思ってなかった。二度と手には入らないと思ってた物に限りなく近いものを見つけちゃうなんて、思ってなかった。 だから、帰りたくないの。期限付きのこの夢が覚めないことを祈ってしまった。 「アリス。それ終わったら隊長室へ来いよ。渡すもんがあるから」 「…はーい」 筋トレの途中で(と言っても後ちょっとで終わるところだった)アキヤマ隊長に声をかけられる。…なんだろ。別に最近ドジもやってない筈。来たばっかの頃は、それはそれはヒドくて隊長に呆れられたけど。 うーん…。 なんか、また悪い事やっちゃったかなぁ。自分のおまぬけには自信があるしなぁ。うきゅきゅ。 「アキヤマ隊長ーぉ。アリスですー」 一応汗だけふいて、顔洗ってから隊長室のチャイムを鳴らす。んー。ここ二、三日隊長の様子が変だったからちょっと心配。何か怒られるのかなぁ。 「入っていいぞー」 「失礼しまーす」 あ。珍しい。隊長が椅子に座ってオラレル。表情は…割と普通かな。昨日とか、不思議に暗っぽかったけど。…何か違和感。 「──────…まず、これ渡しとくな」 手招きされて近づくと、ひょい、と一枚の紙を渡される。何だこりゃ。 「…修了証。二カ月の実地訓練、ご苦労さん」 ──────あ。もう、そんなに経っちゃったんだ。やだ。すっかり忘れてた。 「何だよ。嬉しくないのか?やっとハイネセンに帰れるぞ」 「え。──────…忘れてたから…」 ここの生活があんまり楽しくて。毎日幸せで。不思議なくらい居心地良くて。ここに居るのに期限があったの、忘れていたくて。 「──────…あそ。んで、これが船のチケット。出発は明後日の十一時。それまでに準備しとけ」 え。嘘。明後日?全然、準備してない。ううん。それより、そんなこと考えてもいなかった。 「──────そんな急に?」 「急じゃないだろ。日付見てりゃ判ることだ」 「そら、そーですけどぉ…」 …帰りたくないんだもん。少しでも長くここにいたい。帰ったら、卒業式が待ってて、本当の配属先も決まっちゃう。それが『ここ』の可能性って、…あんまりないし。 「──────ここ以外のとこに配属されりゃいいな」 え? 「…適性の問題もあるしな。何より、お前さんの上司はやりたくない」 「何でですか?」 私、何かした?そりゃ、おバカだし、ドジも多いし、子供かもしれないけど。何か、嫌がられるような事、したの? 「…面倒臭い」 ──────…迷惑、だったんだ。いつも優しくしてくれてたから、笑ってたから、気づかなかった。 「…単純で扱い易い事は扱い易かったけどな。…限界はあるから」 …嘘じゃ、ないみたい。すごいショック。迷惑だったんだ。嫌われてたんだ。隊長、大人だから隠せてたんだ。…でも、ここまで黙ってたんだから、最後まで言わなくても…。 ──────勝手な言い分。自分でもやだな。 「──────預かった物、脱落されても困るからな」 …あ。 「やっと清々する」 「──────…か」 幾らなんでも、そんな言い方ない。 「ん?」 「──────そんな言い方ないよ!隊長のばか!大っ嫌い!ふぇっ…」 やだ。涙出て来た。泣いちゃう。 「失礼しました!」 早く明後日になれば良いんだ! …そう思ってたから、自分が出てく時、隊長が複雑な表情をしてるのに全く気づかなかった。 「…ほんと、扱い易いよな…」 「…お世話になりました」 出発日。コーネフ少佐とポプラン少佐たちが見送ってくれた。…でも、やっぱりアキヤマ隊長はいない。 …そりゃそうだよね。嫌われてるんだから。はっきり言われた訳じゃないけどさ。鬱陶しかったんだろうし。『面倒臭い』て、言ってたし。 それに、私、ひどいこと言った。少し、頭冷えた今考えると、勢いで言っちゃった科白だけど。 言った科白は取り消せないし。あーぁ。 「気をつけて帰れよ。一応船ん中でも筋トレしろよ」 「はい」 コールドウェル大尉の言葉に頷く。それは、今までの訓練を船の中で無駄に腐らせたくないし、するつもりだったけど。うん。忘れずにちゃんと筋トレしよう。私、さぼりたがりだけど。 