アキヤマの恋人





「なんだそりゃ」
「だって、頼まれちゃったんですもん」
「そういうのは『押し付けられた』って言うんだよ、アリス」
「…また、無理難題を…」
 私の訴えに、ポプラン、コーネフ両少佐に、コールドウェル大尉が揃って不憫そうな目でこっちを見てる。


 別に、好き好んでそんな目に合ってるんじゃないもん!

 でも、頼まれちゃったモノは仕方ないじゃない!

 本当は私だって嫌だ!

 でも、おねーさん方はすっごく怖い!

 でも、アキヤマ隊長の反応だって怖い!

 だから、選択肢なんかない!







………そして、話は、昨日の夕方に遡る。…です。







「…へ」
「へ、じゃないでしょ。へ、じゃ」
 …そう言われたって、他になんて返せばいいのか判らないんだもん。仕方ないよ。
 いつもならあまり人のいない、夕方の更衣室で、気がついたら女性士官(下士官当然含)のおねーさん方に囲まれてしまってた。何か悪いことをした訳じゃなかったけど、囲まれたら普通、身構えるでしょ?例に漏れず内心で戦闘体勢整えてたら、言われた内容に拍子抜け。
 『へ』以外の何を言えばいいのか判らない。
「だ〜か〜ら〜ぁ、少佐に恋人がいるかどうか聞いてるの」
「アリスなら知ってるでしょ?」

「…あの、少佐って…隊長…ですよね?」  何度目かの確認。
 だって、どうも信じられない、ていうか、個人的に不思議な話題だったから。
 あ。いや、別に、話題そのものが不思議なんじゃなくってね。その話題の対象物(物扱いかいっ)が妙なだけなんだけど。
「当たり前でしょ」
「他に誰がいるのよ」
「んと、ポプラン少佐とかコーネフ少佐とか…」
 空戦隊の数少ない名物少佐を挙げてみる。とはいえ、他でもない、私に聞くくらいだもん。アキヤマ隊長ネタ以外にはないよねぇ。…うーん。セット扱い。良いんだか悪いんだか。
「ポプラン少佐なんて、不特定多数じゃない?」
「コーネフ少佐みたいな鉄壁は端から諦めるしかないしねぇ」
 はい。ごもっとも。
 何せ、ポプラン少佐は女性のみ博愛主義だし、コーネフ少佐はプライベートは完全秘密主義。…玉砕覚悟でポプラン少佐に聞いたって、女性名の羅列で憶えきれないだろうし、コーネフ少佐にはにっこり笑って誤魔化されそう。
 つまり、あの2人に関しては、下手に調べようとするだけ無駄なんだよね。
…まぁ、少なくとも、ポプラン少佐の守備範囲ってのは、有名だしなぁ(お子様不許可の、自立した大人な美人がイイらしい。タイプは色々)。特に聞く必要もないのかも。
 でも、なんでアキヤマ隊長?
 個人的には、その手の話題から遥か彼方にいるタイプだと思うんだけどなぁ。
…なんたってウサ耳着けてるし。隊長って、ちょっとはカッコいいけど、その倍は変だもん。
「なんでアキヤマ隊長?」
 つい、疑問を口に出してみる。やっぱり納得できないと。
「…あら。アリス知らないの?」
 何が?
 視線で訴えかけてみる。何を知らないんだろ。…いや、疎いんだけどもさ。
「アキヤマ少佐って結構人気あるのよ」
 へええ。全然知らなかった。
「だって…ねぇ」
「顔はまあまあ。結構長身」
「確か、ポプラン少佐と同じ位よねぇ。体型似てるし」
 …そういえば…そうかな?
「今少佐って事は出世も早いしねぇ」
 そんなものかな。イゼルローンってそういう人多いと思うんだけど。
「あの二人とまでは言わないけど、エースって事でしょ?」
 …うん。まぁ、称号の規定は軽くクリアしてる。少佐たちはちょっと別格だけど、隊長も結構凄いんだよね。あと、コールドウェル大尉も。
 ちなみに私は、規定まであと一機!
 ま、どっちにしてもエース=あの二人だから、あまり関係ないんだけど。それでもなんとなく違うんだよね。
「…話題も豊富らしい…って事は、頭も良いわよねぇ」
「お料理も出来るって噂だし」
 うんうん。隊長のご飯は本当に美味しい。コーネフ少佐の次位に。和菓子は隊長のが上手だし。
 確かに、お料理出来るってのは男女関係なくランク高いよね。私はお料理出来ないけど!
「でも」
「何て言っても」

