…五月近くになると、アキヤマ隊長は、変なモノを隊長室に持ち込みます。 髭を生やした怖い顔したおじさんの絵とか、装甲服の、機能面を無視したような衣装のフィギュアとか、男の子のフィギュアとか。 それと、大昔の飛行機。 あれ、西暦使ってた頃の、かなり旧式の戦闘機だと思うんだけど。あそこまで古いと、流石に判んない。 とにかく、すっごぉく楽しそうに並べるから、誰も何も言えないし、ポプラン少佐はいつもと同じで一緒に楽しんじゃってるし、唯一何か言ってくれそうなコーネフ少佐は、珍しく苦笑するだけで黙認だし。 もう、全然判んない。 こういう時は、訊くに限るよね! 「隊長ー」 「なんだー」 今、忙しいー。 とか言いながら、お仕事と全然関係ない事をしてる隊長の後ろから声をかける。忙しいって、遊んでるんだから別に良いじゃん。 「それ、何ですか?」 「どれ?」 「それ。隊長室にディスプレイされたいっぱい」 絵とか、フィギュアとか、お魚のディスプレイとか、いっぱい。 今、隊長が楽しく並べてるの、全部。 「…端午の節句グッズ一式」 なんだそりゃ。 「たんご?ダンスに使うの?」 たんごって、タンゴしか知らないけど。ちなみに、踊れません。ワルツもあんまり得意じゃないんだよなぁ。隊長たちにいっぱい教わったんだけど。 …どーせ、出世しないから必要ないよ。 多分。 「…お前、本当はポプランと兄妹だろ」 「…ち、違うと思う」 「同じ事言ってるぞ」 それは、どう解釈すればいいんだろう? おバカ度が一緒とか? でもでも、初めて聞いた言葉だし! 知らないの、仕方ないよね? 「違うんですか」 「違うんです」 「じゃ、教えてくださいよぉ」 知らない事は聞けと言ったのは隊長だもん。(作者注。アキヤマは、仕事の事を言ったと思われる) 「端午の節句ってのは、The Boy's Festivalの事。要するに、男の子の節句な。3月には雛祭りやってやったろ?」 ひなまつり。 お雛様って言う、可愛いお人形がいっぱいで、ちらし寿司とひなあられとハマグリのお吸い物の、可愛くて美味しい日。(違わないけど、違います byアキヤマ) 「桃の節句」 「そ。上巳の節句。アレは桃使うけど、こっちは代わりに菖蒲使うから『菖蒲の節句』とも言うんだけどな。西暦1ケタ位からあるお祭りだよ」 「へー」 女の子の日があるから、男の子の日もあると思ったけど。5月なのか。 んー。って事は、ここの飾ってあるお花、菖蒲? 「花菖蒲ってんだよ。後で菖蒲湯も教えてやる」 何で、お花見ただけで質問が判ったんだろう…。 「たいちょ、マメですねぇ」 「男の子だものー」 …何か違う。 「あ、じゃあじゃあ、このお魚なんですか」 ポールにヨコにくっついてて、一番上にひろひろの布。ええっと、黒・白・青・赤・黄の5色。その下には黒いお魚で、次は赤いお魚。お魚は目が大きくて長い。何だろう? 「鯉幟」 「こい?こいなんですか、このお魚」 言われてみると、確かに鯉に見えてくる。物凄くデフォルメされてるけど。 「昔々、科学なんてなかった頃の話。鯉は、『竜門』って滝を登って竜になるって信じられてたんだよ。そんで、男の子が出世しますようにって、飾るの」 へー。出世祈願。面白―い。昔の人って変だ! お魚が竜…竜ってなんだろ。ドラゴン?ちょっと違うか。ええっと、前、聞いたよぉな…。 ま、いいや。 次。 「じゃ、この装甲服は?」 飾り紐がたくさんついてる変なヤツ。 綺麗だけど。 「惜しい。これは鎧兜。あー。用途は装甲服と変わらないけど、昔の武将…簡単に言うと将軍が身につけていたヤツのレプリカ」 よろいかぶと。 えーっと、このヘルメット部分が「かぶと」とか言うのか。 「これも出世祈願?」 「どっちかってぇと、健康祈願」 ふぅん…。でもでも、レプリカって言っても綺麗だよ。ちょっと機能的かどうかは判らないけど。 昔の素材で作るんだったら、重そうだなぁ…。 今の装甲服も凄く重いけど(一回着せて貰ったけど、動けなかった)、アレは基本的に無重力空間で使うように出来てるし。でも、これは地球の、重力下の筈で…。う〜む。昔の軍人さんは力持ちだったんだろうなぁ。 皆、薔薇の騎士の人達みたいだったのかなぁ? 大尉が着たらカッコいいかなぁ…。 「…ま、何を考えてるかは、敢えて聞かないが…。他に質問は?」 「この絵のおじさん、誰ですか?」 迫力満点、シェーンコップ准将もどき。 「鍾馗さんって言う、神様」 「怖い顔」 「魔除けだからな」 あぁ。だから、怖い物より怖い顔してるのか。 