GAP





 朝起きて、熱めのシャワー浴びて、ご飯食べて出勤。
 仕事して、終わったら帰宅して、一日が終わる。
 そういうのが好き。それ以外が嫌、て訳じゃないけど。まめに来る非日常が結構苛酷な分、合間の日 常が凄く大事。いつの間にか、知らず身についた意識。
 でも、非日常を意識した日常の中では、この二つを区切るのはひどく難しかったりするけど。
 まぁ、それでもこの生活は嫌いじゃない────────






 午前中は大体基礎訓練。午後はいつもシミュレーション。一通り終わると一日の報告書を書いて提出。 書き直しとかある時もあるけど、下っ端なだけに書類とか、頭使うことはあまりない。だから、もしか したらおバカに拍車かかってるかもしれない。
 …元々、頭良い方じゃないから退化し始めると際限無いのかも。うーん…。困ったもんだ。

「ぷぁ…。暑ぅい」
 あう。疲れたぁ。シミュレーションてさぁ、ちょっとゲームみたいな感覚あるし(本当はこんなこと 思っちゃいけないんだけどね。不謹慎)、他の訓練より好きだけど、終わるとかなり暑い。でも、機械 の中が暑かったのか、自分が興奮して熱持ってるだけなのかは、いまいちよく判らない。ま、それでも 本物乗った時程じゃない。あっちの方が暑さは凄い。なんていうか、熱いの。
 ロードワークとかも別に嫌いじゃないんだけど、ね。流石に毎日同じコースってのは、少し飽きるん です(でも、やらないと落ち着かないんだよね。不思議)。足は太くなるしね。
 ふふ。最近めっきり筋肉質。
 結構腕も太くなっちゃったしなぁ。学校に行ってた時より随分力持ちになったもん。これも日々の体 力増強のお陰…なんだよね。良いことだ。うん。…多分。筋肉の所為で体重も増えたという弊害がある にはあるけど。
 同じ増体重なら、胸についてくれれば良いのに!
 ぺったん胸は相変わらず。体型はストローのまんま。世の中にはスタイルの良いお姉さんがいっぱい いるのに。神様って不公平だよね。
「アリス。汗凄いぞ」
「だって暑いんですもん」
 アキヤマ隊長たちがおいそが氏だからって、珍しく対戦型に付き合ってくれてたコールドウェル大尉 にからかわれる。あんまり人のこと、言えないと思うんだけどなぁ。
 ────────でもないか。私と比べたら汗、少ないや。
「大尉、汗かいてない。二空って汗かかないんですか?」
 コーネフ少佐もあんまり汗かかないし。ポプラン少佐のが汗は多いかな。アキヤマ隊長は…汗かくと 嫌がらせで追っかけてくるから逃げる事にしてるし。
「そりゃかくよ。ただ、アリスより遥かに冷静なだけ」
 それだけでこんな違うもんかなぁ。
「汗かく、て事は熱くなってるって事だから。緊張と焦りで興奮してる訳だ。つまりパニックに近い状 態になってるんだよ」
 それは、何となく解る気がするな。シミュレーションマシンが起動して、目の前のスクリーンに光が 灯り出すだけでどきどきするから。それから、本物そっくりのバーチャな視界の中、敵を撃墜していく のだ。最初は何か考えてあまり無駄がないようにしていられるんだけど、そのうち、何も判らなくなる。 頭の中が真っ白になってる。指示に返事してるのはなんとなく判ってるのに、何を応えたかは判らない。 覚えてない。そんな状態が暫く続いた後、ゲームオーバー。体に感じる物凄い衝撃とともにプログラム が終了してる。それで汗が一気に出てくる。
「あう。じゃあ、コールドウェル大尉はパニックになったりしないですか?」
 気づかないうちに恨みがましい目になったかもしれない。
「なるよ。ま、アリスよりパニックになるインターバルが長いけどな」
 あっさり言われて、安心したっていうか、そんなもんかな、て思う。生き残る為の訓練なんだから、 ゲームオーバーってのはつまり墜ちる、て事で。誰だって、死ぬまでのインターバルは長い方が良いに 決まってる。だから足掻く。一秒でも長く飛ぶ為に。
「────────シャワー、浴びといで。風邪引くぞ」
「────────…うぁい」