『あのウサギの耳が良いのよねぇ〜』(唱和している)

 ……はい?
「ちょっと変かな?とか思うけど、そこがまた」
「そうそう。あのお笑いを自認してるところがまた」
「イイ感じなのよねぇ」
 …そ、そんなもん?
 そりゃ、ガチガチより楽しい人の方がいいと思うけど。私だってそういう方が好きだけど。
でも、あんな変人(ごめんなさい、隊長)でいいの?
「だから、アリス。知らない?アキヤマ・シロー少佐のコ・イ・ビ・ト」
「知らないです」
 うん。知らない。聞いたこともないし、会った事も勿論ない。そういう話、滅多にしないしなぁ。
「だって四六時中一緒にいるのに?」
「んーとですねぇ。仕事中は確かにずっと一緒にいるけど、でも、そういう話ってしないし、隊長のプライベートって全然知らない、です」
 朝、通勤途中で会って、それから大概一緒にいるけど、それは職場が一緒で、更に私が手がかかるからだし。勤務時間終わると真っ直ぐ帰っちゃうし、オフ日が一緒な訳じゃ、あんまりないし。
「じゃ、調べて」
 え。
「直に聞いてもいいから」
 …し、調べるの?
「他に頼める人いないし。ね?お願い」
 …う。にっこり笑ってるのに目だけが笑ってない。怖いっ。
「お願いね、アリス」
「お礼はするからね」
「え、え、え」
 待って…という前に取り残されてしまう。
 え〜んっ。どうしよぉ…。







 …と、いう訳だったりする。






 ちょっと、大変でしょ?調べる方は凄く大変なんだよ。
「そういう訳なんで、知りませんか?隊長のコイビト」
 ちょっと泣きそうな顔で聞いてみる。…いや、確かにちょっと泣きそうなんだけど。あんまりに無理そうで。
「…俺は知らないなぁ…。女連れてるの、アリス以外は見た事ない」
 まずはコールドウェル大尉のお言葉。私以外って…それじゃ意味ないよぉ。みんな、私以外の、つまり被保護者以外の女の人が知りたいらしいし。
「俺もちょっとないなぁ…。適当にいるだろうが、特定って言うのは解らん。ちなみに俺は…」
 そう言って、さくさく女性名を並べ出すポプラン少佐。ポプラン少佐もダメか。で、ついつい、コーネフ少佐を見る目が縋りつくような感じになる。…っつーか、なったらしい。自覚ナシ。
「…アキヤマの恋人ねぇ…。聞いた事ないなぁ…。取り合えず、特定の、唯一人っていうのは作ってないと思うよ。俺達にここまでバレないって事はない筈だから」
 それはそうかも。少なくとも、コーネフ少佐にまでバレない程、隊長は頭良くないもん。
「でも、まぁ、本人に聞くのが一番早いよ。多分」
 それをあまりしたくないから聞いてるんですってば〜。
なんか、今更聞きにくいし、私じゃ軽くかわされて、更にからかわれて、おもちゃにされた挙句に弱味を握られるに決まってるんだから!
 悲惨だ。
「それが出来るなら苦労しませんよぉ」
「…じゃアリスって事にすれば」
「大却下!」
 思わず即答。ついでに、声も大きくなってしまう。
 だって、もしそんな事言って、それがブルームハルト大尉のお耳に入ったら大変。ただでさえ片想いなのに、さっくり誤解されたりなんかしたら、泣いても怒っても八つ当たりしても足りないよ。成就もしてないのに、誤解を解くのからやらなきゃいけないなんて、絶対やだ。
「…それにしても…」
 コールドウェル大尉が面白そうに呟く。
「女性陣から見ても、アリスが完全除外ってのは凄いですねぇ…。日頃あれだけ仲良いんだから、誤解されてもいいと思うのに」
 そうかなぁ。
「言えた」
「…まぁ、どう見ても世話を焼いてるだけだから」
 …なんか、なぁ。
 それが悪いとは全然思わないんだけど、それはそれで普通としては何か問題あるのかも。…あ、でも、ポプラン少佐といたって守備範囲外の安全牌に数えられてるんだから、あんまり問題ないと思う。
「…とにかく、一度は本人に聞いてみたら?それで義理は果たせるだろ」
そういうコーネフ少佐の言葉でその場は締めくくられてしまった。




