その後も病院での療養は続きましたが、やがて退院を許され自宅療養を続けておりました。 ベッド横には、常に白翁硯が置かれ具合の良い日は上体を起こし書を善くしておりました。 その中には巻紙に延々と書き表わしたものも多く残されております。
「天地自然の法則を知りて、人間本来の心の幸福を得よと説かれし釈迦の法華経はそれを教 えている。禅の哲理の根本は目先の小事にあらず。宇宙の大局の中に己を知ることなり。権 力、財力、幸福は各人希望する事なれど、その力に限度あり。日々最大の努力をし、現われ たる結果を感謝しつつまた努力すべし。これ一日の行事なり。また私自身の自己問答でもあ り修行目的でもある。
これを実行悔いなき人生こそ最高の坐なり。藝は深く追求せば、禅の哲理と共鳴するものが ある。大宇宙の自然法則の中に、存在する真理を掴む事により、藝術の進歩があり創作が生 まれる。過去三千年の歴史の中に、様々の藝術が育んで来た中で、それを一通りに体得研究 しこれを踏まえての創作は、過去にもその例のなきものなれば、歴史の一ページを飾るべき である。孤高の独創に誇りを持ち、妥協する事なく堂々と主張す」とあります。

白翁の病症は遡りますが、昭和六十年以降益々体調が崩れやすくなっており、発作呼吸困難 が朝といわず昼夜問わず、頻繁に起こり病院往復が激しくなっておりました。本人と共に付 き添う家族の疲労も激しくなり出し、遂には同時に病に伏してしまう事すら度々重なって来 る事もありました。
入院を希望しましても例の通り急には病室が取れず、焦る気持ちで病室空きを待ちその間中 、自宅療養を続けながら病室が確保されるまで、待機しなければなりませんでした。発作の 起こる時には緊急用の服薬でその場を凌ぎながらも、とにかく待つしか手立てはありません でした。この状態が続きますと、まず家族から心痛と過労で次々伏してしまい、色々と考え た挙句国立医療センター際のマンション一室を借り、そこを療養所とする事に決めました。
部屋の中に緊急時の医療器具を買い揃えたり、自宅より使い慣れた医療器具を持運び設置し ました。その事により夜中でもすぐに、病院で緊急治療を受ける事が可能となり、治療が終 われば病院横療養所に戻れる様にしたのでした。看護派遣所を通じ、初老の元看護婦二人を 頼み、付き添い人として交互で二十四時間体制で白翁に付いてもらいました。
序々ではありますが部屋の中には、病院で使用している同類の小型医療器具類も数多く揃え 万全を期しました。付き添い交互での生活が続き、安定感も出てきてようやく体調も落ち着 き、白翁の容態は大分安定が見られる様になっていきました。体調がどうにか落ち着きだし ますと、又しても白翁の芸術虫が落ち着かなくなり出し、この療養所に制作に関する材料、 道具類を運んできて欲しいと頼むのでした。
担当医に知れますと厳重に注意される事を承知の上、こっそり少しづつ持って行く事に決め たのでした。制約漬けの生活であまりに可哀想になり、好きな事をさせてあげたく、負担の 掛らぬ小さいものから密かに運んでおりました。
比較的調子の良い日はベッドより起き上がり、ゆっくり時間を掛けながら楽しそうに小品を 無心で制作しているのでした。

昭和六十三年、八王子の住友海上火災ホールで漆画展を開催しましたけれど、当然の事なが ら白翁は今回も会場には行けず、会期中の内容は家族の説明を黙って頷いて聞いておりまし た。この頃の体調は一進二退というべきか、退くほうが多く入院生活も度々でありました。
病室が空き入院すれど、多くの病人待ちの為、長く入院する事がなかなか難しくやがて退院 を余儀なくされ、すぐ近くの療養所に移動します。暫くして発作で手に負えなくなり入院の 手続きを出し緊急用の薬で、病室が空くのを首長く待ち入院。この繰り返しが依然として続 いておりました。
退院し療養所で静かに静養をしておりましても、ひっきりなしの咳や発作は現れておりまし た。しかしその合間をベッドで半身を起こし書を書いたり、草案に耽ったり随筆を書いたり しながらも尚、次期制作案を盛んに練っておりました。家族としましては、もう制作は無理 である事を、医師に聞かずとも薄々分かって来ておりました。それだけに、白翁の一日また 一日を無駄にせず邁進続ける姿を見るのがとても辛く、どうする事も出来ませんでした。
付添い人に毎日の様に自分の藝術に対する考えや、これからの活躍に対する夢などをベッド の中より時間の経つのも忘れ、とうとうと話し続ける姿は侘しく耐え難い苦しみにさえ感じ てしまうのでした。時々自宅に戻りたい事を伝えるようになりましたが、それはとても無理 の願いだったのです。
もし自宅で緊急事態が発生した場合、緊急時用の医療器具類は全て療養所に設置してあり、 緊急時は手の打ちようがなくなってしまうからです。余程の事でないと自宅に帰れぬ事は、 百も承知の上で言っているのですが、白翁の心中全てが通じてしまう家族に取りましては、 それは々とても辛くやるせないものでした。
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