例えば、さりげなく言葉を交わす。 例えば、自然に笑いあう。 それは、手に入らないもの。 道行く人に、目を奪われる。 仲睦まじい姿。 極、自然に零れる笑み。 自分にはないもの。 独りじゃない、自信と証明。 2月。ふと、思い付いて、チョコレートを買う。 自分で食べる為じゃなく、人にあげる為に。 でも。 この時期、当り前にラッピングされているものじゃなくて、 ただの、いつでも買えるチョコをスーパーマーケットで買った。 プレゼントなのに、ラッピングなんかしなかった。 たまたま、という風を装って、渡す。 『疲れてるみたいだから。甘いものって、疲れに効くらしいから』と。 ただの自己満足。意味なんて、理解ってもらわなくて全然構わない。 それなのに。 「すみません。ちょっと」 そう、手招きされて。 素直にそれに従って。すぐ、側まで行く。自分を呼ぶ指先が止むまで側に。 間近に近付いた刹那、唇を掠め取られる。 舌先に感じる、甘くてほろ苦いチョコの味。 「何で?」 いきなりの行動に戸惑い、尋ねてみたら。 「すみません。どうも私は古臭い人間でしてね。一人でキスするなんて器用な 真似が出来ないんですよ」 そう、嘯いて。 呆気に取られてまじまじと見返した自分に、悔しい程余裕のある表情で、 『だから、協力願ったまでです』 と、続けて。 モノはHERSHY'Sのキスチョコ。カレンダーの日付とともに、それに乗せた意 味を気付いてもらう、なんて。全然期待してなかったと言えば、正直嘘になる。 でも、違う。 相手の反応は淡い期待以上で。震える程のくすぐったさと、それ以上の恐怖を 誘った。 人は好き。 でも、人は怖い。 だって、感情は移ろうから。 所詮捨てられるなら、仮初の好意は要らない。 優しくされたら期待する。 期待したい、自分がいる。 「何してるんですか?」 「星見てた」 「暇な人ですね。こんなに冷えて」 満天の星空。冴えて冷たい冬の夜空。 嫌いじゃないけど、独りの自分を殊更に強調されてしまう。独りが嫌いな、でも 独りになりたがる自分。 「…そういえば、欲しいものはありますか?」 「え?」 「誕生日でしょう、貴方」 不意に問われて。一瞬反応が止まる。自分の誕生日なんて、忌まわしくて忘れてた から。 何かをくれると言うなら、欲しいものが一つだけある。でも、それは絶対言えない。 「…ない」 「───────…困った人ですねぇ。じゃ、これあげますよ」 冷え切った手を、大きな両手が包む。そして、手の平に硬い、何かが押し当てられた。 手の中にあっさり収まる小さいそれを、恐る恐る覗く。 それは、キィ。 「これ…」 「うちの鍵です。どう使おうとあんたの自由です。…でも、欲しがってたでしょ?」 「…そんなこと、言ったっけ…」 乏しい記憶の中にも、そんな科白を言った憶えはない。そんな、不相応なこと、口にした事は なかった筈。 「いいえ。言葉で言われた事はありません」 軽く否定されて思う。 なら、何で欲しがっていたと知ってるんだろう? 鍵を欲しがる、その意味すら、知っているというのだろうか? 「…差し上げますよ。それが証拠品になるとは思いませんが、貴方に、家族をね」 「え…」 「共に笑い、共に生き、心を寄せ合う相手になりたいんですよ、私は」 ゆったりと笑い、頬に唇が触れる。ほんの一瞬の出来事。それでも、正気に戻った時には相手の 姿は部屋の奥に消えていて。 これが、証拠? 独りじゃない、証明? 期待、しても良いの? 裏切らないでいてくれるの? 本当に? 「…もう一度捨てられたら、きっと二度と立ち直れないよ?」 小さく呟く。 でも、言わなかったのに欲しいものを解ってくれてた。 それは、自分が欲しいもの。 彼は、与えてくれるのだろうか。 「期待、しちゃうよ?」 だって、憧れてたんだから。ずっと 憧れてたもの。 ずっと欲しかったもの。 それは、声に言葉にならない想いを知ろうとしてくれる人。 |