「不満そうですわね」
襟元を緩めソファに座り込んだヒイロにリリーナは楽しそうに声を掛けた。
ドロシー主催のパーティーの主賓はリリーナでありヒイロであった。
連邦政府とコロニーが共同で出資した地球圏で最大の規模となるであろう新設のアカデミーの最初の奨学生としてヒイロが選ばれたのだった。
なぜ、自分が奨学生に選ばれたのか、始めヒイロはそのことに対し疑問を持ったが謎はすぐに解けた。
出資者の中にはロームフェラ財団やウィナー財閥も顔を並べている。
彼らの策略だと言うのは火を見るよりも明らかだった。
「何が不満?」
「全てだ」
ヒイロはここまでに至る経緯を思い出し不機嫌そうに顔をしかめた。
最初はさり気なく近づいてきた。
無視する必要も警戒する必要も特にないトロワに会ったことから始まった。
すでにお膳立てされていたことにヒイロは後になって気付くのだが、もちろんその時のヒイロは気付くことすらない。
トロワと共に来た所はプリベンターの事務所。
事務所には用事があったので別段問題はなかった。
そしてレディ・アンからのリリーナ護衛の依頼。
正隊員である五飛をのぞいて、ヒイロ、デュオ、トロワ、カトルは皆非常勤のプリベンター職員である。
何かがあれば依頼と言う形で行われるのだが。
このところ多いなと思いつつ、ヒイロはそれを受ける。
ヒイロ達に命令した方が早いというレディの心の内はとりあえず秘密にして、打ち合わせの行われる会議室に行けば、そこには見知った顔ばかり。
カトル、五飛、トロワ、デュオにサリィ。
今回のパーティーはリリーナのエスコートを兼ねたボディーガードという名目らしいので、カトルからブランド品のスーツを手渡される。
「汚さないでね?」
カトルがおおよそ言いそうもない言葉を本人の口から聞きながら、ヒイロはホルスターは目立たないか確認する。
「ヒイロ、リリーナさんの目の前で物騒な行為はやめてね」
とサリィの忠告にうなずきながらも、パーティーの進行をシミュレートする。
リリーナを迎えに行き、会場内に入る。
ボディーガードとして素早く周りに目をはわせ、エスコート役なのでリリーナをしっかりとエスコートする。
ヒイロのシミュレートは完璧だった。
そう、当日会場入りし、パーティーが始まるまでは。
ヒイロは知らなかったのだ。
自分が新設のアカデミーの奨学生に選ばれた事など。
ヒイロはそう自分が呼ばれたときに耳を疑った。
現在、ヒイロはヒイロの名前を使用している。
もっともユイと言うファミリーネームはさすがに使用していないが。
その後、元地球圏の女王であるリリーナと共に囲まれたのは言うまでもない。
「あの時のあなたを見て、私とても誇らしかったわ」
「何故、俺は表にでてはいけない人間だ、それはお前が一番分かっているだろう?」
「それは、あなたがガンダムパイロットだったから?」
「他にないだろう」
「でも、私は、あなたの側にいたい。そう思っているのに?」
「それとコレとは関係ないだろう」
「関係ないってあなたが思いこんでるだけではないの?」
「何?」
「私はあなたの側にいたいって言っても、あなたはいつも自分はガンダムパイロットだからと言ってすぐに消えてしまう」
「俺が側にいたらお前に危険が降り注ぐだけだ」
「ヒイロ、何故私から離れる事で私を守れると思っているの?何故、あなたがいる事で私が危険にさらされると言うの?」
「あの戦争を行き起こしたガンダムパイロットなど、平和の象徴であるお前にとって障害でしかない。俺が側にいることでお前の身は危険にさらされる確立が多くなる。俺が表にでるのと同意だ」
「なら、離れていた方が安全と言いたいのですね」
「分かっているなら何故、俺を表に出そうとする」
「私はあなたの側にいたいからです。あなたは私が平和の為に必要な人間だと思っている。私も自分の体はそうだと理解しているわ。表にいる私は裏にいるあなたの側にいることは出来ない。なら、あなたを表に出す以外ないではないの?」
「……」
「あなたは自分が離れる事で私の身は守れるといいました。でも、私のあなたに逢いたいと思う心は誰が守ってくれるの?」
「……っ」
「それすらも願っては行けないと言うの?」
「リリーナ。全員が寄ってたかって俺を表にだそうとする。俺は表では生きては行けないのに」
「あなたは知っているでしょう。私が平和を願った本当の理由。あなた方ガンダムパイロットがもう戦わなくていい世界、それを望んでいるの。それは裏の世界で生活するという事じゃないわ。表の世界で生きていくという事よ」
「それがその手段だと言う事か……」
カトルに同じ事を言われたのをヒイロは思い出す。
「ヒイロ、今のままじゃあ、リリーナさんを守るという君の意志を貫く事は難しいよ。いつか、彼女が誰かと恋をするかもしれない。んん、それ以上に誰かと結婚するのは君も理解しているよね。彼女のクイーンという肩書きは誰もが欲するよ。それでも君は彼女を守れるの?」
分かっていた。
裏にいることは表の世界にいる彼女とは相容れない。
元からそのはずだった。
それでも、彼女といる事を望んでしまう。
「……リリーナ」
ヒイロはリリーナに腕を伸ばす。
「ヒイロ?」
「俺が側にいてもいいのか?」
「あなたに側にいて欲しいと願っているでしょう」
リリーナはヒイロの側に寄る。
そのリリーナをヒイロは抱き寄せる。
「リリーナ」
「ありがとう」
ヒイロの言葉にリリーナは言葉を失う。
そして、やっとの思いで言葉を紡ぐ。
「……あなたからそんな言葉を聞けるなんて思わなかったわ」
リリーナの言葉にヒイロは不機嫌になる。
「俺が礼を言っては駄目なのか?」
「違うわ。あなたが礼を言う程の物でもないの。あなたは願っていいの。それを」
リリーナの言葉にヒイロは抱きしめる腕を強める。
「側にいてくださる?ヒイロ」
「側にいてもいいと言うのなら」
「質問を質問で返すのは卑怯よ」
リリーナは笑う。
「じゃあ、リリーナ、俺はお前の側にいる。だから、お前も俺の側にいろ」
「…任務了解…ですね」
そう言ったリリーナにヒイロは苦笑し、リリーナに口づけした。