昭和二十年、戦火と共に一切灰燼に帰し一旦新潟に帰里、疎開をして家族と共に暫くは心静かに 考え続けておりましたが、意を決っし家族を残し再び東京へ単身で赴くのでありました。
この昭和二十年に開催されました「日展第一回展」に『源氏車手筥』を出品入選しております。
昭和二十一年「日展第二回展」に『漆刀に依る盆子〈実り〉』を出品入選。
昭和二十二年十一月、日本橋三越美術部で「白翁個人展」を開催。当時の三越社長、岩瀬氏によ り白翁藝術の多大なる推薦を頂き実現しております。この会場にて象嵌蒔絵による多くの作品を 発表しております。
その後数年に亙り三越での個展が開催されていきます。
昭和二十三年「日展第四回展」に新たなる技法を取り入れた金胎象嵌蒔絵壁掛け『菩提樹』を出 品入選しております。
昭和二十五年「日展第六回展」・金胎象嵌蒔絵『鏡と筥』を出品し入選。
この年を最後に一切の美術団体を去り以後無所属となります。

白翁だけでなく他の芸術家の例をとってみましても、何時の世も独創の流れに反感を示し、その 芽を摘み取ろうとする輩が必ずいるものです。
当時の白翁の手記に「藝術の使命たる心の技を論ぜずして、ただ利欲だけの取り扱いをする事は 、藝術への罪悪であると思う。心の技の藝術を愛し、これを研究せば長い歴史の中で育まれた藝 術の美を、根本から知る事になり、萬人の心の糧となる藝術も生まれ来る。秀れたる藝術を愛し 育てる事は、又新しい文化を育てる事になると信ず」と記されてあります。
また次のような記も残されております。
「自信と誇りを持てない作品なんぞ価値はない。上手とか下手でなく作家が命を賭けて苦闘練磨 の末、自信を持って制作せしものは魂が入っていて、何処かありきたりの作品と異なるもの。こ れを鑑賞する人との語らいがある筈。好き嫌いは別であるが、美術ブームという名の元で、色々 新しく奇抜な作家が世に出てくる事は結構であるが、あまり苦労せず宣伝宜しく人気に胡座をか き、その様な環境のもとで制作される心なき作品を見ると嫌になる」とありました。

創作藝術作品の探求・発表の繰り返しの中、白翁の心の中に如何にしても妥協出来ぬある事に心 が留まり、自由なる発想に支障が来たし始めました。
何故か純粋なる藝道を目指す作家達同士が、醜い足の引っ張り合い、我れが我れがと他を押しの け陥れてまで己を出していく醜い現実。
また当時の藝術大家・評論家達のみに認められたるお気に入り作家への優待、抜擢、創作に対す る冷たい仕打ち・・・それら一切合財を含め自分の意志を押さえてまで、その流れにへつらい収 まっていく事の出来なかった白翁は、遂に意を決っして日展・文展をはじめ他の一切の団体より 脱し、独立し一人歩み始めるのでした。
その事により空虚で孤独な自身との戦いが続いていくのですが、白翁の影となり力となって支え 続けてくださる有田先生の力添えが、白翁藝術完成に絶大なる良き運命をもたらしていくのでし た。
当時の記に「人間一人一人の存在であり、人格の存在である。良き人物との出会いによって幸福 が保たれる。如何に自分が努力して人の道を守り、萬人の心の糧となる秀れた藝術を完成したと しても、これを愛し育ててくださる人物との出会いがなければ、生きていく道に繋がらない。苦 闘の中でこの世から消え去ってから後、不変の生命力を持つ独創の藝術の真価が認められても遅 すぎる。生きている間に、その価値が認められる事を希望する。人生に希望と夢こそ大切であり 、無より来たりて空に還る自然法則は不変である。権力・財力・思想・哲学、人間それぞれ生き る為の便法である。
権力の座は絶対か、財力の座は絶対か、正しき思想と哲学は、人生の在り方に夢と人間としての 誠の生き方を教えてくれる。それは自覚であり己を知ることでもある。大衆共同生活の中で、お 互いに助け合い恵み合い、自己を主張努力し、自己の持つ独特の苦労をしながら完成した自分を 大衆に施して、夢と喜びを与え誇りと喜悦を求める。それこそが真の芸術作品である。
一人の力をより以上に大衆に認めさせんが為、同士を集め宣伝する・・・それが組織の力である 。組織団体の指導権を握り、一つの力でなく大きな力の中に、自己を主張する現代のあり方は有 利ではあるが、創作芸術は孤高の中から生まれる妥協のないものである。千、万の団体の力より 、大なる一つの力こそ創作作家の存在である」とあります。

昭和二十五年以降は過去にない独創の藝術で勝負に出ます。日本画・油絵・蒔絵と全く異なる独 創の「漆画」を完成します。漆画制作にはまず乾漆板の制作から始まります。漆には引く力が非 常に強い特徴があり、板に漆を延ばした場合その板が弓なりに曲がってしまいます。板は厚手合 板(一p〜二p)を用い板の小口(四方の裁断面)や板の表裏面に全てさび漆をへらで万遍なく 延ばし、所謂完全なる《乾漆板》として固めておくのです。
さび漆とは、純日本産生漆の中に、砥の粉を水でよく練ったものを両者へらで万遍なくよく練り 混ぜ合わせた漆であります。その完成された乾漆板の上に更にさび漆をへらにてまず下地用に薄 く隅々まで平均に渡していきます。
一番最初に施す下地には地の粉(火山灰)または焼いた粘土や瓦を細かく砕いたものと生漆を混 ぜて使用する秘伝を白翁より聞いた事があります。
6/19P



1 2 3 4 5 # 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20