突拍子もない物言い

「時間です」
 控え室にいた男は、その言葉に顔をあげ、ゆっくりとうなずいた。

 さほど大きくはないライブハウス。
 たくさんの人に埋め尽くされたその会場のステージで、マイクスタンドは静かに使い手が来るのを待っていた。
 サングラスをかけたキーボードの男は一人舞台袖を気にしていた。
 静かに、男がそのステージに入ってくる。
 サングラスの男が気にしていた人物だ。
「ようこそ」
 一言、そうマイクに向かうと観客は一斉に歓声をあげる。
 ドラムの合図で曲が始まる。
 オリジナルの曲ではない。
 彼らは…彼は、この星のこの国で半世紀以上昔のとある人気グループの歌のみを歌った。
 彼の透明でかつ力強いその歌声は、そのグループの曲がもっともあっていた。
 この国のポップスの方向をつけたとまで言われるそのグループにはいろいろな曲が存在していた。
 ポップス、ダンス、ロック、ハウス、ラップ、バラード、常に最先端を意識していたという彼らは、自分たちのメロディをそれにのせた。
 鮮やかだったと、当時の人は言う。
 その彼らの歌を、彼はいとも簡単に歌いこなした。
 ライブハウスの入り口が開いたのを客は気づかない。
 彼の歌声に酔いしれているからだった。
 まさに、酔いしれているという表現が似合う。
 彼の歌声は、人々を高揚させ、そして、その心の奥にまで入り込む。
 その歌で人を酔わせるのは簡単だった。
 扉から、その場に似つかわしくないスーツ姿で入ってきた男がいた。
 少年の面影をどこかに残している。
 静かに扉を閉め、歌っている彼を見つめながら静かにその歌を聴いていた。
 舞台を照らしていたライトが彼、一点にあわせる。
「しょうがないなぁ」
 最後尾で聞いていたスーツの男の口がそうかたどるのを彼の側にいた人間は気づく。
「駄目ですよ」
 目で止めても、彼はその上着を脱ぎ、舞台上に上がる。
 サングラスの男は彼と視線を交わし、彼にキーボードの位置を明け渡し自分はさもその位置が当然だったと言うかのようにギターを抱えボーカルの隣に向かう。
 3点。
 彼が好んで歌うグループも3点が基準で基本だった。
 その3点を再現するかのように曲が始まる。
 キーボードのイントロから入り、ギターが重なる。
「星の降る小高い丘まで 今すぐに君を連れて行く 窓越しじゃ物足りないから 出来るだけ夜空の近くへ」
 好んで歌うグループのミディアムバラードの曲がライブハウス内に響き渡る。
 彼が歌えばその歌の映像が脳裏に見えると誰もが言う。
 また、静かに入り口の扉が開いた。
 不意に、観客の一人が倒れる。
 失神したのだろうか。
 周りは騒然となるが、彼は歌うことをやめない。
 ギターの彼が、彼とハモルために、側に近寄る。
 そして、静かに曲が終わっていく。
 彼はマイクに両手を重ね見えないように握りしめていた。