「…暗いぞ。折角無事にノルマ終わったってのに」 「…はぁ」 ポプラン少佐のからかいっぽい口調に気のない返事。我ながらいけない、てのは判ってるんだけど、元気、出ないや。情けないの。一昨日のが響いてるのかな。でも、仕方ないじゃない。多分嫌われてるんだから。自分の科白は後悔してるけど、今更会えないのに謝れない。 「…どこに行ってもいい子にしてるんだよ。…サブローに宜しく言っといて」 「…あ、はい」 コーネフ少佐に頭を撫でられて、ずっと下を向いてたのをちょっとだけ顔を上げて見上げてみる。いい子にしてられるかはちょっと確信出来ないけど、サブローによろしくって…。──────あ、そうか。サブロー教官って、アキヤマ隊長の四つ子の三番目とか言ってたっけ。こっちに来る前に聞いてたからちょっと失念。 …うー…。何か、やだ。嫌な気分。みんなが折角見送りに来てくれてるのに。何言われても反応が鈍い。多分、頭に残ってない。それってきっと、まだ謝ってないから。顔も合わせられないから、絶対無理なんだけど、でも、やっぱりそっちの方が気になる。…人と喧嘩したままっての、今まで経験してないからかな。いつも、ちゃんとすぐに謝れるし、仲直り出来ないまでも片はつけてる。…だけど、今回は出来てない。…まだ、時間あったっけ。隊長探して謝った方が良いかな。 「…あの、隊長は…」 「──────これ、土産だ。船の中で食べな」 意を決して隊長の居場所を聞こうとすると、ポプラン少佐に包みを渡される。 「あの…」 「──────士官食堂の料理長がアリスの為に作ってくれたんだ。遠慮しないで持って行きなさい」 言おうとしてる言葉をさりげなく遮るようにしてコーネフ少佐が説明してくれる。 「…あ、はい。ありがとうございます」 なんとなく言えなくなって、包みを受け取ってしまう。何だろう。お菓子かな。…ありがたいけど、今は食べたくないな。船の中で何日かしたら食べたくなるのかな。日持ち、すると良いけど。 黙っているうちに、宙港内に乗船のアナウンスが響く。 「元気でな」 「──────…はい…。皆さんも…」 タイムリミット。もう行かなきゃ。…てことは、もう、謝れないや。宙港内にいないんだもん。探しようがないよね。流石に。 「…じゃあ、本当にお世話になりました」 一回頭を下げる。それから背筋伸ばして、敬礼。最後くらい、ちゃんとしよう。それで、ちゃんと顔を覚え直そう。二度と会えなくても、忘れないように。…きっと、私の方は忘れないんだろうな。さして年食ってる訳でもないけど、ここ数年で一番楽しかったから。 「失礼しました」 もう一度敬礼し直して、背を向ける。振り向いたら出戻っちゃいそうだから、一度も振り向かないで船に乗り込んだ。 帰って来ちゃった。そう思って既に一週間なんだけど。学校って、寮って、つまんないなぁ。それに比べてイゼルローンは楽しかったなぁ。訓練は毎日きつかったけど、それ以外の楽しみもいっぱいあった。いろんな所に連れてってもらえたし、本物の宇宙で飛ばせてもくれた。…本物の戦闘は運良くなかったんだっけ。とにかく、ここより遥かに充実してた。…まぁ、卒業直前の生徒が何を充実させればいいのか、なんてよく判らないけど。 「アリス。…向こうでどんな訓練してきた?」 「え?」 あれ、周りにクラスメイトがいる。…ありゃ。話、全然聞いてなかったよ。 「俺はさぁ、やっぱ基本はマシンシミュレートでさ。敵機墜とすコツとか教わって…」 「あー。俺もさ、マシンシミュレーションが多かった」 「アリスは?」 …うーん。そりゃ、シミュレーションもいっぱいしたけどさぁ。教わったのはそんな事じゃなかったなぁ。 「なぁ、アリスの訓練は?」 「──────生き残る為の訓練」 ぼそっと呟く。教わったのは生き残る為に必要な事。シミュレーションで高得点出すのも、筋トレするのも、あそこで叩き込まれるように訓練したのは生き残る術。どんな状況下でも冷静に対応出来るように。出撃したが最後、何とかしてもう一度母艦に戻れるように。