玉髄(カルセドニー)

  「玉髄」(ぎょくずい)という語は、賢治の作品にしばしば登場します。もくもくした雲を玉髄に見立てた表現がほとんどですが、中でも童話「蛙のゴム靴」は玉髄の形状を最も印象的にとらえた作品です。

  ある夏の暮れ方、カン蛙ブン蛙ベン蛙の三疋は、カン蛙の家の前のつめくさの広場に座って、雲見ということをやって居りました。一体蛙どもは、みんな、夏の雲の峯を見ることが大すきです。じっさいあのまっしろなプクプクした、玉髄のような、玉あられのような、又蛋白石を刻んでこさえた葡萄の置物のような雲の峯は、誰の目にも立派に見えますが、蛙どもには殊にそれが見事なのです。眺めても眺めても厭きないのです。そのわけは、雲のみねというものは、どこか蛙の頭の形に肖ていますし、それから春の蛙の卵に似ています。それで日本人ならば、丁度花見とか月見とかいう処を、蛙どもは雲見をやります。     (「蛙のゴム靴」より)

  このように、賢治は入道雲を玉髄に見立てています。
  玉髄は石英の微細結晶が無数に集まってできている多結晶集合体です。縞が入ると瑪瑙(めのう)・(アゲート)と呼ばれ、縞がないものを玉髄(カルセドニー)と呼びます。結晶のしかたにより、鍾乳石状や腎臓状や仏頭状など、様々な形をしています。そのでこぼこした形の玉髄を入道雲にたとえているのは、さすが石好きの賢治です。ここでは蛋白石(オパール)にもたとえていますが、それはまた蛋白石の項目をご覧ください。

   入道雲を思わせる玉髄。

  また、『春と修羅』第二集の「晴天恣意」では、冬の積雲を玉髄に見立てています。

  つめたくうららかな蒼穹のはて
  五輪峠の上のあたりに
  白く巨きな仏頂体が立ちますと
  数字につかれたわたくしの眼は
  ひとたびそれを異の空間の
  高貴な塔とも愕ろきますが
  畢竟あれは水と空気の散乱系
  冬には稀な高くまばゆい積雲です
    (中略)
  もしも誰かがその樹を伐り
  あるひは塚をはたけにひらき
  乃至はそこらであんまりひどくイリスの花をとりますと
  かういふ青く無風の日なか
  見掛けはしづかに盛りあげられた
  あの
玉髄の八雲のなかに
  夢幻に人は連れ行かれ
  見えない数個の手によって
  かがやくそらにまっさかさまにつるされて
  槍でづぶづぶ刺されたり
  頭や胸を圧し潰されて
  醒めてははげしい病気になると
  さうひとびとはいまも信じて恐れます    (「晴天恣意」より)


  というように、積雲を「高貴な塔」と呼び、「玉髄の八雲」にたとえています。さらに夢幻的でグロテスクな空想も印象的な詩です。

  

  「チュウリップの幻術」の冒頭部分では、5月の雲を玉髄にたとえています。

  この農園のすもものかきねはいっぱいに青じろい花をつけています。
  雲は光って立派な
玉髄の置物です。四方の空を繞ります。        (「チュウリップの幻術」より)



  「雁の童子」でも、

  そうして冬に入りましたのでございます。その厳しい冬が過ぎますと、まず楊の芽が温和しく光り、砂漠には砂糖水のような陽炎が徘徊いたしまする。杏やすももの白い花が咲き、次では木立も草地もまっ青になり、もはや玉髄の雲の峯が、四方の空を繞る頃となりました。     (「雁の童子」より)

  と、「チュウリップの幻術」と同じモチーフで玉髄を雲に見立てています。「すもも」の白い花も共通しています。また、「砂糖水のような陽炎」が、「チュウリップの幻術」では、「あの花の杯の中からぎらぎら光ってすきとおる蒸気が丁度水へ砂糖を溶かしたときのようにユラユラユラユラ空へ昇って行くでしょう。」と表現され、さらに「チュウリップの光の酒」と呼ばれています。

  

  詩集『春と修羅』の標題ともなっている「春と修羅」では、

砕ける雲の眼路をかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN春のいちれつ
    くろぐろと光素を吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (
玉髄の雲がながれて

   どこで啼くその春の鳥)        (「春と修羅」より)

  と、青年らしい激動する心の内を吐露し、行ごとに文字の位置を変えて視覚的にも揺れ動く心を表現しています。同じ雲を「砕ける雲」と言い、「雲はちぎれて」と言い、さらに「玉髄の雲がながれて」と言っています。春の風景と作者の鬱屈した心情がみごとに溶け合い、読者に力強く訴えかけます。


