第4章 三種の神器を求めて・4部 ラプテフ解放
「リラン、話があるんだ」
「改まってどうしたんだよ。ライナス」
「本当は、皆…センターや、ウォンやショウにも話したかったんだけど…」
ライナスは言葉を濁す。
「話って何だよ」
ライナスを促すように、リランは声を掛ける。
「『キアンの様子が気になる』リランはつい最近、オレにそう言ったよね」
「あぁ……ライナス?」
ライナスの言葉にリランはゆっくりとうなずき、そして訝しげにライナスを見る。
「そのことについて、オレなりに知ってる事がある」
「……ライナス、知ってる事って何だよ。お前はどうやって何を知ったんだ?」
ライナスの心の内を知ってか知らずか、リランはライナスに詰め寄る。
キアン・セロ・メッシュの事を探っていたのは事実だ。
もっとも、相手は探られる事実をさらしてはこなかったが。
何か、『今は、何とも説明できない』何かをリランは静かにキアンから感じ取っていたからだ。
「サガが、ラプテフに行く前、オレがトーニックに入る直前、サガから気になる事を聞いた」
「気になる事……だと?」
「あぁ」
ライナスはリランの言葉と怪訝な視線にゆっくりとうなずく。
「キアン・セロ・メッシュ。彼が何を考え、何をしようとしているのか」
「………」
キアンは一政治家に過ぎない。
侍出身ではあっても、トーニックには所属していなかった。
「トーニックの本質。それをリランは聞いた事ある?」
「ある。各国の『要人』の暗殺。『要人』には『多数意味合い』が含まれる」
「そう。その『多数の意味』を知っているのはトーニックに所属している者のみ。キアンは所属していなかったから『多数』の意味を知らない」
「ライナス、何が言いたい。そろそろ、本題に入れよ」
リランは、ライナスが何を言いたいのか読めていない。
「キアンは、トーニックをただ『命令』のままに動かせる『機械』にしたいと考えている」
「なっ……」
ライナスの言葉にリランは絶句する。
「マリウス、ゼル、そしてサガの三人がこの国を出てカバネルに渡ったのは、キアンの企みを外部から押さえるため」
「……キアン、そんな事を考えていたなんてな」
「トーニックの戦闘能力は高い。一政治家とはいえ、父親は侍の警察官僚で、政治家。彼自身は侍だったけれど、どちらかと言えば官僚上がりって言う方が正しい。だが、父親の人脈からか、彼は警察と深いつながりがある。そんなキアンは特殊捜査を主とするトーニックをある程度は自由に動かせる立場にある。このまま、キアンが力を伸ばしていって、トーニックがキアンの意のままに動くようになったら、どうにもしようがない。だから、サガはこの国を出ていった。オレに皆の事を任せて」
ライナスは、リランをまっすぐに見据えながら言う。
「ライナス、どうしてお前は、オレにそれを言った」
「リラン…君が、オレに聞いてきたから。キアンに何らかの疑念を持って、しかも、調べていたなら、遅かれ早かれ、君は『その事』を知るだろうから…だよ」
「…確かに。…確かに、そうだよな」
ライナスの言葉をかみしめるように、リランは言葉を吐きだした。
「リラン、今は、まだ、動かない方がいい。その事に関して、キアンはオレ達にアクションを掛けてきていない。もちろんそうなったら、遅いかもしれない。でも、今はまだ時期尚早だ。キアンにかぎつけられたら何が起こるか分からない」
「……だろうな…」
ライナスの言葉に、吐き捨てるように、リランは呟き、きびすを返す。
「リラン、何を?」