「やぁ、良かったよ」
 楽屋にやってきた男は50ぐらいだろうか、楽屋に座って話をしていた3人を楽しそうに眺めていた。
「珍しいな、テツヤが飛び入りするなんて」
「そうかもしれませんね」
 テツはその男とにこやかに談笑する。
「ウツ、久々にお前の歌を聴いたよ。また、上がったな」
 男は、俯いているウツを見てそう言う。
「スイマセン、今ウツは少し放心してるんですよ、カイバラさん」
「そうか。そうだろうな。歌うとき、シンガーの能力は否応なく発揮されるからな。見事だよ、ウツ」
 肩に手を置こうとしたカイバラにキネはさりげなく話を変える。
「それより、どうしたんですか?滅多にこの場に足を運ばないあなたが、ここに来るなんて、テツより珍しいですよ?」
「ん?何、ウツの様子を確認したかったのもあるし、テツヤ、話とはなんだ」
 そう言って、カイバラはテツを見る。
「テツ?」
「ボクがカイバラさんを呼んだんだ。話たいことがあったからね」
 一呼吸おいて、テツはカイバラに言う。
「ウツとキネの二人をボクにくれませんか?」
「おいおい、いきなり藪から棒になんだ、テツ。キネはともかくとして、ウツをどうするつもりだ?」
「心配ですか?冗談はよしてくださいね。あなたにかかった能力者が廃人同然となっていく様をボクは見てきてます」
 笑顔で言葉を紡いでいくテツにカイバラは表情を厳しくさせる。
「さすがに、ウツを薬漬けにするのは難しいよ、シンガーの能力は歌う事によって能力を発揮される物だ」
「よくご存じですね。でも、利用できなくなったら、あなたは容赦なく切り落とす。ボクはちょっとそれが我慢できないだけです」
「意外だな、テツヤ。お前がそこまでウツの歌声を買っているとは思わなかった。音楽の才能はあったか?」
 ちゃかすカイバラにテツは首を振り
「単純に感動しただけですよ。僕は」
「…感動しただけか。それだけじゃやるわけにはいかないな」
 ここまでだとテツとの会話を終了させ、帰ろうと席を立つ。
「少なくとも、あなたよりは利口に動かせると思いますけど」
「何?」
 テツの言葉にカイバラは立ち止まる。
「そこまで言うなら、やってみるがいい。お前の手腕、見せて貰うぞ。テツヤ」
 カイバラは、強く扉を閉め出ていく。
 それを気配で確認したウツは私物の鞄の中から機械を取りだし操作する。
「…どう?」
「気配なし」
 テツの言葉にキネは応える。
 その言葉に一斉に3人は息を吐いた。
「てっちゃん、強く出過ぎ」
「えぇ?だって、あれぐらい言わないと駄目でしょう?そう思わない、キネ」
「いきなり、オレに振るなよ」
「ごめんごめん」
「って言うか、疲れた。文句言いたいのに黙ってるのも疲れるもんだよな」
 ウツの言葉にキネとテツはため息をつく。
「さんざん、テレパスで罵詈雑言送ってきた奴はどこの誰だ?」
「悪口雑言いっぱい言ってたね」
「悪かったな」
「ともかく、コレで、晴れて3人で行動出来るってわけだ。てっちゃん、この後はどうするつもり?」
「当分は、このままで進むよ。ウツはいつも通りに歌う。ライブハウスは変えよう?もう少し、大きいところが良い。小さいところは奴らの目が届きやすい。それなりに大変だけど、ウツだったら大丈夫だろうし。でも、あまり時間はあけない。1ケ月ぐらい、様子見させて、それで、行動に移そう。詳しいことはもう少し、考えさせて。こんなにうまくいくとは思わなかったから」
「…ちょっと待て、てっちゃん、今の状況は、まさか、予定外?」
 そう言ってウツはキネとともにテツに詰め寄る。
「ち、違うよ、ウツ、キネ。ちゃんとこの予定はしてたよ。ただ、あっさりと行くとは…思わなかったから。うまく行くと思わなかったって言うのは、カイバラのことだよ。ボクはこんな簡単にカイバラがあっさりと引くとは思わなかったんだ」
「…わざとって言う事か?」
「… それがあり得るから、様子を見たいんだ。彼らがボクらをどう見ているか、確実にしたい。ボクらが前々から一緒にいろんな事をやっていたことはもう皆知ってる。ウツとのバンドだってそうだ。今日みたいに飛び入りな事もあれば、最初からいることもある。それを知っている人はたくさんいる。それでいて、今更って言うところがカイバラにあるんだと思う。どんなワナを張ろうとしているのか、それとも泳がせているのか、それを確認したい」
 テツの言葉にウツとキネはうなずく。
「とりあえず、てっちゃんの考えを聞かせて。ワナだったらどうする?」
「ワナだったら、回避するよ。テレパスのキネがいれば、ワナは簡単になくすことが出来る」
「泳がせることが目的だったら」
「泳がせて貰おう?そこから、逆転させることは簡単だから」
 テツの言葉にため息をつきながらウツとキネはうなずいた。

あとがき

突発ノートあとがきにも書きましたが、カイバラはCHの海原がモデルですっていうか、ほぼそのままな感じもしないでもありません。
これで彼らが3人で行動することになりました。
好きにライブハウスなどで歌うようになります。
テツとキネの監視付きという形でウツが自由となりました。