でもそっか。神様だったんだー。こりはぺっくり。 「このお人形は?」 「五月人形。…って、これも鍾馗さんだな」 「え?これ、可愛いですよ?」 3頭身で、お目目ぱっちり。帽子…じゃなくて、盾かな?と剣持ってる男の子。 「人形が怖かったら赤ん坊が泣くだろーが」 あ。それは盲点。 あれ?でも、この絵は怖い顔してるんだけどなー。何でだろ? 「隊長、絵の方、怖いけど」 「その辺は追求するな。俺が買った訳じゃない」 「そーなんですか?」 「こーいうのは普通、親が用意するんだよ。まぁ、ここにあるのはサブローが人の荷物に勝手に詰め込んだヤツだけど」 サブロー教官…。 何考えてんだろ。しかもこんないっぱい。…ってか、気付かなかった隊長も、それはそれで凄いと思うんだけど。 「サブローの考える事は俺でも理解出来ないから、考えるなよ」 「はぁい」 兄弟でも判らないのは、弟子には絶対判らないもんね。考え放棄っ! 両方の弟子…じゃないや。そういえば、演習の特別教官も兄弟だって言ってたっけ。もしかして、私、アキヤマ家に呪われてるんだろーか…。 別に、教官達も隊長も好きだから良いけど。 …んでも、マジメに飾っちゃうんだ。 「たいちょって律儀だよね。意外と」 「何か言ったか?」 「いーえ!」 ポプラン少佐もそうだけど。怒るより先に楽しんじゃうんだよね。そこんトコはコーネフ少佐とかコールドウェル大尉も一緒。 楽しい方が良いのは同感なんだけどね。 …難しい事は考えるのやめとこ。 「たいちょたいちょ、この飛行機は?これもサブロー教官がくれたの?」 まるっこいフォルム。飛行学校で、モノクロの資料で見た事があるような、レトロな雰囲気。 一応、戦闘機だと思う。 スパルタニアンやヴァルキューレなんかとは全然違う感じなのは、大気圏内で飛ぶヤツだからかな。 「…あ?違うぞ。それは、俺が作ったの」 おおっ。エラそうな顔だ。 「作ったの?プラモ?」 「ハズレ」 プラモじゃないの? でも、かなり精巧だと思うんだけど。じぃっと隊長の顔を見ると、悪戯っ子みたいな顔でにやりと笑う。 何か、聞きたいような聞きたくないよぉな。 「昔…飛行学校の時な?」 うん。 「資料室で設計図見つけて」 うんうん。 …え? 設計図? 「骨組みからリアル縮小してみた」 「…げ」 なんって、酔狂な真似を! 「『げ』とはなんだ!『げ』とは!」 「どーせ、エンジンまで搭載させようとか思ってたでしょ!」 「当然だ!」 そーゆーのを酔狂って言うんだよ。この前、コーネフ少佐が言ってたもん。 「…ま、エンジンは作れなかったから、おもちゃのモーターで誤魔化したんだけどな」 …それでも充分だと思う…。 「ちゃんと飛ぶぞ」 …凝り過ぎだ! 「たーいーちょー」 「ん?」 ダメだ。多分、何言っても無駄だよ。 すんごい自慢したそうだもん。 「これ、なんて言う機体?戦闘機だよね?」 それくらいは判る。 「中島飛行機開発のニ式単座戦闘機。機体開発番号キ‐44。通称『鍾馗』」 へー。 …て、え? 「しょーき?あの怖いおじさん?」 絵を指差す。あの怖いおじさんと同じ名前の機体? 「神様な。そだよ。重戦仕様で、飛行時間の少ない奴でも事故は少なかったとか聞くけど。実戦配備されてたヤツ」 「好きなの?」 まぁ、嫌いじゃないとは思うけどさ。 「んー。名前先行。設計図見つけたの、5月でなー。つい」 「…やっぱり」 隊長って変だよ。そりゃ、見つけちゃったら私も作りたくなるとは思う。…不器用すぎて思うだけだけどね。 「人の力作に文句言うな」 上手だとは思うけどさぁ。 「んー。今度飛ばせていいですか?」 「いーぞ。森林公園かどっかでなら」 「はーい」 取りあえず、飛ぶところはみたい。うん。 「…あ。隊長、『たんごのせっく』って、食べ物ないの?」 「食べ物?」 「ひなまつりは何かあったでしょ。男の子の日は何かないんですか?」 モノだけ飾るなんて隊長らしくないような気がするし。 「食い気だな、お前」 「だって。男の子の日って、かんけーないもん」 「ごもっとも」 それに、お腹空いたし。 「たいちょお」 「…粽と柏餅、だよ」 「食べたい!」 「言うと思った」 食べたい食べたい食べたい。 柏餅は食べたことあるけど、ちまきはないもん。 食べたい! 「…着替えて来い。うちに仕込んであるから。コーネフやポプラン達も誘って、食おう」 「はーい」 わーい。ご飯だ! 「待っててね!すぐだから!」 「へいへい」 うん。たんごのせっくもいい日だ! |