その場から立ち去る様子がどこかおかしいリランにライナスは声を掛ける。
「別に、ただ、帰るだけだぜ」
それから、数日後。
リランが行方不明になったことを、トーニック全員が知る事となった。
パリンと音が鳴る。
ガラスが割れる様な音じゃなく、透明なガラスの棒が静かにうち鳴らされた。
そんな感じの音。
その音に不意に我に返る。
サガを閉じこめている、『アルスマントダイア』の柱を見ると、小さくでも確かにヒビが入っていて、砕けるのも時間の問題だと思った。
『気分はどうだ、ガイアの孫よ』
不意に今さっきラテスと話していた人の声が聞こえる。
ガイアの孫って…サガの事だよね。
『誰だ…、貴様は』
そして、聞こえるサガの声。
『私が誰だか分からぬか…。まぁ、それでも良い。必ず、近いうちに私が何者であるか理解するだろう』
『オレを閉じこめたのはあんたか?』
『だとしたらどうする』
『何のために?』
『近いうちに、私はお前の前に姿を見せる。いや、お前が我が元に来るであろうな。その時に教えよう。ガイアの孫、大地の祝福を受けし者の名を持つ、サガ・カミュー・ルマイラよ』
その言葉を最後に、サガとその人の会話は聞こえなくなる。
その人が、どこかに行ってしまったのだろう。
「……っ……」
細やかな音を立てて、ダイアの柱が崩れていく。
砂で出来ていたかのようにいとも簡単に。
崩れた柱がその姿を完全に無くすと、
「ん……」
ゆっくりと、サガが目を開けた。
「カーシュ、ファナ……。ミラノ、列島結界は解けたんだな?」
一通り、あたりに視線をはわせた後に、あたしに目をとめ、聞く。
「うん、ラテスが解いてくれたよ」
「そうか…ラテス、ありがとう」
「礼を言われるほどのものじゃないよ。オレは、ミラノの思いに動かされただけ」
「あたしの思い?」
あたし、なんか思ったっけ?
「思ったでしょう?ラプテフを平和にするって」
「思ったかもしれないけど、思ってるけど、でも、口に出してないよ」
「思っただけで十分だよ。君は確かに思ってたよ。オレがこの国の列島結界を解けるって言ったとき、ラプテフの列島結界を解いて、この国を平和に戻すって。君の思いはあたりに伝わる」
そうなのかな?
よく、解らないけれど。
「口に出さなくても、本当に、伝えたい思い伝わってくるんだよ」
そう言ってラテスは微笑む。
そう、なのかな?
確かに、あたしはあの時強く思った。
ラプテフを平和にしようって。
理由はなんて聞かれたってわかんない。
でも、確かに思ったのは事実。
「で、どうするんだ?これから。正直言って、状況なんて全然解ってねぇぞ、オレ達は。平和にするなんて、どうやってやるんだ?」
カーシュが聞いてくる。
「国王様と王妃様を助けて、キアンを捕まえる。って言うのが一番、ベストだよね」
「そうだな。外部から介入するというのは一番、その方法がいい」
あたしの言葉にラテスはうなずき、サガはそう答えた。
「でも、国王はどこにおられるの?ミラノや、ラテスから聞いたけど、ショルド都内にはいないんでしょう?」
「あぁ、正直言うと、今政府内がどれだけの状況になっているのか解ってない。今の状況を一番把握できる、アースガルドの面々も詳しい事は教えてくれないからな」
「だったら、キガナイの屯所に行こうよ。ゼルとマリウスも先にそこに行ってるよ。ミリアさんもアエロマさんも、二人がいれば教えてくれると思うし」
アエロマさんはゼルと双子だし。
解ってもらえないって事はないと思うけど?