  『春と修羅』の「オホーツク挽歌」では、

  いまするどい羽をした三羽の鳥が飛んでくる
  あんなにかなしく啼きだした
  なにかしらせをもつてきたのか
  わたくしの片つ方のあたまは痛く
  遠くなつた栄浜の屋根はひらめき
  鳥はただ一羽硝子笛を吹いて
  
玉髄の雲に漂つていく          (「オホーツク挽歌」より)


  と、最愛の妹トシをなくした悲しみを切なく歌っています。トシの死後、賢治は青森・北海道と旅をします。賢治にとってこの旅は、トシの魂を訪ね、あの世からのトシからの「しらせ」を求めた旅でした。この時の体験が、後に「銀河鉄道の夜」などの美しい作品に結晶して行きます。


  同じく『春と修羅』の「風景とオルゴール」では、

  風がもうこれつきり吹けば
  まさしく吹いて来る劫のはじめの風
  ひときれそらにうかぶ暁のモテイーフ
  電線と恐ろしい
玉髄(キヤルセドニ)の雲のきれ
  そこから見当のつかない大きな青い星がうかぶ
      (何べんの恋の償ひだ)
  そんな恐ろしいがまいろの雲と
  わたくしの上着はひるがへり
      (オルゴールをかけろかけろ)       (「風景とオルゴール」より)


  と表現しています。賢治が玉髄を「キャルセドニ」と呼んでいたことがうかがえる例です。


  『春と修羅』補遺の「津軽海峡」冒頭では、

  夏の稀薄から却って玉髄の雲が凍える
  亜鉛張りの浪は白光の水平線から続き
  新らしく潮で洗ったチークの甲板の上を
  みんなはぞろぞろ行ったり来たりする。   (「津軽海峡」より)


  と表現しています。


  『春と修羅』第二集の345[Largoや青い雲滃やながれ]の結末では、

  湿って桐の花が咲き
  そらの
玉髄しづかに焦げて盛りあがる   (345[Largoや青い雲滃やながれ]より)


  と表現しています。

   でこぼこに盛りあがる玉髄。自然に色がついた玉髄もあります。

  「陸中国挿秧之図」ではその表現を冒頭に持ってきて、

  ラルゴや青い雲滃やながれ
  
玉髄焦げて盛りあがり
  風は苗代の緑の氈と
  はんの木の葉を輝やかし
  桐の花も咲き
  まるめろやりんごの鴇いろも燃える野原   (「陸中国挿秧之図」より)


  と表現しています。


  ところで、今まで見てきた玉髄の描写は、すべて雲の比喩に用いられたものでしたが、賢治は玉髄そのものも作品中に登場させています。それは、短歌です。

  玉髄のちさきかけらをひろひつつふりかへり見る山すその紺  (歌稿A 236)

  玉髄
  かけらひろへど
  山裾の
  紺におびえてためらふこころ。  (歌稿B 236)


  石川啄木の3行分かち書きを発展させて、4行で書いています。何か(ここでは山)に見られているという、ある種の「おびえ」が描かれ、後の賢治作品の夢幻の世界に結びつく作品です。


  なお、賢治は緑色の玉髄、クリソプレーズも描いています。『春と修羅』の「小岩井農場」の一節です。

  この人はわたくしとはなすのを
  なにか大へんはばかつてゐる
  それはふたつのくるまのよこ
  はたけのおはりの天末線
  ぐらぐらの空のこつち側を
  すこし猫背でせいの高い
  くろい外套の男が
  雨雲に銃を構へて立つてゐる
  あの男がどこか気がへんで
  急に鉄砲をこつちへ向けるのか
  あるひはMiss Robinたちのことか
  それとも両方いつしよなのか
  どつちも心配しないでくれ
  わたしはどつちもこわくない
  やつてるやつてるそらで鳥が
   (あの鳥何て云ふす 此処らで)
   (ぶどしぎ)
   (ぶどしぎて云ふのか)
   (あん 曇るづどよぐ出はら)
  から松の芽の
緑玉髄(クリソプレース)
  かけて行く雲のこつちの射手は
  またもつたいらしく銃を構へる   (「小岩井農場」パート七より)


  緑玉髄(クリソプレース)」という語は下書稿では、「chrysoprase」と表記されています。また、別の下書き稿では「ここの落葉松はまだ少く/その芽はまるで宝石だ。」となっています。
  いずれにしても、カラマツの浅い緑色の新芽を、宝石のクリソプレーズにたとえるあたり、賢治の感覚の鋭さが発揮されています。「小岩井農場」パート三では、「からまつの芽はネクタイピンにほしいくらいだし」といっています。
  また、上述しましたが、この詩でも誰かに見られているという「おびえ」の感覚が描かれ、それに被害妄想も加わって、この詩を独特の雰囲気のものにしています。

   クリソプレーズを使ったネクタイピン。