戦果、とかそういうのは生き残った後について来るものだって、言われた。 「…そういうんじゃなくてさぁ」 そういうのしか、覚えてないもん。 「──────そういえば、アリスって撃墜王に会えたん?イゼルローンだろ?」 「…会えたよ。写真、見る?」 向こうを発ってからお守りみたいに持ち歩いてる写真。手帳から出して、みんなに見せる。立体映像に浮かび上がる、撃墜王たち。 「…これがハートのポプラン少佐。こっちがクラブのコーネフ少佐。それで、この背の高いのがコーネフ少佐の隊の副隊長のコールドウェル大尉」 帰りが決まってから撮ったんだよね、これ。 「アリスの教官だったのは誰?」 あ。見せなきゃ良かった。そう聞かれるの、判ってたのに。 「──────…隊長のはないの」 だって。喧嘩して、謝ることすら…違う。会うことすら出来なかったのに、写真なんて、ある訳ない。行ったばっかの時は全然写真撮ろうなんて思いつかなかったし。 「あ、あ。えーと。…ほら、アリス。憧れの人に会えたん?」 「あ、そうそう。あの、噂の薔薇の騎士の」 きっと泣きそうな顔、したんだと思う。周りが焦った声で話を変える。 「ブルームなんとかとかいう人」 「ブルームハルト大尉?会えたよ」 「どうだった?」 「かっこ良かった!」 薔薇の騎士のブルームハルト大尉は、凄く元気で、何か、お腹中胃袋みたいにたくさん食べる人で、優しくてかっこ良かった。一回、イゼルローンにある遊園地に連れてってもらった。パフェもおごってくれた。一応、自分で払う、て言ったんだけど。良いよ、て言ってくれた。 「へぇ。良かったな」 「大尉なんて凄いじゃないか」 「うん」 そういえば、ブルームハルト大尉を発見したの、士官食堂でだっけ。一番最初に隊長が連れてってくれた時に、感動する程凄い量のご飯を食べてた。──────やっぱ、イゼルローンの話には絶対隊長が絡んでる。…そりゃそうか。いっつも一緒にいてくれたんだもんなぁ。だから、鬱陶しがられてるなんて気づかなかったんだろうな。うきゅうう。 「いたいた。アリスー。サブロー教官が呼んでるー」 教室のドアの所から怒鳴られた。 「今行くー」 返事を返しながら立ち上がると、ちょっと一息つく。…あの話かなぁ。だったらやだな。 ずっと、卒業したら勝手に配属先が決まるんだと思ってたの。希望なんて絶対採らないって。でも、進路希望用紙なんてのをイゼルローンから帰って来たら渡された。行く前だったり、隊長と喧嘩してなかったら、ほんと素直にイゼルローンって書いてたんだろうな、て思う。…でも、喧嘩しちゃったから書けなかった。希望叶ったりしたら、隊長に会っちゃう。そしたらきっと気まずいだろうな、て思ったから。 ──────書きたくても書けなかった。 だからといって他に行きたい所なんかないんだけど。 「…失礼します」 ドアの前で一回深呼吸して、それからノック。くぐもった声に、とてとて入って行く。 「サブロー教官?何か用ですか?」 「あー、うん。ちょっとねー。とにかく座って。お茶いれるよー」 教官の気の抜けるようなのんびりした声にちょっとほっとする。うーん。この緊張感のなさって好きだな。時々脱力しちゃうけど。 「わざわざごめんねー。でもちょっと急ぎなんだー」 お茶…は、いつもの緑茶。それに和菓子。これは大福。多分、教官の実家で作ったやつ。教官の実家って、和菓子屋さんだから。…でもなんで、和菓子と洋菓子って区別があるのかなぁ。 両方とも美味しいのになぁ。 「遠慮しないで食べなねー」 わぁい。美味しいもん。遠慮なんか出来ない…て、イゼルローンから帰る時のお土産もそういえば大福だったなぁ。食堂の料理長が作った、て言ってたけど、本当に美味しかった。そういえば、この味に似てる。 「それでねぇ、本題なんだけどね」 「あ、はい」 教官はのんびりした口調だったけど、つい、構えてしまう。何を聞かれるんだろう。もしかして怒られるのかな。 「この間の進路希望なんだけどね。アリス、白紙で提出してたから」 あ。やっぱりこの話題だったか。 