「そう、腐るなよ」

 すれ違い様に確かにそう聞こえた。
 テツは振り向き様に銃を構え、相手に声をかけた。

「手を上げてそのままこっちを向け」
「随分と乱暴だなぁ」

 人の良い笑顔を見せて彼はこちらに振り向く。

「今のはどういう意味だ」

 心の内に思っていた事を口に出されて焦りを隠せない。

 組織の本部の建物内部。
 内部での争いはご法度だったがそれを構うほど自分に余裕がなかった。

『俺の名前はナオト・キネ。あんたはテツヤ・コムロだろ?カイバラさんのお気に入り』

 そう名乗ったキネの言葉にテツはにらむ視線を強める。

 テレパスでの送信は自分を能力者だと知って行っている事で。
 テツは組織内部では否能力者だと偽っていた。

『そう、怒らなくたっていい。俺も実は否能力者だと偽っている。たまたまこのチャンネルはある人物につながるチャンネルなんだが、そこにあんたのが紛れ込んできたって言う訳』

 キネは銃口を向けられている事も忘れているかのように笑顔を浮かべながらテツに言う。

『安心していい。俺とあんたの会話は誰にも聞こえない。聞こえる人間が組織にいたら、俺はきっと殺されてる。とんでもない事いつも思ってるから』

 そう言ってやっぱり微笑んでいるキネの言葉にテツはようやく銃を下ろした。

--- 冬空 : Pale Shelter ---

 建物から出ると何処までも澄んだ青空が高層ビルのすき間を染めていた。
 いつもは、排ガスに囲まれるこの街もキンと冷たい空気にはその景色を澄ませる。

 その空気の冷たさにテツは思わず身を縮こませる。

 久しぶりに来た本部で思い出した『出会い』はいつの事だったか。
『また会おう』そう言って何度も出会う男とはこの所会っていない。
 最後に会った時は『驚かせたい事がある』そう言っていたのだが。

 その時から音沙汰がない。

 最も、連絡先を知らない相手なのだから、音沙汰がないのも当然なのだが。
 テツの目の前にふと現れる男は、最初テレパスもちのテレポーターなのかと思っていた。
 が、実際はただのテレパシストで、たまたま会うというホントに偶然だけの出会いだった。

 理想と現実の違いからこの現状に嫌気をさしていたテツはその出会いが楽しみとなり、また待ち遠しくなっていた。

「テツさん、車にどうぞ」

 そう、部下が言った時だった。

 冷たく切るような風と共に聞こえる音。

『壊れた心で間違いばかりで何処へ向かうのか当てもないけど Get out of the shelter. Get out of the shelter. I will be on my own』

 歌声だと気付いたのは一瞬後だった。
 遠く、何処までも遠く。
 響かせる声。

 自分の中でその声が響くのが分かった。

 あの雨の日に聞こえた歌声だと気付いたのは

「テツさん?」

 もう一度、声をかけられた時だった。

「な、何?」
「車、乗らないんですか?」
「………乗らない。先に戻っていい。俺はよっていく所があるから」

 そう言って歩いていく。

 その歌声の場所を求めて。
 その歌声が自分を呼んでいる事に気付いた。

 テレパシストだと名乗ったキネは、テツはテレポートの他に微弱だけどテレパスを持っていると言う。

 そのテレパスが反応する人物はそうはいない。
 反応に気付けば、それはテツが『あの雨の日に』感じた歌声の場所にたどりつくかも知れない。

 そう言っていた。

 探す為にテツは動く。
 人気のない場所で組織では使わないテレポートを使う。

 最初に目に入ってきたのはグランドピアノ。
 そして聞こえたのは歌声。

 と。

「あ、テッちゃん!」

 テツに声をかけたキネ。

「何で、キネがここに?」
「ようやくたどりついたか。テッちゃん」
「ど、どういう事?」

 テツはキネの言葉に困惑する。

「キネ、彼は?」
「あぁ、ウツも知ってるだろう?テツヤ・コムロ。我らが組織の幹部様」

 ちゃかすようにキネはテツの事をピアノの側に立っていたウツに紹介する。

「そういう言い方やめてよ」
「いやあ、ウツにどうやって説明していいか分からなくってさ。テッちゃん、紹介する。俺の幼なじみで、テッちゃんが探していた歌声」
「え?」

 キネの言葉にテツとウツは驚く。

「ウツ、覚えているか?雨の日に。ウツの歌声にピアノの伴奏をつけた人物。それがこのテッちゃんさ」
「………そうだったんだ」
「……ってキネ君知ってたの?」
「そう。俺全部知ってた?」