「あのね隊長」
 皆に見捨てられた後。アキヤマ隊長を目の前にして。
「なんだ?」
「たいちょってさぁ…」
 なんか、言い辛いな。でも、聞いてみないと。
「んー」
「恋人っています?」
 …
 ……
 ………
 ぶっ
 暫くの沈黙の後、隊長が口に含んだ日本茶(今日は玄米茶だそうだ)を思い切りよく噴出す。
「な、なんだぁ?」
 ウサギの耳を揺らして、けほけほ咽てるのがちょっとだけ可哀相だってんで、背中を軽く擦ってあげる。
 …そんなに激しく動揺するような事は言ってないよ。
「…他の部署のおねーさんたちに聞かれたの。知らないから教えてください」
 もう、正直に。隊長に嘘ついたってどうせバレちゃうもん。それくらいなら最初から正直に言うに限る。
「恋人ねぇ…」
「うん。います?」
 実は、少しだけ興味があるんだ。ほら。やっぱりお父さん(年齢的にはお兄さんかなぁ、やっぱり)の恋人って知りたいもん。
 参考までに。
「小豆」
 トカチ産がモアベター…って違う!
「それ、何か違う」
「じゃ、葛」
 ヨシノ葛は良い…ってそれも違う!
「もっと違うっぽいよ」
「じゃあ…」
「シュガーとか言ったら泣くよ」
「…そりゃマズいな」
 いくらなんでも、和菓子の材料を恋人って言ったら私がおねーさん方に怒られちゃうでしょ。もう。
「…じゃあ、秘密」
 頭掻きながら困った、て顔で。
「むー」
 文句いう気はないけど、それでも伝えた時困りそうだし。目で訴えてしまったのは、もう、仕方がないよね。
「言ったってどうせ信用しないって。だから、聞きたい人は直に聞きに来いって。そう伝えな」
 なるほど。それはいい手だ。うん。
「は〜い。…でも隊長」
「ん?」
「私も知りたいです」
「…大人になったらな」
 それって変。そりゃ、まだ未成年だけど。お酒飲めないけど。でも、一応社会人の筈だよ。だから大人の筈だもん。
「お前、俺の好み一応知ってるだろ。それでよくないか?」
 隊長の好みって…。確か、『可愛くってノリが良い』だっけ。でもその後に大笑いされた気がするんだけど。
「あれって冗談じゃなかったんですか?」
「それも、秘密だ」
 にやり。いつものヤな笑い。…なんか企んでるでしょって、アレ。
「けち」
 けちけち。意地悪。
 少し位教えてくれたっていいじゃないか!
「ほ〜。んなこと言うと、今日の夕メシ食わせてやんない」
「ごめんなさい、隊長」
「よし」
 …あれ?
 なんか上手い事誤魔化された気がするなぁ…(単純アリス)。
 ま、いいか。奢ってくれるって言うし。おねーさんたちにはごめんなさい、だけどね。






「…結局解らなかったの?」
「はぁ」
 で、夕方。待ち構えていたおねーさん方に結果報告。
 …なんにも収穫なかったけど。
「でも、直に聞きに言ったら教えてくれるって」
 言ってたもん。…私が直に聞いてもダメだったのは内緒。…て、ばれてるか。
「ん、んー」
「ガード固いなぁ」
「空戦隊って結構ガード固いのよねぇ」
 へえ。そうなんだー。
「アリスでも駄目かぁ」
「ごめんなさい」
 申し訳ない…かな。凄く残念そうな顔してるし。
「…いいわ。本人に聞くから」
「…ダメ元でやるしかないかぁ」
「残念」
「ごめんね、アリス。ありがと」
「こっちこそごめんなさい。解らなくて」
 ぺこり。頭下げちゃう。だってすっごぉく残念そう。
「仕方ないわね」
「アリス、今日、空いてるなら一緒にご飯食べに行かない?」
 あ。いいなぁ。でも、先約あるし。
「ありがとうございます。でも、今日は隊長がご飯食べさせてくれるって言うから、ごめんなさい」
 もう一度頭下げて、更衣室を出てく。早く行かないと隊長が怒る。
「お先に失礼しま〜す!」
 急げ!急げ!



「たっいちょ〜!」
「遅い!」
「ごめんなさい!…で、今日はどこですか?」
「電気羊亭で皆が待ってる」
「わ〜い。あそこ好き〜。高くて自分じゃ食べられないけど。早く行きましょ」
「…はいはい」







 ちなみに、アキヤマ隊長の恋人さんは、今をもって未確認、なんだそうだ。





END



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