それは、アリスの一言で始まった。 「あー!B'zがイゼルローンに来るんだー。いいなー。ライブ、行きたいなー」 新聞の特集記事にたまたま見入っていたアリスが声をあげる。TV欄以外は滅多に 見ないアリスだけに、新聞を広げている姿は妙に目立つ。 「あん?B'zってあのB'z?」 何やら実家から送られてきたらしい新作和菓子のレシピと睨めっこしていたアキヤ マが顔をあげる。(ここで、彼らに仕事しろという突っ込みを入れる真面目さは周辺 の空戦隊員の意識には欠片もない) 「そのB'z。いいなー。まだ行ったことないんですよぉ」 「へぇ」 アリスの言葉に不思議そうに首を傾げる。アキヤマの感覚ではいかにもアリスの好 きそうなライブだったから尚更。記憶に寄れば、ライブのディスクの1本や2本、持っ ていた筈である。それなのにライブに行った事がないというのは何故だろう。 「だって、飛行学校ってライブとか禁止だったじゃないですか。それに、支給金だっ てそんな多くないし。卒業したらそんな暇なくなったし」 「…バイトとかしなかった訳ね」 小遣いの足しになるかならないかという程度の支給金。だから飛行学校をはじめとす る軍専科学校の生徒はかなりの割合でバイトをしている。…勿論、学校側には内緒で。 更に、夜間の外出も禁止されているとなれば、なし崩し的にライブには行けないと言 うことになる。…これも守るものの方が少ない。少なくともアキヤマたちの仲間では。 (ポプランやコーネフと仲良くつるんでいるアキヤマにその辺の倫理観がある筈もない) 「…だって校則」 「んなもん破れ」 「…要領悪いし」 「…はいはい」 校則・寮則の類は破ってこそ楽しく生活が出来る…というアキヤマの持論はアリ スの言葉に封じられた。 確かに、要領のあまりよくないアリスにそんなことさせたら、一両日中にバレる のがオチである。体質に合わないことはやらぬが華という訳だ。 「で、行きたいのか?」 こくこくこく。アリスの判り易さはこういう所である。何事も素直。隠し事の一つ も成功しない。根っから単純正直。ホゴシャとしては、扱い易さに感謝しつつ、将来 に不安を感じる一瞬である。 「…チケットならあるぞ」 「え」 「だから。イゼルローンて一応軍事施設だし。最高責任者はヤン提督で、つまり、イ ゼルローンで何かをやろうとすると、ヤン提督の許可が要る訳だ」 両目を大きく見開いたアリスにため息一つで説明を始める。 「ふんふん」 「故に、そのチケットは一定数各部署に配布される訳だ」 要するに、会場使用料のおまけである。(…一応) ちなみに、今回のライブ会場の設営は陸戦…つまり薔薇の騎士連隊の皆さんが担当 してオラレル訳で。 それなりの枚数のチケットが廻って来ているのである。 「なるほど」 「さて。そこで問題です。アリスの所属する第3空戦隊の責任者は誰でしょう?」 にやり。 いつもの余裕に満ちた、何かを企んでるような、アリス以外の人間が見たらまず警戒 するような、そういう表情。 「アキヤマ隊長です!」 対するアリスは、期待に満ち満ちた、凄い勢いで振られている尻尾の幻覚が見えてし まう程にうずうずしている表情。 毎度の事ながら、周囲は苦笑するしかないのである。 「…行きたいか?」 「行きたい!」 「…と、言う訳だ。アリスにチケット廻すぞぉ」 確認するように背後に声をかける。 「いっいでーす!」 「どーせそんなトコでしょ!」 「余ったら廻してくださいよー!」 口々に返ってくる承諾に頷くと、アリスの頭をくしゃりと撫でる。 「さて、アリス。二人で行くっつーのもなんだ。コーネフやポプランも誘いに行くか?」 「さんせー!」 ...NEXT |