「そうか…マリウスとゼルも来てるんだな……。解った。キガナイの屯所に行こう」
サガの言葉に全員うなずいた。
「リラン」
自分を呼ぶ声にリランはその声がする方にゆっくりと顔を向ける。
「何…してるんだ、ライナス」
「待ってたんだよ、リランを。そろそろ、ここを通るだろうなって」
悪意のない笑顔をライナスはリランに向ける。
「何だよそれ…」
その笑顔のライナスにリランは思わずため息をついた。
「ちょっと、話したいことがあるんだ」
「またかよ。今度はなんだ」
前、そんな事があったのを思い出しながら、リランはライナスに聞く。
「これからの事だよ」
「何?」
リランはわざとライナスの問いにとぼける。
「決まってるだろう、一番近いところは…、センター、ウォン、ショウの事かな?言ってないんでしょ?トーニックを抜けたって言う事」
「そう言う、お前はどうなんだよ、ライナス。お前だって、抜けたんだろう?何だ、あの手紙は」
「アハハハハハ。手紙読んだんだ」
いたずらがばれた子供のようにライナスは笑う。
「笑い事じゃねぇだろうが」
「確かにね。で、その手紙を読んで君も抜けたって言うわけだろう?随分驚いたみたいだね。この分なら、あの三人も随分驚くだろうな」
「あの3人はトーニックに憧れて入ったからな。抜け出すって事が信じられないだろう」
「君もそうなんだろう?リラン…」
「オレはトーニックそのものよりサガやゼル、マリウスに憧れて入ったって言うほうが正しいかもしれない。おまえはどうしてトーニックに入ったんだ」
今まで思っていた事をライナスに聞く。
トーニックに入る前の彼を知っているだけに、リランはその事が不思議でならなかった。
リランが知っている、ライナス・クローソー・ギルフォードと言えば、侍としての能力、そして家柄も十分だったが、トーニックになろうと言う気が全くなかったのだ。
侍の中の『トーニック』と言えば、誰もがあこがれる部隊にも関わらず。
もっとも、ライナスにはそれなりの理由があったのだが…。
「サガがやめる前に言ったことが本当なのか確かめるために…」
「例のキアンの事か……」
「ごめん、リラン」
突然、ライナスは謝る。
「何が?」
「リランを巻き込んだりして…」
「……」
「リランに言わなかったら、リランは記憶喪失にならなくても済んだんだ。それなのに、お前に言ってしまったから」
ライナスの言葉にリランはため息をつき呆れたように
「ばーか」
言葉をはいた。
「は?」
「言ったろ?オレはキアンの様子がおかしいって思ってたって。お前だって言ってたじゃねぇか。調べてたのなら、遅かれ早かれ、オレは『その事』を知るだろうって。あれは、俺のミス。お前の忠告を無視して、突っ走った俺のミス。別にお前が気に病む必要なんてないんだよ」
「…リラン」
「そんな事より、あいつらはどう納得させるつもりだ?手紙読んだだけじゃ納得しねぇぞ」
「言っても分かるような奴らかな?」
「そう言う問題じゃねぇだろう。ライナス」
ライナスの言葉にリランはあきれる。
「…でも、納得して貰うしかないんだよ。オレは、元々、サガに皆の事を頼むって言われていたわけだし」
「……」
「時間、ないよ」
「ライナス?」
突然、話題を変えた、ライナスにリランはライナスを訝しげに見る。
「国王は侍マスターと共におられる。オレも聞いただけで実在するか知らないけれど、侍マスターのみが使う事の出来る『道』があるらしい」
「ライナス、?お前」
リランはライナスの言いたい事が理解出来ない。
「マスターのみに、口伝で伝わるそれは、現在知るものは現マスターのみしかおられない」
「…」
「キアンは、まだ国王夫妻とマスターを見つけていない。でも、見つかるのも時間の問題。ここまではいい?」
「キアン派が見つける前にアースガルドの頭領が使える『道』に陛下とマスターをお連れする!!」
ライナスの言葉を受けて、リランは言う。
「その通り」
「ったく、ライナス、回りくでーよ。急ぐぞ」
「了解」
目的地に向かう道すがら、リランはライナスに思い出した事柄を問いかける。
「で、手紙にはなんて書いたんだ?。オレ用とあいつら用で2種類あるだろう」
「書いた事はだいたい、リランのと一緒だよ。サガから聞いた事が入ってるか入ってないかの違い。あいつらがあれを読んでどう判断するかは…、彼らの自由だしね」
