「…で、どうする?」
ビルとビルの影でウツは小さく隣のキネに声をかける。
「どうするって言われても」
「じゃあ、質問をかえる。どうなってる?」
「それだったら、応えられる。周囲にはたくさん。大通りには連中がほとんど張ってるな。この前の通りにも数人、遠くのビルに、数人」
おどけて、キネはウツにそう答える。
その応えにウツはため息をつく。
どうして、こうなったのか。
理由は分かり切っているだけに、キネに愚痴を言える訳じゃない。
元はと言えば、自分のわがままと、今、この場所にはいないもう一人の人物のわがままが一致した結果だ。
キネは、そんな自分たちに付いてきたような…というか、おもしろそうで乗ってきたというか、自分ともう一人が心配だとかと言ういつも通りの『腹黒さ』で応える。
「腹黒いってひどいなぁウツは」
「ホントの事だろ?」
「オレはいつもウツとてっちゃんの事心配してるんだよ」
そう言って、悪意の何も見せない笑顔をウツに向ける。
「やっぱり腹黒い」
そうつぶやいて、彼の今までの行動を考える。
確かに自分と『てっちゃん』の事を考えてくれているって言うのはよく分かる。
でも、でもだ。
自分が面倒な場合は一回も立ち入ってこない。
こんな奴をなんで自分は親友に持っているんだろう。
ウツは本気で悩みたくなった。
「どうした?ウツ」
自分が何で悩んでいるのか隣の人間は分かっているのか?とため息を思わずついてしまった。
『ウツ、頭上、左の窓に、一人。それから、向こう側の右から2番目に一人』
キネからのテレパス。
「見とく?」
ついでにその言葉にうなずく。
キネの肩に手を置き目を閉じると映像が見える。
確かに自分たちが寄りかかっているビルの窓に一人。
それから向かい側のビルの二番目の窓に一人。
それぞれ、銃を構えているのが見えた。
「さすが、キネ、早いね」
「思考をたどればね」
相変わらず、悪意のない笑顔でキネは応える。
キネは…能力者だ。
キネだけじゃない、ウツもそして、今この場にいない『てっちゃん』も能力者だ。
能力者。
近年、みとめられるようになってきた特殊な能力、言ってみれば超能力を持っている人間を指す。
一般にテレパシーやテレポート、テレキネシスなどのメジャーな能力もあれば、そうでない能力もある。
キネは、テレパシーとそして、思考サーチ(半径2.5キロ)、それによる透視も可能だ。
「キネ、てっちゃんはどのくらいで来そう?」
「さぁ。まだ、オレが関知出来る範囲にはいないな」
「…って事は結構あるって事か」
そうつぶやきながら、ウツはポケットから弾を取り出し、愛用になってしまった銃に込める。
「なるべく、早く来てくれよ、てっちゃん」
キネの肩に手を置きながら、左の窓と奥の右の窓に銃を撃つ。
当たった手応えを感じ、そして今まで感じなかった殺気が一気に表に出る。
「キネ、任せた!!!」
「だぁああ、ウツも応戦しろよっっ」
「分かってるよ」
一気に始まる銃撃戦。
町中で戦争を始める気なんてなかった。
相手が見逃してくれれば、こっちは穏便に済ますはずだったのに。
『ウツ、耳栓』
『了解』
テレパス間での応答。
ウツはテレパスの能力は皆無と言ってもいいぐらいだが、仲間内だけは可能だ。
「当ててね」
そして、悪意のない笑顔を向けられ、ウツはため息をつく。
「分かってるよ」
耳栓をつけているため声がほとんど聞こえない中、ウツはキネが放り投げた物に照準を合わせて、引き金を引く。
瞬間、ものすごい音と閃光が辺り一面に響く。
『スタングレネード弾って便利だねぇ』
『って言ってる場合じゃないジャン。どうするんだよっ』
『だから、もう一発』
そう言ってキネはピンを抜き、とある物を投げる。
「バカっっ」
瞬間、爆発が起こる。
「手榴弾ってありかよっっ」
「この際、言ってられないっっ!!!」
「キネってやっぱ腹黒いっ」
「ウツほどじゃないって」
「オレほどじゃないってどういう事だよ」