 と『人の良い』いや、意地の悪い黒の笑顔でキネは答える。

 何度か会っているうちにキネの笑顔は人のいい笑顔ではなく意地の悪い黒の笑顔だと気付いたのは内緒の事だ。

「サイアク。知ってたんだったら教えてくれても良かったじゃないか」
「テッちゃんと会うのはだいたい本部だろう?あの場所では軽々しくウツの事は話せないんだよ」

 ため息ついてキネはそう言う。

 ウツは能力者で組織の実力者『カイバラ』のお気に入りの能力者。
 カイバラの秘蔵とも言えるウツの事を気軽に話せないのは当然の事だった。

「そっか………。ごめん」
「あんたがが悪い訳じゃない。そうだろう」

 自嘲気味に言うウツにテツは目を伏せる。

「…ウツノミヤ君」

 顔を上げテツはウツに声をかける。

「な、何?」
「今の歌、歌って欲しいんだ。もう一度聞きたい」
「……あ、あぁ。キネ、伴奏よろしく」

 テツの言葉にウツは快く了解し歌の準備に入る。

「そうだ。一つ良い?ここの歌い方はもうすこしこうした方がいいんだ」

 天性の耳の良さか、音楽の才能か。
 テツはピアノに立て掛けられている楽譜の1フレーズを差しながらウツに言う。

「…こんな感じ?」
「そう、その方がもっと延びる。キネ君、ウツノミヤ君の声殺さないでよ。こんなに透明なのに、もったいない」
「あのなぁ。なんで俺に言うんだよ」
「歌っていいかな?」
「あ、ごめん。どうぞ」

 テツはウツに謝る。

 キネの伴奏にウツが歌い始める。

『用心深く 言葉選んで 微笑み続けた 青白い都会薄い城壁 囲む Pale Shelter もう守られて 生きてはいられない。壊れた心で間違いばかりで何処へ向かうのかあてもないけど Get Out of the shelter. Get out of the shelter. I will be on my own.Looking for something anyway...Ah...I'll be walking. Ah....I'll be on my own. いつか晴れた日に また会おうといった誰かのあの言葉を 信じていたい(Pale shelter:song by TM NETWORK)』

 さっきよりも伸びやかなウツの声。
 そして透明感も増している。

「…あえて良かった」

 素直な言葉がテツから出てくる。

「テッちゃん?どうしたんだよ」
「なんだよ。変な事言った?僕は正直に言ったんだ」

 あの雨の日に自分の閉塞感を崩してくれたこの歌とコーラス。
 間違いなかった。

「…あのさぁ、こんな事。初めて会ったコムロ君に言うのもおかしいかも知れない」
「……コムロ君って言われるのなんか変な感じ」
「確かに。テッちゃんはテッちゃんだよな」
「どういう意味キネ君」
「アハハハハ」
「そこ、笑う所じゃないから」
「ごめんごめん。じゃあ、テッちゃん、それからキネも聞いて欲しい」

 ウツのまじめな声にキネとテツは耳を傾ける。

「俺も、同じ事思った。あえて良かった。二人に」

 どこか寂しそうにウツは言う。

「……ウツ……」

 寂しそうなウツにキネはなんと言葉をかけていいのか分からない。

「……ねぇ。ここから抜ける気ある?」

 不意に言ったテツの言葉にウツとキネは驚いてテツをみる。

「本気で言ってるの?テッちゃん」
「僕は結構、マジで言ってる。抜け出る気ある?」
「………ないとは言わないな。ウツは?」
「ある。あるよ。でもそんな事出来るのか?」
「出来るよ。出来る。最も、すぐにって言うのは難しい。まだウツ、自由に動けないでしょう?キネがこう四六時中ついてるんじゃ」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味。キネは、ウツの監視でしょう?」

 キネはそのテツの言葉に黙り込む。

「つまり、キネの監視が合っても自由に動けるようにしなくちゃならない。その為には時間がかかる。僕もまだ自由に動けない」
「でも、どうやって……」
「うーん、問題はその事なんだ。僕の方は何とかなるんだけど………」

 どうしたらいいかとテツは考える。

「テッちゃん。それなら良い方法がある」

 キネは以前浮かんだ事をテツに伝える。

 それは『ウツがシンガーの能力を使ってみたいとカイバラに告げる』事。
 シンガーの能力は本来音波を自在に使う事だが、ウツの場合はその歌詞本来の力を自由に発揮させる事だった。

 でも、その能力をウツは使ってこなかった。
 だから、今ウツは軟禁に近い状態にある。

 それを使いたいと言えばカイバラはウツのやりたいようにさせてくれるだろう。

 そう思ったのだ。

「……ウツノミヤ君はそれでいいの?」
「自由に歌えるのなら、そう嘘をつくのも悪くないかなって……。最もノッてきたら自動的に発動しちゃうんだけどさ」

 そうウツはテツの言葉に苦笑いをする。

「分かった。そうしよう。ここから抜け出そう。この場所はつまらなすぎる」

 テツの言葉にキネもウツもうなずいた。

 外には冷たい風が吹く。
 熱い風が吹く頃、抜け出せたら良い。

 そう思う。

---あとがき---

突発には雨って書いちゃったけど、本当は幼なじみの続き。キネテツ&ウツテツの出会い。前座なキネとテツの出会いにメインのウツテツの出会い。
テッちゃんの設定は冷酷無慈悲な幹部様。
雨が邂逅。幼なじみが幼なじみの再会。ここは冬空なのに出会いになってしまいましたよ………。
テッちゃんがビルから出て冬空をみてる風景が浮かんだので……。 幼なじみの後書きに次はテッちゃん登場編って書いちゃったから……もう書くしかないだろうよこれは!!!


初出:2006/2/13(突発ノート)
HTML化:2006/2/14