「根回し、得意だよな、ライナスって」
「そうかな?」
「お前が味方で良かったよ」
「ありがとう。リランにそう言って貰えるとうれしいな。所で、しつこい追手は好かれないって教えておく?」
「面倒だけどな。オレ達の会話全てが『奴』に筒抜けって言うのも、まずいからな」
そう言って、リランは、侍に通常与えられている武器『刀』を取り出す。
「やっぱり、それしかないよね。リラン」
ライナスは小さく、リランの声に答え、何かを投げる。
「…コレは……」
「見ての通りの『物』だよ。封印は解除済み」
「解除済みって……」
「来るよ、リラン。呆けてる場合じゃない」
「だああああっっ。考える時間ぐらいくれってんだよっっ」
投げられたそれを『抜き』、振り上げてリランは叫んだ。
「…却下」
「ふざけんなっ!」
「ふざけてない。アースガルドの現在の『道』を教えろだなんてあんた本気で言ってんの?」
「冗談で言うと思ったのかよ」
「あんたなら、平気でそんな冗談言いそうよ」
キガナイの屯所に着いた途端に聞こえた大声。
出迎えたティナはため息をついて、言いそうにない。
そんなティナを見たサガも何かを知ってるみたいだけど、教えてくれない。
「この喧嘩。誰がやってるの?一人はゼルだと思うんだけど」
ファナの言葉にティナとサガはため息をつく。
「サガ?」
「行けば、解る」
その顔には『聞かないでくれ』と言わんばかりの表情が映し出されていた。
この『喧嘩』をしているの主の事を知っているはずのもう一人の人物は、今ここにいない。
キガナイの屯所には4人できた。
あたしと、サガと、カーシュとファナ。
そう、ラテスがいない。
「ちょっと用事があるから」
そう言って、キアヌフの神殿でそう言った。
用事ってなに?って聞いたら、いつもの何を考えているのか解らない笑顔で交わされてしまった。
「すぐに戻ってくるから、心配しなくても大丈夫」
そう、ラテスは言って、消えてしまった。
そのせいで、カーシュはまたラテスに対する疑問を深めてしまったらしい。
ファナはサガの方を見たけれど、サガは別にラテスの行動に疑問すら抱いていないかのようにセルフィラさんと話し、キガナイの屯所へと向かう準備をしていた。
「どう思う?」
そんな視線をファナから向けられても、首を傾げる事しか出来なかった。
ラテスって、やっぱり何者なんだろう。
よく分からないよ。
ゼルや、マリウスに聞いても、『海の神』だと言う事以外は知らないって言うし…。
やっぱりラテスって何者なんだろう。
「ミリア姉様、サガ達を連れてきました」
ティナに促されて入った部屋にはミリアさんがいて、その隣には疲れ切った様な表情を見せるマリウス。
そして、その奥でにらみ合っているゼルと、アエロマさん。
そう、ゼルと喧嘩していたのはアエロマさんだった。
「サガ、ラテス様は」
「キアヌフの森で分かれた。用事がある。そう言ってたけど。すぐに合流できるとも…」
「そうか」
サガの報告にマリウスはうなずき、アエロマさんとゼルを見て溜息を付く。
「ファナ・ネイピア・カイクーラさんと、カーシュ・アレス・アルビータさんですね。初めまして、私はラプテフ情報部アースガルドを束ねる、ミリア・マリス・ギルフォードともうします」
そう、ミリアさんはファナとカーシュの二人に挨拶をする。
あれ?
ギルフォードって、トーニックにいなかった?
「いるよ。ミラノも会っただろう?ライナスに。ミリア姉様は、ライナスの姉だ。そのせいもあって、オレや、ティナ、他にも彼女の事をミリア姉様と呼ぶ人が多いけどね。あいつは一応アースガルドの次期当主だし」
あぁ、サガの家に来た人。
サガがトーニックを抜けるときに後の事を任せた人。
「ライナスに、会ったんですね」
「ガイア様の神殿に向かう前と、ガイア様の神殿で」
そう言えば、あの時、サガの家が爆発しちゃったんだよね。
サガの様子からみると、実家って感じじゃないけど。
「ふざけんな」
「ふざけてるって本気で思ってるわけ?あんたは」
アエロマさんとゼルはまだ喧嘩している。
「あの、ゼルと言い合っているのは…」
カーシュが怖い物見たさでミリアさんに問いかけた。
「彼女は、アエロマ・トルカ・キングストン。ゼルにとっては双子の姉に当たります」
「へ?」
当然のごとく、ファナとカーシュはあっけに取られる。