 見渡す限りの暗闇から戻る。息をするのも困難な、狭くて広い空間から、人の肉声が飛び交う、限ら れているけど広い場所に。緊迫感には変わりはないけどどこかが違う。
 信じられないような激しい落差。でも、この格納庫を出て、着替えたらもっと凄いギャップがある。 頭では理解してる。イゼルローンに来てからだけど、それでも何度か経験もした。
 でも。
 更衣室に進もうとするごとに足が震える。何故かは知らないけど、膝が笑って言うことを聞かない。 めちゃくちゃ体が寒くて熱い。顔も熱い。気持ち悪い。胃液が逆流しそう。何か吐きそう。
 ────────泣いちゃうかもしれない。
 誰か助けて。
 無意識に思う。でも、声は出ない。顔を流れる汗すら遠い。周りの雑音も消えて行く。残るのはいつ も、心臓の音だけ。平常よりかなり早くなってる鼓動が耳に直接響いて、他の音を全部遮断してしまう。
 ひどい吐き気。口から心臓が飛び出そう。歩いてるのか、止まっているのか。それとも立っているの か座ってるのか、全く理解出来ない。全ての感覚がマヒしてる。
 どうにかなっちゃう。自分が自分じゃないみたい。どうしようもなく体が他人行儀。
 いっそ格納庫に戻ろうか。スパルタニアンのコクピットに戻れば、この状態、少しはマシになるかも。
「…は…」
 過呼吸にもなっちゃいそう。どうしよう。

 とん
 え?何?壁?これは何?
「アリス」
 耳に声。戻って来て初めての。それは、雑音は聞こえてた。でも、明らかに自分に対する声を認識し たのは今が最初。
「何泣いてる」
 低い声だ。耳に慣れてる、結構良い声。えっと…これは…。
「たいっ…」
「────────やっと正気に戻ったか。お疲れさん」
 いつもの調子の声に力が抜ける。それでやっと体が緊張で固まってたのが解る。少しずつ呼吸が楽に なる。
「隊長ぉ」
 アキヤマ隊長だぁ。パイロットスーツ着てるけど、ウサギの耳つけてないけど、いつもと同じ隊長だ。
 生きてる隊長だ。…て事は、ゲームオーバーじゃなくて、クリアしたってことかな。今回は。とりあ えず。
「まずは着替えて来い。それから、ゆっくり戻って来ればいい」
 言葉が理解出来ないまでも、頷く。目の前のシャワールームに入る寸前、もう一声が微かに届く。
「…そのうち慣れるから、な」


「暑いよぉ」
「暑いねぇ」
「そら空調がイかれてるからなぁ」
 …訓練したから暑いのと違うのかなぁ。隊長たちって解らない。
「制服暑いですよね」
「下着は厳禁だぞ。キャミは良いけど」
 誰もそんなこと言ってないー。やだもぉ。おじさんたちは。人の科白に同調するにしても、もう少し言 いようがありそうなのに。
「アリスー。洗濯機と乾燥機止まってたけどー」
「あ。はぁい。隊長、乾燥機空けてくださいよ」
「あー?」
「またパンツとか入ってたらやなんだもん。何が悲しくて男物のパンツ畳まなきゃいけないんです?」
「あー。はいはい」
 独身の男の人が多いと、こういうこともあるんだね。洗濯機の中からパンツとか、その日着て来たジー ンズとかが出てくる。ひどい時にはシーツまで出てくるんだから。シャツくらいなら我慢も出来るけど、 それはないよね。私だって汗だらけの下着、持って帰るんだから。
「アリス。行かないなら放っとくぞぉ」
「やだー」






 朝起きて、出勤して、訓練して、たまに戦闘があって。ありふれた日常と生死の境をうろちょろしてる生 活。いつかはこのギャップに慣れるかもしれない。それとも慣れないかもしれない。
 でも、きっと嫌悪することはないだろう────────



END



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