『ほら、少佐。また私の勝ち』 『え?もうチェックメイト?』 『これで12連敗ですね。これじゃ、ヤン提督にも勝てませんよ?』 『そうなんだよなぁ』 『あ。でもでも、少佐、運動神経良いし』 『…それって俺が運動神経だけみたいじゃないか』 『そんな事ありませんよ。背も高いし、よく食べるし、顔も素敵です』 『何か引っ掛かるけど。ま、一応褒められたお礼に、夕食でも御馳走しましょ』 足早に、一目につかないように通路を細い足が通った。それはある部屋の前で止まり、一呼吸おいた後、電子ロックに白い手が伸びた。 シュッ… 数日前に教えられていたキィワードを打ち込むと、ドアが開く。中は霊安室になっていて、入ると自動的に照明がついた。照明、と言っても、せいぜい並んでいるカプセルの中の遺体が判別出来る程度だが。その内の一つに足を止める。膝をついて、中を覗くと、血を拭い取られた、穏やかな────笑みさえ浮かべているような────顔をした薄情者が横たわっていた。 「──────遅くなってごめんなさい。ずっと…医療エリアにいたから」 答えてはくれない相手に囁く。 「今日、退院したんです。だから急いでおしゃれして、ここに来ました。好きでしょう?この服。イヤリングも。靴も。全部、貴方が好きだっておっしゃった物だもの」 見せるような動作をすると、肩から、長い髪の一部がさらりと落ちた。 「…指輪…もして来たんですよ?せっかく貴方が下さったから。でも、無駄になっちゃった…」 華奢なデザインの、どちらかというと可愛らしい指輪。きっと、苦労して選んだに違いない。 『あげる』 『え?あの…』 『プレゼント。開けてみ』 『はぁ…。──────え?少佐?』 『綺麗だろ?』 『でもあの…、こんな、高そうな物』 『うん。高い。こんなに高い買い物したの、初めて。すごいんだよ?俺の給料の3ヵ月分くらいかかった(ちょっと嘘だけどね)』 『そんな高い物頂けませんよ』 『いーの。"給料3ヵ月分"(一世一代のプロポーズ)なんだから』 「でね?少佐。私、貴方を忘れようとしたんです」 そばにいてくれないなら。辛くて、耐えられないと思ったから。 「だってまだ、20才なんですもの。だから、返そうと思ってたの」 返して、思い出を消して。せめて、まだ、憧れていた頃へ。そこまで戻れたら。 「そうしたら今日、貴方の大好きな人に、マリッジを渡されたの。気が早いですね。返事の前に注文してたんでしょう。だから、返せなくなりました。ねぇ、判ってますか?私、今日から未亡人ですよ?少佐」 くすりと笑う。手の中には小さなケースに入った、まだつけられていないシンプルな指輪。ペアになっているそれを、相手に見せる。 『少佐。無事に帰って来て下さい。待ってますから』 『ん──────…。上官命令、行使して良い?』 『?どうぞ』 『ではアリス。今から言う俺の言葉を復唱すること。"OK"?』 『OK』 『"ライナー"』 『え』 『アリス。え、じゃないよ。復唱』 『ら、ライナー』 「少佐ぁ、ごめんなさい」 ぽた、と涙がカプセルに当たる。 「私、思っちゃったの。ヤン提督なんかどうでもいいって。貴方さえ帰って来てくれれば良かった…って。ごめんなさい。貴方のしたこと、否定してしまった」 きっと、満足しただろうに。自分を含め、皆が彼を好きだったから。 『アリス。笑って。一番可愛い』 「ィナー。ライナー。笑えないの。涙しか、出て来な…」 『行ってらっしゃい』 『行って来ます。明日だけどね。─────────そうだ。帰って来たら、皆でパーティーしようね。俺 たちが主賓のやつ』 「…大事な事、忘れてました。────────────お帰りなさい、ライナー」 |