普通の、どちらかといえばかわいらしい女性に入るアエロマさんと、筋肉隆々(カーシュが筋肉ゴリラって言った意味がはっきり分かる)のゼル。
よく見れば、顔が、なんとな〜く似ているような……気がする感じの程度だもん。
驚くのも無理はない。
「ともかく、あきらめなさい。あなただって理解しているでしょう?道を開く事はアースガルドの人間にしたら致命傷になりかねない。ましてや、侍マスター、国王陛下夫妻ををお連れしていらっしゃるのよ?そこを、キアンに見つかってみなさいよ。どうなるか解る?本当にクーデターが現実のものになるのよ?」
「だから、今が緊急事態だって解ってるのかよ」
「理解していないと本気で思ってるの?あんた。カバネルで、のんびり、デミ・ヒューマン相手に戦っていた人間に言われたくないわね」
「あぁああ!!」
アエロマさんとゼルと言い合いはつづく。
「緊急事態ぐらいアースガルドの人間の方が理解しているって言ってんの。トーニックの崩壊。キアンの結界張り。国王夫妻とマスターの出奔。これだけ起こって本気でのんびりしていたと思っているの?」
「けどなぁ」
「けど何?ゼル、あんたは知ってるわよね?『侍マスター』は『侍マスター』のみが使える『道』を持っているって。その道は道を使うのが得意なアースガルドの人間でさえ、簡単に探す事も、追跡することも難しいし、もしやったとしても、時間がかかりすぎる。そんな道にマスターが国王夫妻を連れて逃げたの。このことだって、ようやく解ったぐらいなのよ」
「だからって、このまま、探さないでいるのも危険なのは解ってるんだろう?いくら侍マスターが付いていたからって、侍人間が、アースガルドの人間全員が味方ばっかりじゃないって。そのくらい、理解してるんだろうな?」
「えぇ、十分って言うくらいに、理解してるわ。もう、何度も何度も理解させられてるわよ」
アエロマさんはそう叫んで、ゼルを平手打ちする。
「アエロマ………。…っミリア」
そして、アエロマさんは涙をこぼす。
驚いたゼルはミリアさんに視線を移す。
「侍の中でも、アースガルドの中でも裏切り者と呼べるものが少なくはありません。キアンの意図を理解しないまま、賛同する者。そして、理解しながらも賛同する者。様々です。ゼル、あなたの言っている事はもっともです。ですが、今する事はキアンの暴走『クーデター』を阻止、止める事が先だと思っているのです」
キアンの暴走?
クーデター!?
「その可能性は高い。マスターを、国王夫妻を連れ去った悪役に仕立てて、軍事を政治を把握する。今、自分がどんな状況にあるのか、『列島結界』が解けた時点で、理解しているだろう」
「陛下の無事確認より、安全の確保が先…か」
「その方が無難だろう。陛下や、王妃。侍マスターの所在がしれない今、闇雲に探すより危険が少ない。もっとも、トーニックが駒にあれば、同時に行動は可能だが。そうも言ってられない状況だ」
トーニックの現状を知ったマリウスの言葉に、全員が沈黙する。
特殊捜査、任務が主のトーニックなら、国王夫妻の安全を侍マスターと作る事が出来る。
でも、トーニックはサガが憂えたとおり、キアンの手先の様になっていた。
ガイア様の神殿で、サガはトーニックに『何でマスターの命令でなくてキアンの命令で動いている?』って問いかけたけれど。
あの時から、そう何日も経ってない今の状況で、トーニックが現状に気づくとは、あまり考えられなかった。
ライナスが、現状を知っていたとしても。
今のトーニックでは、侍マスターと共にしている国王夫妻を見つけたら、安全と言うよりも逆に、危険である方が高くなってしまっているのだ。
だからって、このままにしておくわけには行かないよね。
「キアンの事、捕まえに行こう。このままここで議論してるわけには行かないよね。今やんなきゃならない事は、キアンを捕まえてこの国を元に戻す事。だよね」
言葉を選んで、探して、あたしは今思っている事を言う。
この国が変になるのは嫌。
この国だけじゃないけれど。
ラプテフは日本と同じ場所にあって、同じ物が結構あって。
だからって言う訳じゃないけれど、このまま、ゼルとアエロマさんの喧嘩を収まるまでぼうっと見てるわけにも、その後の議論を続けるわけにもいかないのだけは解る。
いい作戦なんて全然思いつかないけれど、やっぱり『キアンを捕まえる事』が一番手っ取り早いんじゃないのかな?
