高級ホテルの最上階。
この最上階から眺める景色はどんな感じなんだろう。
昔、思ったことを、おもいだした。
--- 誕生日(9月26日編) : 作家先生の優雅な〆切日 ---
乱立するビル。
数え切れないほどの人が行き来する交差点。
交通量の激しい幹線道路。
この国を説明するにはどの言葉が一番ふさわしいか、窓の外に広がるすっきりとした青空と、町並みを、ホテルの最上階から見ながら考える。
「木根さん、何現実逃避してるんですか」
「したくもなるだろう。何で自分の誕生日に〆切があるんだよっ」
「それは、忘れたんですか?本来の〆切日にはライブがあるから、その前にしてくれって言ったの、木根さん自身ですよ」
担当の言葉に思わずため息をつく。
確かに、そう言ったのは自分だ。
だけど、だけどだ。
まさか自分の誕生日が〆切になるとは夢にも思わないだろう。
「ファンのために早く出版したいとも言ってたじゃないですか」
「うわっ腹黒〜い」
「相変わらず腹黒いなぁ」
「ファンが待ってくれてるんだよなぁ」
こそこそとした声が聞こえるが、担当の言葉で、声援を送ってくれているたくさんのファンを思い出す。
そうだよな…。
待ってくれてるんだよな。
オレが書く本を。
「分かったよ。でも、〆切…」
「無理ですよ。〆切延ばすなんて事」
「時間。〆切の時間。今日の6時だったよねぇ」
「それ以上は無理です。木根さん、ファンが待ってるんですよ」
「…わ、分かったよっっ。オレは、ファンのためにやるよっ」
〆切時間延ばして欲しいけれど。
待ってくれる、ファンの為にがんばろう。
何とかなるよ。
まだ時間はある。
「相変わらず、腹黒いよねぇ。ウツ、コレ食べたいんだけど。いいかなぁ」
「良いんじゃないの?でも、しっかし、どうしてそこまで腹黒いんだろう。キネは」
「でも、木根くんも良い身分だよね。〆切のカンヅメ先が、都内の高級ホテルの最上階のスイートルームなんだもん」
「さすがに眺めはいいよなぁ。都心が一望出来るって言うのは」
「……って言うか何でお前らがここにいるんだよっっ」
のんびりと備え付けの高級ソファに座り込んでパソコンをいじっているウツとテッちゃん。
そして、あわただしく動いているスタッフ。
周りにあるのはレコーディングの機材。
静かな空間で書こうと思ってホテルに来たのに、この喧噪は何なんだろう。
「レコーディング、やろうって言ったじゃない」
「言い出したのは木根だろ?」
テッちゃんとウツの言葉に思わず黙り込む。
「ここでレコーディング。良いと思わないって言ったのは木根君でしょ?」
「僕も聞いた」
「優雅だよねぇ」
確かに言ったけど…。
だからと言って、締め切り間際の人間が居るホテルでやることか???
「香港で最高級ホテルのスイートルームでのレコーディングがなくなっちゃったからなぁ」
「ひどいなぁ…ボクはやるつもりだったんだよ」
「分かってるって」
そう言ってウツとテッちゃんは数年前に出た話で盛り上がる。
「…盛り上がるのは良いけどさぁ、他の部屋でやってくれない?オレ、〆切間際なんだけど」
「うん、だからボク達の方は気にしないで、書いちゃいなよ。ファンが待ってるんだよね」
なんて悪意のかけらもない笑顔でテッちゃんは言う。
「木根、木根の本もファンが待ってる。今日録るTMの新曲だってファンが待ってるんだし、同じじゃないの?」
ウツがシレッとした顔で言う。
「分かったよ分かった。がんばって書くからっ。その代わり、出来る限り静かにしろよっ。オレを集中させろ」
「了解」
分かってるのか分かってないのか…。
にぎやかな中で書くのも悪くないか…と思いながら、ペンを走らせる。
残り、20枚。
何とかなるだろ?
…多分。