「…すみません」 「んー。いーんだけどねぇ、配属先決めるのに参考にするだけだから。で、どしたの?行きたい所ないの?」 ぽややんとした問いに困ってしまう。結構鋭い。 「はぁ。どこでも良いや、て思ったので」 イゼルローン艦隊に行きたかったけど。ちょっと無理そうだし。恥ずかしいけど、それ以外考えたことなかったから。他のって思い浮かばなかった。イゼルローン以外ならどこでも同じだし。 「…イゼルローンは嫌いになったの?それとも懲りた?」 え? 「まぁ、しょうがないよねぇ。あそこ、最前線だし」 あ、あれ?教官のさらりと言った科白を聞きとがめる。最前線? 「さいぜんせん」 「うん。忘れてた?あそこが最前線なんだよ…て、研修に行く前にも確認したよねぇ」 「あ、はい。しました」 …思い出した。そういえば、何度も確認されたっけ。『最前線なんだよ』とか『補充兵と一緒だから結構危ないよ』とか。いっぱい聞いた気がする。 それでも憧れには勝てなかった。だから行った筈だよね。どうして忘れてたのかな。 「結構大変だったと思うよー。アリスが一番きつい所だったから」 「そうなんですか?」 他に行った訳じゃないからいまいちよく分からないけど。別にきついなんて感じなかった。 「うん。一番危険な所だからねー。えーと、アリスはシローについたんだよね」 …シローって、隊長のファーストネームだっけ。変な名前だよね。サブローとかシローとかって。 「何か言ってた?訓練とかで」 「…んと…。自分が教えるのは生き残る確率を上げる方法だって。それも絶対じゃなくて、こうした方がまだマシ、て事しか教えられないって」 それでも、運とか生来の才能とか、適性とかあるから判らないけど、知らないよりはマシだと思うって。なにはともあれ生きてなきゃ意味がないって。その為に訓練するんだって。そう言ってた。コーネフ少佐やポプラン少佐も似たような事言ってたな。うん。 「他は?」 「他は…。ドジ、とか下手っぴ、とか…」 訓練中はしょっちゅう怒鳴られてたな。たまに目が据わってる事もあったし。 「そっかぁ。それじゃあ、アリスがイゼルローン嫌になるよねぇ。怒られてばっかりじゃ」 「違います。あそこは好きです。出来ればまた帰りたいです。でも…」 隊長には嫌われた。だから帰れない。 「…何かあった?」 「…アキヤマ隊長が他の所に配属されると良いな、て。面倒臭いから、二度と私の上司はやりたくないって…」 でも、私は嫌なの。自分の上司はアキヤマ隊長がいいの。一方的だけど、勝手な思い込みだけど、私、自分の居場所をあそこに見つけちゃったんだもん。 「…らしくない事言ってる…」 「教官?」 らしくない?誰が?私? 「んー。シローに限って言うとねぇ。面倒臭いって感覚、ないんだよねー。どっちかって言うと面倒大好きだから」 でも、面倒臭いから『私』は嫌だって…。 「それって、いつ言われた?帰る時かなぁ」 「…帰る二日前。修了証貰った時です」 「んー。…あ。そっか。判った。それ言った理由」 へ。理由なんかあるの?ただ、思ってた事言ったんじゃないの?そんな感じだったのに。 じー、とサブロー教官を見返す。何か理由があるなら聞いてみたい。教官がほやー、としてるって事は、もしかして私、隊長に嫌われてないの? 「やっぱり、イゼルローンが最前線だからだよ」 「え?」 「だからねぇ、シローは結構過保護なんだよねー。お気に入りを危険な目に合わせたくないってやつ」 ん?ん?ん?よく解んない。 「うーん。あのねー、シローはアリスが気に入ったんだよ。凄くー。だから、いつ戦闘状態に入るか判らないイゼルローンに居て欲しくない訳なんだねー」 「嘘」 だって、自分から大騒動に巻き込まれたがるのに。ポプラン少佐と一緒になって大騒動の元なのに。 「アリスはシロー好きでしょ?」 こくこくこく。素直に頷く。大好き。生まれて初めてお兄ちゃんが出来たみたいだったもの。 わがまま言っても呆れながら許してくれる。おまぬけな事しても笑って済ましてくれる。一段上から見ててくれる。