作品が収まり収入が入ると同時に(或いは入る以前に材料を大量に注文してしまう)その高価な る材料をここぞとばかりに惜しむ事なく多量に使用、数々の制作に没頭する事の繰り返しであ り、少しでもイメージの異なった作品となると、全てをぶち壊しに始終しておりました。本人 は高価なる材料との認識は全く念頭に入れておりませんでした。
また制作の合間々に各地スケッチ巡りの反復、そして高価なる美術参考資料漁りでありました 。その為三人の子供の世話と、家計を受け持つ妻との衝突も若き頃は激しいものでありました 。
白翁の気質を良く知る昔の友人で美術学校同期生より聞いた話が、その一部を物語っておりま す。「入山君は億万長者の子息という噂が有った程、当時から金や銀を惜しむ事なく使用し、 また高価なる漆の未完成品を気に入らぬと、容赦なく打ち壊し次の制作に掛かるという姿勢を 崩さなかった。
同期の仲間より自然誰とはなしに、その様に言われるようになっていた事もあり、全く目先の 利に迷わずより以上の傑作を生み出す事にのみ、執念を燃やす性格の人であった」という事を 聞いた事がありました。

継続する資金も滞りがちの中、制作に打ち込み自身の健康の事すら意図せず活動を続ける源は 、何処から沸き起こるのか昔から不思議でなりませんでした。
この頃の記に「海は近くに在りて岩を洗う 社会は我が身辺に在りて闘争の場なり。萬人みな 闘士にして勝てる者のみが残る。弱肉強食の世相 悪は善を害すると言えども、善は常に悪を 駆使す。萬人是を知りて尊敬す。聖なる苦闘は萬人の師たり。心の技こそ藝術最高の坐なり。 権力を最高とせず 財力を最高ともせず、人間生活上の便法にして、人間最高の坐は悟りにし て是に徹する事なり。この理を知らざるは俗人なり。悟りある人こそ 最高の幸福者ならん。 人生哲学是以上はなし・・・」と白翁記があります。

昭和五十二年、東京セントラル美術館に於いて、白翁三十年間に於ける全ての作品を展示する 「白翁懐古展」を開催。金胎象嵌蒔絵屏風類・及び乾漆屏風類・総梨子金胎菊高蒔絵宝石箪笥 ・平棗・中棗・乾漆香炉・香盆・乾漆壺類・金胎乾漆煙管十二ヶ月揃い・各号数による漆画、 漆絵版画(麻地・絹地・和紙)・書・墨絵・掛け軸類・乾漆硯類・陶板硯類・引掻き手法による 漆画(表裏側面全てさび漆で下地を施してある乾漆板を平に研ぎ整え、その上に上質の漆を五回 程塗る。塗る度毎に研ぎを入れ最終塗りの時には鏡の様に磨いておく。その表面に薄く色漆を 延べ竹を細く削り先の鋭端部分で絵画・文字・模様を筆の如く自由に駆使すると共に、引掻く 様に切り込み表現して完成させる新たなる手法)その他多数の未発表作品が会場を網羅しました 。

当時の記に「宇宙自然の心と一と成りたる時、無我に徹し純なる時は菩薩なり。感激の閃くと き独創の藝は生きる。目先の欲望だけの者は豊なる心を失う事あり。一時的流行の花形たらん とせば、世に持てはやされるともそれは煙の如し。高度の豊かにして安らかなる藝術は萬人の 心の糧となる。
不変の美は歴史に一ページを飾る。作者はこの世を去るとも作品に魂は生き残り、それを愛す る人に微笑み語らいかけ、永遠に生き続けるであろう。優れたる独創の藝術こそ菩薩なり。永 久不変の漆という材料に託して豊なる愛を萬人に捧げん・・・」と記されてあります。

八王子に窯を持つ著名なる若き陶芸作家がいて、白翁とは知遇の中であり両アトリエを行き来 しておりました関係で、時々八王子に出向き、壺や陶板硯・そして素描の数々を表わした陶板 を様々の工夫を凝らし窯で制作しておりました。
陶板造りは陶板の上に漆画手法による《陶板乾漆・漆画》を制作する試みであります。また一 方、陶板硯はその原点となる原型に墨池〈墨汁が貯まる所〉や形・厚みなどそれぞれの作品を 考慮しながら硯台を制作。体力のない白翁にとって土はこねられず、既にこねられたものを自 ら小さくこね直しておりました。
その土が陶板硯へと形を整え、壺や陶板と共にそれらを焼入れしながら出来上がりを楽しく待 つという事が、当時まだ続いておりましたが、体力も弱まりその為、小型硯が多く制作されて おりました。
より選ばれた完成品のみを自宅に持ち帰り、アトリエで漆を幾度も塗り重ね、その都度乾燥さ せながら硯として、或いは陶板漆画に完成させていきます。
白翁の硯は大小に関わりなく全て裏側に画面を持っておりますので、硯の裏側にさび漆を厚く 延べ生の内に絵画、文字、模様などをその各々硯の性格に合わせてヘラで切り込み表現して行 き、指で彩色を重ね完成していきました。
〈硯を磨り書をしたためた後、裏を返して心静かに鑑賞するも良し〉との言葉は白翁硯に関す る作者の決まり文句でもありました。
毎日の漆画制作の合間(漆の完全乾燥する数日から〜数週間位)を利用しての陶芸作業でありま した。白翁の芸術活動の休止している時は入院の時か、トイレか食事中、そして就寝中である ・・・と取材中の記者に家族がそう話した事もあった程でした。白翁が乗り物に座する時です ら、絶えず指先を動かし何かのデッサンを描いたり、書の流れを繰り返し研究、無限の空間で 書体を綴っておりました。しかし就寝中、突然起き上がり夢で見た内容を忘れぬ内に作品にし て表したいと、夜中がさがさ起き上がり、制作準備を始めだし妻に叱られたりしておりました ので、芸術活動の完全休止項目の中には、就寝中は入らぬ事となってしまいます。
硯制作の中に自然木を使用した事も可成りありました。
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