夜中、いきなり目が覚める。 窓から零れ落ちる月の光が、昼間みたいに眩しくて。月光菩薩でも降臨したのかと思う。 隣りで寝ている筈の相棒に声をかけようとして、気配がないのに気付く。 月明かりの中、視線を巡らすと所定の位置に琵琶がない。 寝床はとっくに冷たくなっていて。随分前からいなかったらしいのが判る。 半分寝惚けた頭を掻き、簡単に身支度を澄ませる。愛用の錫杖マイクを掴んで、外に出た。 「あの人、どこかな…」 小さく呟いて、耳を澄ます。相棒を探す、一番簡単で確実な方法。 絶対、弾いてる。 こんな晩に外に出て、弾いていない訳がない。暇さえあれば、琵琶をいじってる人だから。 静寂に近くて、月が綺麗で、澄んだ空気のこの場所で。あの人が欲求を押さえられる筈がない。 だから、耳を澄ます。 琵琶の音さえ掴めば、すぐに場所が判る。自分、耳だけは良いから。そして、あの人独特の 音を自分が聞き逃すなんて、万に一つもありえない。 たとえ、琵琶の音が無数に響いてても。…まぁ、まずそんな事はないけど。 「────────────…いた」 消えかけの、幽かな音を拾う。音に導かれて、迷いもなく進んだ。 見つけた。 この村の中央。グレートスピリッツの真ん前。気分良さそうに琵琶を弾いてる。 なんだかなぁ。鼻歌なんか歌っちゃって。 「──────…お。起きたのか」 「…月光菩薩に起こされた」 声をかける前に気付かれる。ちょっと、バツが悪い。 「奇遇だな。俺もだ」 咥え煙草で琵琶持って。足元には日本から持ち込んだ缶ビール。機嫌はかなり良さそう。 明るすぎて眠れない、て感じじゃないなぁ。 月に照らされ、グレートスピリッツが輝き、まるで昼間。他の人たちって、よく眠れてるな、 と思う。それとも、この光景に疲れきってるのだろうか。 ──────…何度見ても、荒霊に見える…よなぁ。 ぼんやりと思う。この地球の全てを見てきた、全てを司る、と言うグレートスピリッツ。 それは、自分には鎮める必要のある荒霊に見える。これを、鎮めたいと思ったりもする。 「…飲むか?」 「ん…いい」 掲げられた缶ビールを断って、横に座る。 気にした風もなく、また、琵琶に走る。 …ほんっと、この人って、琵琶馬鹿だなぁ。感心するなぁ。でも、琵琶で洋楽コピるのって かなり変だよ。なんつーか、器用。 あぁ、でも良い音。世界中、どんな楽器より、どんな演奏者より、これが良い。この音に合 わせて声出すの好き。 本当はシャウトは苦手だけど、声明は得意。…本職だし。 この琵琶と自分の声なら、どんな御霊でも鎮められそうな気さえしてくる。 気がついたら、声を出してた。 「…ねぇ」 「んー?」 「リクエストして良いですか?」 生返事を気にせずに続ける。内容は多分、理解できてる筈だから。 「何」 「平曲やりましょう」 この先、生きるか死ぬか判らない。夢が叶うかも判らない。 やりたい時にやりたいことがしたい。 「──────…平曲…ね。OK」 こっちの言葉に一瞬呆けた顔をして。にやりと笑うと空き缶灰皿で煙草を揉み消す。 集中する為に小さく深呼吸して、口の中でカウントを取る。 軽い緊張感の中、滑らかに音が紡ぎ出される。 自然、口が動いた。 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す 「お。平家」 「は…ん。やれば出来るじゃないの」 「アンナ?」 「あのバカコンビ。本職ならまあまあね」 「バカって…」 「だって坊主だもの。あんたたちとは質が違うのよ。あの二人は鎮魂が本職。ファイト向きじゃあ ないわ」 「そうかー?結構楽しいぞ、あいつら」 「だから雑魚なんでしょ。ああやってればグレートスピリッツすら鎮まる程の実力があるクセに、 なまじ霊を使役しようとするから弱っちいのよ」 「そんなもんか」 「そんなもんよ」 ただ、春の世の夢の如し 猛き者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ |