熱視線



見てて飽きないもの。

空の色。雲の流れ。雪の降る様。樹木のざわめき。鳥の飛ぶ姿。

他にもたくさんあるけれど。

その中でも一番。時間を忘れる程に魅入られるもの。

今、目の前にある長くて綺麗な指先。

凄いスピードでキィを叩く。それこそ、目にも止まらない位。

無駄のない動きでお茶を煎れる。味は、玄人裸足。

優雅な仕種でページを捲る。小難しい本を好んで読む。

時々、ずれてしまう眼鏡を上げる。考えに沈んだ時、口元を隠す。

ペンを走らせている最中、時折ペン先を持ち上げる。

ネクタイを緩める。ボタンを外す。

どんな複雑な行為も、細かな作業も、容易くこなしてしまう。

自分に、触れる。

とても綺麗で、洗練されている、指。



ゆっくりと、視線を移す。

手首。細くて(でも自分より一回り弱、太い)、いつも腕時計をしている。だから時間に煩い。

筋張った腕。大抵、シャツに隠されてるけど、それなりに筋肉質。。

パソコンの所為で鍛えられてるのかな?

多分、美形と言って差し支えのない顔。鉄面皮で理知的。いかにも仕事が出来そう。

…でも、眼鏡の奥の冷たい双眸が、優しくなる瞬間を知ってる。

長い脚。時々邪魔そうに組み替えられる。

広い肩。スーツ類がよく似合う。茶系が多い。

決して低くはない自分より、更に高い長身。立って話すと、視線が少し上向きになる。

どこをどう見ても、何時間でも、見ていて飽きない。腹が立つ位、人を惹き付けてくれるその存在。


少し、悔しくなって視線を上げる。

開けば、毒舌ばかり出てくる口が目に入る。優しい言葉は滅多に出てこない。

それでも、声音には暖かさが含まれてる。

聞きたいな。

低い声。低くて、深みのある声。自分だけに向けられる優しい声色。

でも、自分から声はかけたくない。この場の柔らかな沈黙を壊したくない。

でも、聞きたい。



これは我侭?



視線に熱がこもる。相手は気付くだろうか。

「どうか、しましたか?」

勘がいい。絶妙のタイミングでかかる声。

「…ん。別に…」

慌てて逸らす視線。心臓が跳ね上がってるのが判る。

「おかしな人ですね」

笑われる。…まぁ、仕方ないけど。

ソファから立ち上がるのを目で追う。どこか行くのかな?

「…お茶にしましょうか?あなたの好きなアップルパイもありますよ」

「うん!」

…即答してしまう自分が少し悲しい。絶対、食べ物に釣られると思われてる。

ちょっと、悔しい。すこし、慌てるような事、してやりたい。

「…ねぇ」

キッチンに向かいかける相手を呼び止める。

「はい?」

怪訝そうに振り返る所も、実は気に入ってる自分が嫌だ。

「大好き」

全開の笑顔と、爆弾の一言。

どういう顔をするのか、楽しみ。

相手は、一瞬面食らった顔をして、それから、ゆっくりと余裕のある風情で、口元に笑みを灯す。

失敗?

「ありがとうございます。───────でも」

でも?

「私は愛してますよ」



逆襲。

心臓直撃。

こっちの頭の中が真っ白になってる間に、キッチンに引っ込んでしまう。

「…あれって…ズルイ」

あんな逆襲、予想してなかった。

顔が熱い。火が出そうに熱い。

「あー、もう」

また負けた。一回くらいは勝ちたいのに。

でも、でもまぁ。いつもいつも好きな人を見ていられるのはきっと最高の贅沢だから。

それを否定されないのは、自分だけの特権だから。

仕方ないから。それで満足してあげる。




見てて飽きないもの。

世界中のどんなものより、時間を忘れる程に魅入られるもの。

それは

世界で一番好きなひと。



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