この年も白翁の心労や煩う事の多かった中で発作を繰り返し、病院の世話になりながらも創作 三昧で乗り切っておりました。当時の記に「何時の世にもそうであったであろうけれども、現 美術界を冷静に観察する時、世は正に百鬼夜行の姿である。玉石混合は世相の示す所なれども 、心眼を開きて心の糧となる藝術を愛し育てるべし。藝術の存在は突然生まれたるものにあら ず。人類の長き歴史の中で、人々が努力し感激して宇宙自然の美を、より以上に美化せんとす る事に依って、美術芸術は育ち、人々に喜びと楽しさを与えるものである。時代の流行を超越 して名作は、万人の心の糧となる」とありました。

昭和三十一年・三十二年・三十三年と三越本店画廊にて「漆画展」を開催。好評を得て漆画に 対する認識を高めていきました。この個展に白翁前期作であった「金胎乾漆煙管(十二本揃い) 」を豪華なるケースに入れ共に出品しております。
この作品の中に白翁の書(和紙の巻紙)が入っております。
そこには《金胎乾漆煙管と題して》との表題で「金属を手打ちとなし、それを素としてその上 に漆を厚く下地百二十回に及ぶ。一回ごとに高温百二十℃に焼き付け銀地を施し、その上に四 季の草花をデザイン、高蒔絵として完成す。一本づつ美術愛好家に愛蔵さるも、十二本揃いの コレクションはこれ以外になし。また過去の美術歴史上にも見当たらぬ独創の藝術なり」と記 されております。
因みに一本づつを愛蔵されておられる方は吉田茂元首相・木村篤太郎元防衛庁長官・大野木秀 次郎元関西財界人・アイケルバーカー夫人・アメリカ某長官であります。金胎乾漆煙管には梅 ・桜・牡丹・藤・あやめ・撫子・桔梗・龍謄(りんどう)・菊・もみじ・野菊・水仙の十二本揃 いになっております。
白翁の記に「豊なる感激は創作藝術の秀れたる作品の母体となる。大宇宙の心理・自然の法則 の下に、愛の光の射すところ安らかにその心を掴むとき創作は生まる。藝は人なり、心の技を 第一とす。一藝を極むれば萬藝に通ず。藝術に国境なし。秀れたる藝術は時代の流行を超越す 。漆の藝術三千年、不変の歴史あり、あとは菩薩に聞くと良い」とあります。

この頃、ある財界人より紹介を受け帝国製麻社長・山田酉蔵氏と巡り合えました事が、漆絵版 画に大いなる発展に繋がりました。山田氏は白翁創案による漆絵版画手法で完成された作品の 数々を、初めてご覧になられ驚きと感激を持って、評価してくださるのでした。
麻布に表現された色彩漆に依る各版画が見事に摺り上がっている作品一枚一枚に釘付け状態と なり「今まで見た事もない漆の版画技術であり、見事麻のもつ特徴を十分に引き出しておられ る事は驚嘆に値する」と絶賛され作品と共に、作家入山白翁に惚れ込んでくださるのでした。
アトリエに良く出向いては、白翁の立てる抹茶を楽しみながら、藝術奇談に花を咲かせてお帰 りになるのが常でした。その度ごとに麻の漆絵版画を求められ、会社関係や外国へのお土産に と利用されておりました。
その内自社製の麻を、版画専用に特別に織ってくださる様になり、白翁は帝国製麻の麻以外使 用しなくなりました。
この頃に次の様な記が残されております。「新潟県白根市は私の郷里である。毎年の如く六月 になると北風が吹き、中の口川側を挟みて大凧合戦が行われ、男性的で大胆なる事、天下一品 希に見る郷土詩である。東の町側と西の農家側の二組に分かれ、それぞれの意匠する図案の大 凧を造り、これを絡ませて太き麻紐の強弱を争うのである。
この凧絵を版画に表現してみたくなり、特別な荒目の麻布を使用し、幅一メートル長さ二メー トルある麻布上に、東西の凧絵を各種混ぜ壮絶なる戦いの表現を試みた。北風の吹く表現は漆 でその流れを幾筋とつけて、凧絵の中に組み合わせた漆絵版画に依る壁掛けが二点完成した。
この内の一点は帝国製麻の山田社長室に飾られてある。他の一点は八幡製鉄会社が買い上げて 、インドネシアのスカルノ大統領が来国されたる時、贈り物として起用された。日本の独特の 風物詩であり、独創の漆絵版画であるという事で、大統領官邸に飾られた由。時代の流れとイ ンドネシア政変の為、その作品はどうなったかと今は知る由もなし・・・」とあります。
この年の数年程前より、三菱電機社長の高杉晋一氏と懇意のお付き合いも始まっておりました 。後に白翁前期作品及び漆画・漆絵版画等多数に亙る所有者となっていかれます。高杉氏は三 菱関係財界人よりのご紹介でありました。氏は当時の財界三筆といわれた中のお一人で、実に 風格ある書で知られておりました。高杉氏の書と白翁書画との合作話が纏まり作品も可成残さ れております。

中でも三十号漆絵版画による「達磨」は画面背景の六祖偈(中国唐代の僧で達磨より六代目・南 宋禅の開祖 慧能禅師の偈)で
「菩提本無樹・明鏡亦非台」(ぼだいもときなし・めいきょうまただいにあらず)
「本来無一物・何処惹塵埃」(ほんらいむいちぶつ・いづれのところにかじんあいをひかんや) の偈は高杉氏の書体を朱漆で表わし、その偈の下部に大写しの白翁の達磨を黒漆で表わした両 者共作の漆絵版画であります。高杉氏の書体を逆文字で版画原版にと挑み完成させました。
数点の共作が続く中、やがて高杉氏は更なる活動を願って白翁藝術発起人総代となってくださ り、石坂泰三氏、稲垣平太郎氏、遠山元一氏、西川正一氏、小林小一郎氏、佐藤栄作氏、木村 篤太郎氏など政財界の人脈を繋いでくださり作品が多数各方面へと納まっていきました。
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