この頃の記に「口の車に乗るなかれ、火の車に苦しむ事なり 心眼開きて観ずれば善悪を知る べし 優曇華の花を観る  三千年に一度しか咲かぬという法華経の根本を学び、心眼自ずか ら開く 佛法の奥儀ありとせば、これ神通力なり 諸佛の智を得て藝道自ずから輝く 一本の 線に哲理の働きあり 神秘の力を生ず 藝道また宗教なり」とあります。
また別の記に「菩提樹の下 佛の座に坐し 道を求め諸佛の智を得て禅定藝道に徹すれば 自 ずから菩薩たり 一本の竹べらに光明を見出す。無我修行の根本 自然真理を掴む 心の技こ そ藝道精神なり。天上天下唯我独尊 創作に誇りを持つべし」とありました。

昭和六十一年、長年の白翁作品コレクターであったお方を通じて、白翁美術の熱心なる愛好家 が紹介されました。その方のご主人が鉄工所を経営され、その環境の中で奥様は楽しみであっ た芸術に心を打ち込み、ゆくゆくは自分で画廊を開きたいと念じ、各方面に亙り扱うべき作品 を模索しておりました。
ある機縁で白翁作品コレクターと知り合い、その方の所蔵する幾種の作品に出会った奥様が、 長年捜し求めていた芸術品が、ここに於いて出会った喜びを語った事から話が進み、是非白翁 先生に対面の便宜を・・・と頼み込み、その方を通じ我が家へご主人と奥様と妹さん、そして 親戚の女性の四人でやって参りました。
アトリエで各種色々と作品鑑賞をされ、「私達の希望は、白翁作品を画廊一杯に飾り、四人で 先生の魂とお心を伝えて行きたいと願っておりますが、先生のご意見を是非お聞きしたく伺い ました」と申されたのでした。
四人が見えられた時、白翁は入院中で不在でありましたが、息子である私が「責任を持って貴 方達の意思を父に伝え、父からの伝達を私からお伝えします」と約束したのでした。
白翁は昔から画商を嫌っておりましたが、たまたま数年前に白翁の崇拝するある美術関係重鎮 より画商を紹介されました。しかし後々この画商に傑作作品を多量に詐欺をされ、それが長引 いて検察にまで話が入っており、その件に関しても白翁は大ショックを受けている最中でした 。以前より「画商は、作家の研究・努力・苦労等に心を配る事なく、口先のみで己の利を得ら んが為の便法を用い、勝手に値を釣り上げ、あるいは極端に値を下げたりして、自分の意のま まに行為行動し我利のみに走る人物多し。作家には生活はおろかこの先制作・研究を重ねて行 く事が難しい程の金額を示す輩が実に多い。
中には作家の感覚や表現、手段までをいちいち指示始め、早く納まりやすい作品、長期制作を 要さぬ作品をと指図し出す者もおり、作者の意思をないがしろにする画商も実に多かった。私 は画商を一切必要としない」と常々申しておりました。
別記に「芸術家は誇り高き自信のある作品、芸術至上主義の下に秀れたる独創の漆画を完成せ んと努力す。売り込み商人は、売れ易い利益を第一に取り扱う事に力を注ぐ。宣伝上手なれど 汚れた塵は掃き清めるべし。ダイヤと砂利は区別して論すべし。自信と誇りを持って大胆に実 行すべし。明きめくら無能愚輩となる事勿れ。見せても説明してもどうも分からぬ人に何も言 う事無し」と記してありました。
崇拝していた美術関係重鎮の勧めで、白翁の意思に反していた画商を入れたのでしたが、結果 は以前から危惧していた通りになってしまいました。
紹介した先生が「腕は良い人と思ったけれど、その様な人間とは思われなかった」との軽いお 話で終わってしまいましたが、崇拝しておりましたお方だっただけに、白翁は無理に問題を大 きくしなかったのでした。

入院加療中の中で加えて諸々の煩雑事で傷心の癒えぬ白翁に、四人の人達の画廊話はとても切 り出しにくいものでした。頑固一徹、己の意思の通り生き抜いて来た白翁には私の目から見て 、父でなく師匠の感覚でありましたので、畏れ多く言い出しにくく、恐らく烈火の如く怒り出 し、雷が落ちてくるものと覚悟しながらも、静かにその経過を順序良く伝えたのでした。
ベッドに姿勢良く上体を起こし、目を閉じながらもじっと聞いておりましたが、「その人達を 此処に通しなさい 話を聞こう」と言ったのでした。白翁には何かその人達の心が通じたので しょうか。後日、約束の日にその人達を連れ病室に行きました。彼らは自分達のこれから活動 しようとする希望、夢そして白翁芸術への確固たる心情、考えを一心に述べ続けました。
「売る売らんでなく先生の絵画を通じ、画廊に集まってくる人達の和やかな心の触れ合い、そ してそこで起こるご縁を大切に先生のお心を私達が伝えていきたい」と申されました。白翁は 言下に「良かろう」と承認をした上、画廊の名前を「洗心洞」と名づけたのでした。
奥様が感激し涙を流され、白翁の手をしっかり両手で包まれていた姿が今でも思い出されます 。
彼らは漆画百号の「太陽は燦然と輝く(漆画百号・十二枚連作の中の一点)」を購入され、洗心 洞画廊正面に飾られたのでした。
(白翁が激しく入退院を繰り返す以前より、絶えず手掛けていた生涯の目標であった百号漆画 による「地上天国の十二枚連作」を遂に数年掛けて完成させておりました。自然風物を表わし た連作で、富士あり太陽あり各種の巨木、大渦等を含めたこの百号十二枚連作を一堂に飾りた いと願っておりましたが、あまりの巨大の連作で、まず収めるスペースの問題、そして高額に なってしまう金額も踏まえ購入者は見つかりませんでした。この十二枚連作の中の百号「葡萄 」と「神代桜」は既にある会社に納まっており「太陽は燦然と輝く」はその中の一点でもあり ました)
その漆画百号は大画面の中に朱漆で大きく表現された太陽が、生い茂る木々の中から今まさに ゆったりと昇る悠然たる構図で、空には朱と金色の瑞雲が流れ画面下部一杯に表現されている 唐松林全体を金・青金・銀・黄の漂うもやの中に茜雲が一筋二筋と流れている優れた出来栄え の作品でありました。
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