そんな言葉の応戦をしながら、混乱に陥った町中を走って行く。
次に隠れられそうな場所を探しながら。
『1班、2班、壊滅状態です』
車に取り付けられた通信から今の現状が聞こえてくる。
それを聞き、運転席の男は視線だけを後部座席に送る。
「何?」
後部座席に座っている男はその視線を感じ、静かに応える。
ブランド物のスーツを軽々と着こなし、フレームなしのめがねをつけている。
「始まったようです」
「そう」
男の言葉に、彼は短く応えた。
車に乗り込んでから、彼は最低限の言葉しか発していない。
今、起こっていることは全て、彼が予想している物の範囲内でしかないからだ。
「テツさん、心配じゃないんですか?」
運転席の男の言葉に彼、テツは首を傾げる。
「心配って何が?」
「ウツさんとキネさんの事です」
やはり、それか。
テツは顔には出さず、別にと軽く応える。
状況はどうなるか、予想していた。
自分を迎えに来る男がどういう人物なのかも、テツには想像が付いた。
自分が、自分たちが『彼ら』にとって、重要でありながら、不必要であるのか理解していたからだ。
「だって、自分の仲間でしょう?」
運転席の男は疑問を投げかけてくる。
「愚問、だね。それは愚かな質問でしかないよ」
この車の会話の内容は間違いなく聞かれている。
運転席の男が自分に決定的な言葉を吐かせたいのだ。
それをきっかけにして、自分を、今ここにはいないウツとキネを殺すきっかけにしたいのだ。
「どうして心配しなくちゃならない。理由がわからないよ」
仲間じゃないから心配しない。
仲間だから心配していない。
二通りに取れる言葉の返し方をテツはした。
コレを聞いている『人物』が出てくるのを待つために。
『テツヤ、本当に心配じゃないのかい』
スピーカーから、『男』の声が聞こえる。
聞いている、テツが待っていた本命だ。
「どうして?そう思えるんですか?」
テツは冷静に応える。
きっかけをとらえるために。
『1 班と2班は言ってみれば末端の構成員だ。だが、3班、4班になってくると違うぞ?本格的な戦闘要員だ。いくら、ウツとキネがうちの組織でもトップクラスの人間だからといって、逃げ切れるものではないだろう?たとえ、ウツがシンガーの能力を所持しているとは言え、ただの『一般人』であるキネを伴って逃げるのは難しくないのかな?』
男の言葉にテツは微かに笑みを浮かべる。
男は知らない。
キネが能力者だと言うことを。
能力者が認められるようになってきたと言われても、まだまだそれは研究所レベルであって、一般社会のレベルではない。
能力を保持していることは、周りから白い目で見られることも多いために、その能力を隠すことの方が多い。
キネのテレパスはやり玉に挙げられる能力の一つだ。
だから、彼は必死になって隠していた。
だが、ウツの能力である『シンガー』は別だ。
『シンガー』とは、歌うことでその能力を発揮することが出来る。
歌から発せられる、『音波』によって対象物を破壊することが可能になるのだ。
ウツは、その能力の他に『音楽』や『歌』そのものが持つ力を突出させていた。
音楽は人の感情を左右することが出来るというのは昔から言われていたが、ウツのシンガーの能力ははその力を最大限に発揮することが可能なのである。
歌によって人の感情を左右し、そして音波によって対象物を破壊する。
彼の能力は目立ち、そのために組織の手にあった。
『目標、未だ逃亡中、3班の追撃を振り切った模様』
入ってくる、通信。
今まで、会話していた男が息を飲む音が聞こえてきた。
「随分、やられている見たいですね?」
『…テツヤ?』
テツの口調の明るさに、スピーカーの向こうの男は言葉に疑問符を浮かべる。
「先ほどまで、楽観視していた事がここまで覆される気分はいかがですか?」
『……』
「正直、僕はもう少し早く行かなくてはならないかなって思ってたんですけど、結構遊んでるみたいだし、安心してるんですよ」
