恋 歌
君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな
藤原義孝


「…まぁったく。人の欲ってのは限りがないねぇ」
月を観る。
淡い光を放つそれに、この時刻では見えないものを想う。
「何の話だよ」
「ん〜…」
「ってか、この状況下でのんびり月見なんかしてるんじゃねぇよ」
曖昧に笑うと、呆れたように言ってクナイを閃かせる。それに肩を竦めてみせると、真後ろにクナイを突き立てる。
月夜の戦闘。
夜半の月に目を奪われていたとて、別に気を抜いている訳ではない。自然体そのままの状態である以上、間近な殺気には容易く対応出来てしまう。
「…月見しながら戦闘してんなよ」
「月見…ってか太陽を観てる気分なんだけどねぇ」
月を介して太陽を。
闇の住人である自分の焦がれる存在を。
知らず想う。
「何だそりゃ」
「直視できないかーらね。…で、終わった?」
軽口を叩きながらでも終わる、殺戮。
碌でもないな、と思う。
やはり自分は太陽を直視して良い存在じゃない。
間接に照らす、月で充分。
「…数は合ってる」
「じゃ、帰ろ。怪我もしてないし、重畳」
怪我も返り血もない。まぁ、上出来。
「怪我…?お前、気にするようになったのか」
目を見開いて、トレードマークになっている煙草を口から落とす。
驚かれたらしい。
「んー。まぁ、ちょっと」
心境の変化ってヤツ?
そう、続けると笑われる。
「へー。前は返り血浴びようと重傷を負おうと気にも止めなかったヤツが。どんな変化だよ」
「うん。ちょっと命が惜しくなった」
「そりゃ良い」
驚きの表情の後、何故か機嫌の良くなった相手を訝しみながらも、今一度月を顧みる。


前は。
いつ死んでも良かった。
あの人の為なら。
あの人を護れるなら。
あの人が居る里を護れるなら。
この命が何処で散ろうと惜しくはなかった。
なのに。
今は命が惜しい。
あの人と話せるようになって。
あの人と酒を酌み交わせるようになって。
もっと、と思ってしまう。
もっと逢いたい。
永く共にありたい。


あの、太陽の欠片を持つあの人と。


なんて浅ましい。
昔は話に聞くだけで満足出来たのに。
姿を知ってからは遠目に見るだけで幸せになれたのに。
今はもう。
願わくば姿が見たい。
願わくば言葉を交わしたい。


─────────触れたい。


遠目に見た姿一つで命すら惜しくなかった筈が。
一度出逢ってしまえば欲は際限なく。
もっと、もっとと幾らでも望む。
少しでも永らえて。
少しでも多く逢いたい。
出来るなら間近に。
出来得るならこの腕の中に。
過分な夢を望む。
この卑賤な命を惜しむ。








報告書は任せて、大門からある場所へ向かう。
確率の高い場所。
逢えるかもしれない方へ。
ほんの僅かな期待を籠めて。


─────────あぁ。


「…あ。カカシ先生!」
光だ。
「今、御帰還ですか?お帰りなさい、お疲れ様です!」
眩い光。
「はい、ただいまです。イルカ先生はこれから一楽?」
闇を照らす月光じゃなく。
「あはは」
闇を切り裂く、日の光。
「時間もないし、何より美味いんですよ!」
輝くばかりの。
「ラーメンばっかだと栄養偏っちゃいまーすよ」


俺の光。


─────────野菜炒めも食べます
愛おしくて。
「それが良いで〜すよ」
目が眩む。
「カカシ先生もご一緒にどうですか?」
「良いですねぇ」


あぁ。
この人の傍に生きたいねぇ。



 君の為に散らすなら惜しくない筈の命が、君の所為で惜しくなったという話。
 …ちょっと違う気もしますが…(汗)。
 カカシ先生って命に執着なさそうだな〜、とか。


読んでいただき、ありがとうございました。
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