アキヤマ隊長たちは本当にお兄ちゃんみたいだった。私、兄弟っていないけど、こんな感じなのかな、て思った。変な話、家族みたいって思ってた。…私、家族っていないんだけどね。お父さんには会ったことないし、お母さんも小学校上がる頃にはいなかったから。ずっと施設に居たしさ。だから、隊長たちに懐いてしまったんだろうな。…それに驚いたのは何を隠そう自分なんだけど。今まで、施設にも寮にも学校にも仲の良い友達はいっぱい居たけど。でも家族、て感じはなかったもん。実は甘えるのもあんまり得意じゃなかったし。…イゼルローンじゃめいっぱい甘ったれだったけど…。それ、許してくれたんだもんなー。 「それと一緒。シローもアリスが気に入ってるんだよ」 「本当に?」 だって、心底嫌そうだったよ?そりゃ、言われるまで気づかない位優しくしてもらったけど。でも、面倒臭いって言ったのに。 「うん。四つ子の俺が保証してあげるー。なんだったら確かめといで?」 確かめるってどうやって…。だって、あと一週間もしたら卒業式だし、辞令も下りるのに。配属先がイゼルローンなら話が別だけどー。 「──────実はさー。アリスの配属先、イゼルローンなんだよねー。それも、シローの隊でー。だから、アリスの進路希望が白紙だった時慌てちゃってー」 ──────…いま、何ておっしゃいました?配属先、イゼルローンて…。 「えー?」 「アリスに聞いてどうしても嫌だ、て言われたらどうしようかなーって。やっぱり希望の所に行った方が生存率高いしー」 「…そうなんですか?」 「うん。新兵に関してはね、そういうデータがあるよ。やっぱり好きな所だと頑張るから」 成程。だから進路希望なんか集めたんだ。なるべく希望が叶うようにって。…そりゃ、卒業時の実力とか適性なんかはあるんだろうけど。うーん。結構奥が深い。(そうじゃないだろう) 「でね?アリス。シローの所じゃ嫌かなぁ?」 ちょっと真面目な表情。…へー。サブロー教官の困った顔って、なんとなくアキヤマ隊長に似てる。やっぱり兄弟なんだなー。あんまり似てる、て思った事なかったから妙に感心。 「アリスー?」 「あー!はい!全然、嫌じゃないです。嬉しいです」 目を丸くしてたからつられて驚いたらしい。教官が顔を覗いてくる。うん。嬉しい。嫌われてないなら、凄く幸せ。だって、帰れるなら帰りたいから。帰って、一番に謝りたいから。それで、また訓練とかして貰いたい。 「それは良かったー。あ。でも、この話は内緒だよー?まだ内定ってだけだしー」 ありゃま。白紙で出してたからってわざわざバラしてくれたんですか。優しいな。 「あー、でも教官?」 ちょっと質問。これだけは聞いておかなきゃ。 「んー?」 「あの、向こうに忘れられてないかなぁ?向こう出てから一カ月以上経ってるし」 たった二カ月居ただけの居候の事、忘れてたって無理ないよ。あ、そりゃ、アキヤマ隊長は教官の兄弟で、コーネフ少佐やポプラン少佐は同級生だから、一応記憶の片隅には残ってるかもしれないけども。でも、判んないし。何度も言うように、私ばっか思い入れが強すぎんのかもしれないし。 「それは大丈夫ー。だって、コーネフは一度会った人は忘れないってタイプだし。ポプランは女の子だけは絶対に忘れないし。シローがアリス忘れるなんて、多分あり得ないからー」 …う、うーむ…。流石に付き合いが長いと違うなぁ。 「ほんとに?ほんとですか?」 「保証するよー。忘れる訳ないよ。自分たちの愛弟子だもん。何年経ってもちゃんと覚えてるよー」 …ん。そう言ってくれるなら少し安心。 「心配しないで行きなね」 はーい。 …えーと。どうしよう。ここ曲がると、空戦隊のオフィスがあるんだよね。着任の挨拶に行かなきゃいけないんだけど、凄く、緊張してる。 そりゃ、サブロー教官は大丈夫って言ってくれたけど。だから、平気だと思ってるけど。でも、不安。自分、ちゃんと謝れるかな。それから、無視とかされないかな。私の事、覚えててくれてるかな。 …あ。着いてしまった。隊長室。うーん。立ってても埒があかないよね。 ──────…入らなきゃ。 意を決してインターフォンを鳴らす。 「どうぞ。開いてます」 間を置いて返事が返ってくる。隊長の声だ。うー。どきどきどき。 「──────…。失礼します。本日付けで第三空戦隊に着任致しましたアリス・W・ランド伍長です」 深呼吸して、名乗りながら中に入る。一歩入った所で敬礼。隊長は後ろを向いて机に座っていた。…どうしよう。無視されたらどうしよう。 「──────…ったく。サブローの奴、送り帰してきやがって。ポプランやコーネフは引き取らないって言い張るし…」 不機嫌そうにぶちぶち言ってる。…どうしよう。やっぱり嫌われてるんだ。…教官の嘘つきぃ。 「あの…」 「──────…アリス。お前、ここがどこだか解ってるか?」 へ? 「答えてみ」 「イゼルローン要塞。ヤン駐留艦隊の、第三空戦隊です」 「…そうじゃなくて…」 「…最前線、て事ですか?ちゃんと、知ってます」 うん。サブロー教官にも言われたし、こっちに来る船の中で一応勉強し直したもん。 「じゃ、何で来るんだよ。危険の度合いも違うんだぞ。お前みたいな下手っぴ、死んでからじゃ遅い…」 「じゃ、隊長。生き残り方教えてください。他の人じゃ駄目です。だって、私、ここが自分の居場所だって思ったから。私の隊長はアキヤマ隊長が良い。コーネフ少佐でもポプラン少佐でもやだ」 当然、あの二人も好きだけど。すごぉく好きだけど、隊長はこのアキヤマ・シローじゃなきゃやだ。 「あのなー」 「大嫌い、て言ったの嘘です。ごめんなさい。だってすごぉくショックだったんだもん。ごめんなさい。許してください。いい子にするから」 わがまま言わない。言うことも聞く。だから。 「アリス」 「駄目ですか?でも、私の事嫌いじゃないよね?サブロー教官に聞いたよ。ね?駄目ですか?」 必死になって、畳み掛けるように言ってしまう。絶対嫌いじゃないって言ってたもん。大丈夫だよね? 「…ここが居場所か?」 「はい」 研修の時に思った。ここが良いって。居心地良くて、安心出来た。生死の境目に近い場所だってのも理解してる。でも、ここなら生き残れる。ちゃんと知ってる。ここが、私の確たる居場所だって。ねがいが叶う場所だって。宇宙と、家族と手に入る場所だって。 自分が自分でいられる、確たる居場所。ずうっと欲しかったもの。 「──────…。訓練、増やすぞ」 「はい」 「休み、やらないぞ」 「はい」 「手加減しないぞ」 「はい」 立て続けの言葉に即返事。何があっても平気。頑張るから。ここに居る為なら何でも出来るよ。きっと。 「──────仕方ねーの。いいよ。保護者してやるよ」 「はい!」 諦めの交じった声。でも笑ってるみたいな表情で言った。これって、絶対、隊に入れてくれるって事だよね。やった。嬉しいよぉ。 「──────…ブルームハルトには会わせてやんないからな」 「えー!」 ついブーイング。しまった。わがまま言わないつもりなんだから。 「ばーか。父兄ってのは妹(娘)の男にゃ意地悪なんだ。俺はアリスの保護者なんだから、妨害する権利はある」 「それってありですかー?」 そりゃないよ。お兄ちゃん出来たのはめちゃくちゃ嬉しいけど、妨害はないよぉ。そういうのしたら馬に蹴られちゃうんだから。 「あり。ち、ち、ち。甘いぞアリス。それ位の事我慢しろ」 あうー。意地悪。…でもまぁ、邪魔される程の仲じゃないしなー。ただの顔見知り。それもおまけだったから、きっと忘れられてる。また一(はじめまして)からやりなおさなきゃ。これからよ。これから。 「──────さて。じゃあ、お茶でも飲みに行くか?パフェ、奢ってやるよ」 「はい!」 えへへ。わーい。パフェだ。 ずっと、欲しかった。 いつも側に居させてくれる人。自分のすごく近くにいてくれる人。それは、恋人とかじゃなくて、身内。全然背伸びする必要のない相手。 ずっと前、小学校あがった頃になくしてから、ずっと欲しかった。 やっと手に入れた。やっと叶った。 きっともうなくさない────── |