退屈な時間を抜け出すために求めた場所は、やはり退屈を自分にもたらすだけだった。
その場で成り上がるのも良いかと思っていた矢先に、居場所を見つけてしまった。
出会ってはいけなかった。
誰かはそう言うかもしれないけれど。
それは、自分にとって必要で、求めていた居場所そのものだった。
--- 絆 : humansystem ---
「お得意さまが、お前のピアノを聞きたいそうだ。お前はオレのお気に入りだとどこからか聞きつけたらしい」
自分の隣に座っている男…『カイバラ』がそうつぶやく。
これから退屈な時間の始まり。
彼の機嫌とお得意さまという名の彼の愛人の為に、テツは今からピアノを弾きに行く。
他人の為にひくことはあまりしたくなかった。
好きなように音楽を奏でていたい。
ソレはテツの本音ではあったが、実際問題そう言うことを出来る状況にはなく、今のうちはまだ大人しくしていようと『カイバラ』の言葉に笑顔で応えながら思っていた。
そして、テツはこの場に能力者…特にテレパシー所持者がいなくてほっとしていた。
もしこの場に居たら、彼の思考は『カイバラ』に筒抜けになっていただろう。
もっとも、テツの思考は普通のテレパス所持者には読めないようなガードがかかっていると、友人のとあるテレパス所持者の話としてあるのだが…。
そして、オレは『スゴいテレパス所持者』だからなと自慢されたのをテツは何気無しに思い出して、心の中で苦笑する。
そうこうしているうちに、『カイバラ』の愛人宅へとつく。
高級マンションの一室に彼女の部屋があり、そこには『カイバラ』が戯れに置いたグランドピアノが設置されていた。
「好きなように弾いていい。確か、モーツァルトが好きだったよな」
と隣の愛人に聞く。
コレで結局はボクはモーツァルトを弾くのかと思わずテツは心の中でため息ついた。
『つまんない』
『いきなりそれかよ』
何気なし送ったテレパスに返答が入る。
『何してるの?』
『ピアノ弾くの。って言うか弾かされるの』
『そう言えば、僕はテッちゃんのピアノあまり聞いたことないな』
『じゃあ、聞く?』
『どうやって?』
『キネ、任せた!!!』
『って、オレかよ。オレは伝言板じゃねーの!!!』
『伝言板って…キネの思考回路ってやっぱりアナログだよね』
『悪かったな、アナログでっっ。って言うか、送らないぞ!!!』
『ごめんごめん。今から弾くから、送ってね』
ひとしきり会話をした後、鍵盤に指を置く。
『スゴいテレパス所持者』のキネは他人の思考などを他に送る能力があるらしく、キネ・ウツ・テツの間が遠く離れた所であってもその場で音楽が奏でられるように、何かを出来るようにすることが出来た。
そのキネがウツが聞いたことのないテツのピアノのメロディを送ってくれると言っている。
テツは、安心してモーツァルトの誰でも聞いたことがあるようなピアノ小曲を何曲か弾く。
「さすがね。あなたのお気に入りなだけはあるわ。次は、あなたの好きな曲弾いても良いわよ」
「ありがとうございます」
いかにもな感じの愛人にテツは頭を下げて、次は何を弾こうかと考える。
『次は何弾くんだ?』
ウツの問いが送られてくる。
『……ん〜何にしよう。そうだ、ウツ、歌ってよ』
『?歌?』
『そう。ウツが歌って、キネがギター弾く。…ってキネ君、ギターあるよね』
『…都合良くあるところに今居るけどな?相変わらず思いつきで物言うなよ』
『いいじゃん、ね、ウツ、良いよね』
『良いよ。歌は何にするの?』
『ウツに任せる。ウツが歌いたい歌で良いよ。ボクはその伴奏。ピアノ曲に聞こえるようにしなくちゃならないけどね』
『テッちゃんなら平気だろ?じゃあ、オレがギターと歌を』
『キネも伴奏だろ?』
『オレにもハモらせろよ』
『…一人でハモってるの??変な人みたい』
『あのなぁ!!!!!』
『キネ、ほっとくぞ。』
ウツの歌がテレパスで入ってくる。
それに合わせるようにキネのギター。
そしてテツがピアノを弾く。
キネを仲介にテレパスがつながっていく。
ボクは居場所を見つけた。
誰かにしたら、都合の悪いこと。
それでも、ボクは手に入れたかった。
ボクの、ボクだけの居場所を。