団員のひとりごと 第15回

夏草や 強者どもが ・・・・・

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担当: チェロ 大塚

彼は、前夜、“物見”として本隊から離れて、敵陣の中に単独で潜んだのである。物見は、通常、敵陣の兵数や布陣、武力などを見て取って、報告するので、生還してこそ意義がある。しかし、彼の場合、今度は少し異なっているということを彼自身が解っていた。

彼は物見頭であるが、総大将からは敵の様子を探るだけではなく、あわよくば後方をかく
乱したり、陣地を作っても良いという、命令を受けた。これは表向きの表現で、成り行きによっては、そのまま捨て殺しになるという意味を含んでいるのである。命令する総大将も、受ける彼も、そこは、百も承知、二百も合点している。

やがて、夜が明けて、見通しが利くようになると、周囲に見えるのは、敵の旗が圧倒的に多く、味方の旗はかすむぐらいの彼方であった。背中に氷を入れられたようにぞっとして総毛だった。「しまった、深入りしすぎた」と声に出せたのは、ここが俺の死に場所だという覚悟が出来てからであった。耳を澄ますと、南東の方角から、ワーワーという喚声と、陣鐘、鉄砲の音が、かすかに流れてくる。チュンチュンと雀のさえずりがうるさくなって来た。もう、日の出が迫ってきている。応援が早く来てくれないかとジリジリする思いで、敵の旗印を見ているが、幸いにまだ動く気配はない。

ふと気づくと、南東の戦場の音が小さくなっている。かすかな、草ずりの音に振り返ると、味方が2名来た。
「大将は
なんと言った」「ただ、様子だけ見ていろと、だけ」短い会話だったが、心情はわかる。まだ勝てるという見込みが立たないのだ。総大将は、知略、武勇とも兼ね備えていたが、細かい計算のできない人であった。そこが、鷹揚という美点であり、丼勘定という欠点でもある。

「今回は外れたか・・・。」彼は、こう呟いたが、2人には理解できない。「ど
うします、もう少し踏み込んで見ますか?」若い方が、上気した顔で言った。彼は迷った。実は、この敵とは、面識はあるものの、戦うのは初めてなのだ。しょせん死ぬのは1回きりだ。こう、思えたときに腹は決まった。「よし、もう少し踏み込んで、敵陣を荒らそう。」たった3人で? と思われるかもしれないが、まだ日の出前であり、敵は全く油断しているに違いない。

更に、味方が5人駆けつけてきた。「思いっきり暴れて欲しいそうです。」と、一番年長そうな
のが言った。「応援はどんどんくれるといっていました。」どうやら、捨石ではないな。まずは、仕掛けて様子を見よう。

「よし、お前とお前は、あそこに見える旗を攻撃しろ。お前とお前はあそこだ。一当たりするだけでいい。反撃されたらすぐ引き上げろよ。残りはここに土塁を築いて陣地にするぞ。」彼は、テキパキと命令し、敵の反応を見ていた。応援が来るたびに次々と、敵に向かわせ、または、陣地を作らせた。敵の旗挿し物の動きを見ると、挑発に対する反応が鈍いようだ。戦意に乏しいのか、こちらを軽く見ているのか・・?「あれだ、あそこが弱そうだ。」敵の陣形に最も貧弱そうなところが見つかり、彼は興奮して言った。「よし、ここは数人残して残り全員であそこを攻めるぞ。いくぞー!」

そう叫んで彼も駆け出した。朝日がもう少しで顔を出しそうだ。汗が目に入り、前の馬の土くれが顔にあたる。が、気にならない。気合が充実してきた証拠だ。「そこだ!いけー!」刀を振り回しつつ下知をする。敵の姿が見えた。意外なことに拵えも十分で、兜をかぶった顔がずらっとこちらを睨んでいる。こ、これは、わなか? しかし後には引けない。

「かかれー、かかれー、」ウオーという絶叫が、双方から起こる。ガッキと切り結ぶと、相手は十分に重量感があり、その力は味方をはるかに上回っているではないか。しかも、後詰が十分に用意されているのが見えた。「わなだー、引けー引けー。」味方はすでに4分5分に寸断されてしまった。彼自身の鎧にも矢が2本刺さっている。馬首を巡らしてみると、そこには旗も敵勢も見えない。

しめた、これならば、本隊に合流することは何とかできそうだ。うまい具合に、4分5
分になった味方も合流できた。敵の追い足はそれほどでもなさそうである。一瞬でも早く、陣地に戻り、全員を脱出させねばならない。その時、敵が一騎で立ち塞がった。見事討ち取ってみよなどとぬかしている。この者に、暇をとるのは愚の骨頂である筈だが、彼は敵に裏をかかれ、頭にきていて計算を忘れた。「面倒だ、切ってしまえ!」どっと押し寄せたが、敵もさるもので、左右前後に逃げて、容易に屈しない。

突然、ウオーという地鳴りのような喚声が周りで起こっ
た。見ると、今まで動いていなかった、比較的遠くの敵の旗が一斉に、こちらを取り囲むように輪を縮めているではないか。さっきまで見えていた本隊への道筋は、敵の軍馬で遮断されている。「しまった!陣地へ戻るぞ!」とにかく逃げて陣地を固めなければならない。しかし、敵の強さと知略はどうだ。旗をわざと薄くして、おびき寄せ、跳ね返す。追いかけませんよ、と言う顔をして、捨石を放り投げておいて、その間に包み撃ちにしようとするとは!一枚上手だ。

「く
そったれ!たぬきめ!」まてよ?この分だと陣地も危ないのではないか?彼は、暗雲のごとくに湧いてくる不安を振り払うように駆けた。やがて、陣地に着いたが、おびえた部下の顔が見えた時にすべてを悟った。「陣地は囲いを破られました。もういけません。すぐ逃げましょう。」「よしわかった。付いて来い」

しかし、もう逃げ場がないことが解ってい
た。周囲は敵だらけだ。陣地もできず、本隊とも連絡が取れないとすると、捕虜を捉えるしかない。彼の一団は、弱そうな相手を見つけて挑みかかっては、逆に手痛い目にあった。3度繰り返した時、彼の一団は、すべてが無駄なことを知った。

頭がシーンと重くなった。時も空気も動かないように思えた。敵の隊長の顔が間近に見えた。老いた顔が、かすか
に笑っているようだ。朝の光が輝き、草は青々しているが、そんなことは、彼の目には入らなかった。

彼は、しばし、目を瞑り、真っ白になった頭を集中させた。そして、目を開けた時、相手の顔が見えた。「負けました。」「ここの打ち込みは少し深すぎましたね〜。もう少し浅く消しても黒さんが十分厚かった(優勢)と思いますよ。」「そうですねー。少し足りないと思ったので、無理をしました。」・・・・よく見られる囲碁の風景を多少の脚色をつけて実況中継してみました。

これを読んで少しでも囲碁に興味をもたれましたら、小生の幸です。