「……」
目の前の男が劇鉄をあげる音が聞こえる。
「僕は、言いましたよね。心配していないと。逆説ですよ。つまり、仲間だから信用していると」
テツは隠し持っていたベレッタのスライドを引き、運転席の男の頭に突きつける。
運転席の男はテツの心臓に突きつける。
「殺す?僕を。別に構わないけどね。『今から、10秒後に行く。弾、当たらないようにしてね』僕は、僕達は殺されるつもりなんて、全然ないけれどね」
窓ガラスに向けテツは銃を撃ちその瞬間、その場から消えた。
『オイ何があった』
「?????テツさんっ!??」
『どうしたっ』
「テツさんが消えた??」
『何?あいつも能力者だったのか?』
混乱を残した車内は、運転席の男とテツの香水のにおいと、硝煙のにおいだけが残っていた。
「10秒ってっどうするんだよっっ」
「弾当たらないようにしてねなんて難しいこと言うな!!!!」
急に入ってきたテレパスにウツとキネは混乱する。
送り主はもちろん、テツ。
テツはテレポーターだが、ウツ同様、微弱なテレパスも持つ。
仲間内だけに送ることの出来るテレパスを利用して、テツはウツとキネにメッセージを送ったのだ。
「お待たせ!!!!」
「「遅い!!!!」」
突然現れた、テツにウツとキネの言葉がハモル。
「さすが、キネ。ウツをハモって何年?」
テツの場違いな質問にキネはぼける暇もなく、肩を落として応える。
「そんなのんきな事言ってる場合じゃないだろう?」
「そうだね。状況は?」
「まずまず」
ウツの言葉にテツは周囲を軽く見渡す。
「そのようだね。まぁ、何とかなるかな?」
「大丈夫?」
「大丈夫っていつも言ってるでしょ?だから、大丈夫」
テツは自信たっぷりな笑顔をウツとキネに向ける。
「そうだ、キネ。あいつ等、キネがテレパシストだって事知らないみたい。多分、僕のテレポートの能力も知らないと思うけどね」
そう言いながら、テツはベレッタのカートリッジを確認し、装填し直す。
そして、一つ息を吐いてウツとキネの顔を見る。
「ウツ、キネ。宣戦布告、してきたから。もう戻れない。良いよね」
「今更、何言ってるの?てっちゃん」
「ウツの言うとおり。もう走り出してるんだから、止めるに止められないでしょう?」
「そうなんだけどね…。もう一度、確認しておきたかったんだ。今だったら、海外逃亡してなんとか濁せる段階にいるかな?って」
「何、そんな弱気なのよ。いつもあなたらしくないでしょ?」
「…ウツとキネの事考えたのっっ。僕だけだったら、突っ走るよ」
「…そうやって、またいい人ぶる」
「…あ、やだな、そう言う言い方。…それよりもどうする?」
「…歌う?」
テツの言葉にウツが問いかける。
「…ちょっと、時間稼ぎ的には欲しいけどね。キネどうする?」
「オレに聞かないでよ、リーダーは、あなたでしょ?」
「じゃあ、逃げちゃおうか?」
テツの言葉にウツとキネはあっけに取られる。
「ずっと、ここにいたってしょうがないし。戦闘要員って結構いるみたいだし」
「だったら、次の銃撃の後だな。そうすれば、少しのスキが出来る。その間にテレポート出来るでしょ?」
キネの言葉にテツはうなずく。
「ウツ、もう一回、当てて」
キネが手榴弾を取り出して言う。
「キネ、本気で言ってる?」
「その方が、相手も混乱するだろうし、てっちゃんもテレポートしやすいだろうし」
キネの相変わらずの笑顔にウツとテツは顔を見合わせる。
「了解。いいよ、キネ」
ウツの言葉にキネは手榴弾のピンを引き抜き、投げる。
それに向けて、ウツは引き金を引く。
ぴたりと照準は合い、瞬間に爆発する。
「すごいなぁ、こうやって3班やり過ごしたんだぁ」
「感心してる場合じゃないよっ」
「てっちゃん」
「ごめんっ。二人とも、ちゃんとつかまって」
テツにウツとキネが掴まった瞬間、彼らはそこから消える。
彼らを見失った構成員は、しばらくその場に立ち止まっていた。