ゆっくりと流れていく川にトロワは静かに足を止めた。
そして、その川が作り上げた悠久の時に思いをはせる。
AC歴以前から、ヨーロッパ地方と呼ばれた所で、その川は、繰り返される戦乱と平和を見続けていた。
そして今もなお、その時を見つめている。
「トロワ、お待たせ」
両手にアイスクリームを持って、キャスリンがトロワの元に戻ってきた。
心地よい初夏の風が水面を揺らし、木の枝を揺らす。
その風を受けながら、川縁にあるベンチに二人は座り、アイスクリームを食べる。
「急に休みになるなんてね」
キャスリンが少し嬉しそうに言う。
「公演日が一日ずれていたとは、な。団長にしては珍しい、ミスだ」
「ホントね。でも団長だけの責任じゃないみたいだし。まぁ、仕方ないわ」
「だが、思いがけない休みというのも悪くはない」
初めて味わった偶然にトロワも嬉しそうで。
「ホントね」
その言葉を聞いたキャスリンも嬉しそうにうなずく。
トロワ達がいるサーカス団はコロニーと地球にファンを持つ人気のサーカス団だ。
花形のキャスリン、そして無表情のピエロ。
この二人のコンビネーションはサーカス団の目玉の一つだった。
もちろん、無表情のピエロとはトロワの事である。
今回の地球公演はヨーロッパ地方が中心だった。
が、諸々の事情でサーカス団が予定していた日程とこの地域での日程がずれてしまったのである。
本来は公演日としてサーカス団の方で予定していた日が休みとなっていたために、コレ幸いと休みにしたのである。
そして、トロワとキャスリンの二人はこの川周辺に散歩に出る事にしたのだった。
他愛もない話をしながらアイスを食べていると、不意に歓声が聞こえる。
その方に目を向けると人だかりが出来ていた。
「何かしら」
「行ってみよう」
その人だかりに近づいてみると、大道芸人がジャグリングをしていた。
興味深そうに見ている人の群れにトロワとキャスリンの二人も混ざる。
芸人の見事なジャグリングに人々の歓声が上がる。
が、その中で小さく一人溜息をついたキャスリンをトロワは見逃さなかった。
「つまらないのか?」
「違うわ。せっかくの休みなのに、仕事の事を考えていたからよ」
人の輪からはずれ川縁を歩きながらキャスリンは言葉を続ける。
「私だったらあぁするとか。トロワだったらこうするから、こう出来るとか。つい自分の身に置いて考えちゃったのよ。あれは使えそうだとか。コレって職業病よね」
「別に悪い事ではないと思う。サーカスの生活が当たり前になっているのだから。それに今日は急な休み。仕事の事を考えても無理はないと思うのだが…」
「それもそうよね。じゃあ、トロワ、付き合って欲しいんだけど。さっきジャグリングを見ながら思いついた事があるの。良い?」
「別に構わない。急な休みだったんだ、何か予定にあるというわけでもないから」
そう言ったトロワにキャスリンはにっこりと微笑む。
「失敗したらごめんね」
「気にする必要はない。俺はキャスリンの腕を信用している」
「ナイフ受けるの怖くなった?」
「キャスリン以外のは」
「信頼してくれるのは嬉しいわね」
不意にキャスリンは立ち止まる。
「キャスリン?」
「一つ、聞いて良い?」
「別にかまわないが」
「今でも、死ぬ事は怖くない?」
そのキャスリンの言葉にトロワは言葉を止める。
「前も聞いたわよね。死ぬ事は怖くないの?ってそしたら別に怖くはないって。今もそう?」
キャスリンの言葉にトロワは川の水面を見つめる。
静かに流れていく川の水面。
それはどこかいつも穏やかなトロワに似ている。
「…… 死ぬ事は怖くない。……そう言ったら、多分だがウソになると思う。正直言うと今は死ぬ事が怖いな。今までは生きていると言う事は何かと言う事を知らなかった。別に生に対する執着心もなかったからな。今は違う。生きたいと思う。守るために。生きる楽しみを教えてくれた人たちを……。キャスリンを……」
「トロワ……。ありがとう。嬉しいわね。守ってくれるって言う事。帰ろうっか」
「あぁ」
先に歩き出したキャスリンの手をトロワがつかむ。
「トロワ?」
「嫌か?嫌なら、離す」
「嫌じゃないわ」
遠い昔、その国の都があった首都を流れる川の水面が光に反射する。
その光は静かに川縁を楽しそうに家路につくトロワとキャスリンを照らしていた。