この頃の記に「竹箆一本大明神 妙技菩薩の心を持って 宇宙霊感を掴むとき秀れたる独創 の漆画を生ず 竹箆一本諸菩薩の心は一なり。
竹箆の先々より霊気が漂う 一本の竹箆の中に人生哲学を見出す。
漆を厚く延べて生の内に掻き取りて、画面を構成して勝負す。
三千年の内にこのような技法で 漆をもって独創の漆画を完成せるものなし。
それが白翁の漆画の全てなるべし」とあります。

昭和二六年、現在の渋谷の住所に住居とアトリエを完成します。敷地百数坪に庭を多く取り 、スケッチ教材として各種の植物を移植します。
当時の記に『奇跡は起こるべきしておこる。私のアトリエの庭に菩提樹育ち花咲き実る。沙 羅双樹の白き花、洗心、自覚、佛の声を聴く。近年樹齢三十年にもなる庭内の菩提樹の葉に 奇跡的現象を見る。
通常の葉の六倍もある大きな葉が東側の一枝に、三年間続いて五枚づつ生ずる。その一葉を 持参して浅草寺の大僧正を訪う。右の次第をお話し申上げたところ、清水谷恭順氏は、先年 インドのブッタガヤより持参されたる菩提樹の葉と私のアトリエに育ちたる葉と並べてご覧 になる。
私のアトリエに育ちたる葉の異常の大きさが確かめられた。
大僧正曰く「仏縁奇跡なり」と申され「貴下の身辺に近々奇跡が起こるであろう」と申され た。
その菩提樹の葉を全て大切に押し葉にして保存す。事実は小説より奇なり。そして独創の漆 画の不可能かと思われし難しき点が、次々と可能となり変化を見る。独創の漆画の世界に光 明を見出す。奇跡なるべし』とあります。
その当時の世の流れとして創作藝術に関しては、依然として冷たい待遇で扱われる事がまだ 続いておりましたが、白翁は常に自信と誇りを失いませんでした。内容も知らずして只、批 評批判ばかりする人達に臆する事なく新作を発表続けていきました。
また別の記に「漆の藝術三千年、如何に化学文明は発達すれども自然法則は変わる事なし。 藝術は心の技を第一とし、過去の伝統芸術を知り尽してこれを踏まえての創作は歴史の一ペ ージを飾る。
然しそれが理解されるには、作者がこの世を去りて壱百年の後である。
それは一本の竹箆にて勝負する漆画・乾漆へら藝指頭画の事であるが、希望・努力・一日無 事・感謝、常に心安らかなれば幸福なるべし。迷いあれば希望を失い努力もせず感謝する事 もなければ、喜ぶ事も知らない不幸の人となる。
悟る事迷う事は幸福と不幸の分かれ道でもある。権力の座、財力の坐は人間の生きる為の便 法である。正しき思想と哲学は生きる為の必要条件である。
悟りこそは人間の価値を高めゆく。禅の哲学は自然法則を知る事であり、過去・現在・未来 の因縁の根本を知るべし。一日無事 これ最高の哲学なり。
良寛を尊敬長じて大燈国師に学ぶ。老いては釈迦の弟子となる。
娑婆の渦中に在りて、正しき人生観を見い出し迷う事なく我が道を行く。
創作藝術に徹する事も最高の哲学なり・・・」と。

丁度この頃に、長年の研究成果が実り、乾漆硯も完成にこぎつき多くの名硯を発表しました 。山本先生・犬養木堂先生の精神指導を受けて以来、硯の研究も継続され、?河緑石・歙洲硯 ・澄泥硯・端渓硯など、多くの体験・研究を重ね独創による乾漆硯を遂に完成しております 。
白翁は「独創の乾漆硯は強靭にして密なる事天女の肌の如し。心静かに墨を磨る時、音なく 油の上を遊ぶが如し。墨は細かに良く摺れて、墨色に七色の変化を自覚す」と述べておりま す。更に「墨はにかわで固め造られている。白翁乾漆硯は油の入らぬ純日本漆で制作されて いるので、墨と漆両者の肌との触れ合いにより、音なくまるで油の上を滑るが如く、しかも よく摺れて深みのある墨色が得られるのであります」と述べております。
また当時の白翁の記述に「藝術家の伝記を調べて思う事は、深い人間修行の上に藝術至上主 義に徹した人の努力、苦闘の練磨であって、独特の藝道を開いた創作は、その当時にとって 世に見出され事が少なく、五十年・百年後に初めてその真価を解する場合が多い。只、世渡 り上手で世相に合う事を実行した者が、時の人となる事は当然の事であり、又すぐ消えてな くなるものでもある」と有ります。

昭和二十九年、白翁創作による漆絵版画及び漆画が政府のお土産品として米国・英国・仏国 ・独国・アルゼンチン・オランダ・ベルギー等に納品されました。又この年ソビエト美術館 に、金胎象嵌に依る「藤」の壺が納入されました。
この壺は金属(銅)を打ち延ばし、胴体部を広くふくよかなる稜線で整えてありその表面上に 、金胎象嵌手法により幾度も漆を施し、焼入れを繰り返した後全体を朱漆で仕上げてありま す。その朱漆上に黒漆でねじれた藤の古木を大胆に、壺面を横ぎる様にどっかりと位置させ 、その枝々より壺一杯に藤花がたわわに垂れ下がる見事な出来栄えの作品でした。
藤花の表現方法は、金胎象嵌手法により砥ぎ出された銅面に金が鍍金されておりました。こ の壺の特徴である大きく開いた壺口周辺一帯は、矢張り漆黒で覆われ朱漆の中でのその漆黒 が、著明に浮き上がり実に鮮やかに彩られておりました。
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