「ミラノ、大丈夫。マリウスも、ゼルも、アエロマも、ミリア姉様も。オレやファナやカーシュだって、お前の気持ちと一緒だよ。マスターを捜すのも同じ理由」
そう言って、サガは皆を見渡す。
…そうだ、そうだった。
現侍マスターはマリウスのお父さんだった。
「マリウス、…ごめんなさい」
「ミラノ、お前が気にする必要はない。お前の言っている事は正しいのだから。が時間は、あまりないぞ」
マリウスはそう言う。
「だろうな、キアンの居場所は確実には把握できていない。こんな状況だ、アースガルドも簡単には動けねぇだろうし。直接乗り込むって言うのしかなさそうだ」
ゼルの言葉にあたし達はうなずき、キアンの居場所を探す事になった。
「……センター……」
「……どういう……」
ウォンとショウの視線を感じながら、センターは手紙に目を走らせ続けた。
「リランが行方不明になったのって、確か1年前だったよね」
「…そう。リランが居なくなった時と、キアン卿から出される命令がおかしくなった時…確かに、時期は合う」
ショウとウォンはライナスからの手紙を読んで記憶をさまよう。
「マスターは何も言わなかったけれど」
「キアンの命令をマスターは目をつぶっていた事になる」
「そうしたら、目をつぶらざるを得ないぐらいキアンの影響は大きかったって事になるじゃないか」
「だよな…。…、もしかしてさ、マスターが気が付かない所で??マスターにうまい具合に誤魔化して???」
「……誤魔化して……それならあり得そうだよな。そして、マスターは気づく。誰も気づかれないうちに、マスターはキアンの企みを察知して、国王夫妻を連れて逃げた」
「つじつまは合うけど…。でも、『あの方』がそれだと、何か言ってくるはずじゃないのか?センター、何か知って………」
「うるせーんだよ、少しは黙れよお前ら」
ウォンとショウの会話をセンターは怒鳴って止める。
「センター、どうしたんだよ」
「うるせーって言ってんだよ」
そう、怒鳴って、センターは壁に拳をたたきつける。
「センター…」
「もう、どうしようも、ねぇんだよ……」
「センター?」
吐き出すように言葉をつぶやいた、センターをウォンとショウは訝しがる。
「ショウ、ウォン、お前らは、ここから…」
センターが二人に何かを言おうとしたときだった。
「センター隊長殿。キアン様がお呼びです」
トーニックが詰めている部屋の外から、ノックと共に声がする。
「……っ」
軽く舌打ちをして、センターは扉を開ける。
そこには、一人の侍が扉が開くのを待っていた。
「センター隊長殿、キアン様が、隊長殿をお待ちです」
「……オレだけだろうな」
「もちろんです。ウォン殿とショウ殿の二人は、この部屋で待機と言う事です」
センターの言葉にキアンの使者となった侍はショウとウォンに素早く目を向け、そしてうなずく。
「命令って奴?」
「だろうね」
ウォンとショウはお互いにしか聞こえない声で会話しあう。
「センター」
「……行ってくる…(確かめてくる)……」
二人の方に振り向きさまに言った言葉は声には出さず、ただ小さく、行ってくるとだけ、声に出した…。
「センター」
「待っていろ」
ウォンの言葉にセンターは短く応えて、使者と共に、キアンの元へと向かう。
扉を閉めて、周囲の気配を確認したあと、二人は小さく息を吐く。
「タイミング、良かったよな」
ふと、ショウがつぶやいた言葉にウォンとショウはお互い顔を見合わせる。
「……聞かれてる??」
声には出さず、確認しあう。
「…気配は、ないけれど。怪しいな」
「盗聴器だったりして」
「その可能性は、ないとは言えないけど」
今の二人に、盗聴器を探すすべはない。
手紙をひらひらさせて、ウォンは椅子に物音を立てて座り込む。
「ライナスが言わなかったのはどうしてだろう」
「…リランの事があったからだろう」
ショウもまねて、物音を立てて椅子に座る。
そして声には出さず、口の動きだけで会話を始めた。
「確証が取れないうちは動けなかったって、書いてあるじゃないか」
「そうだけどさぁ。…これからどうする?」
「どうするじゃなくって、どうなる、だろう?」
「それもあるけど、…やっぱりどうするが先じゃないの?ショウはどうするの?」
「まだ、思い浮かばない。そう言う、ウォンはどうするんだよ」
「ライナスからの手紙を理解するのだけでやっと。正直、信じられないって言うより、信じたくないって言うか……」
「そう、だよ…な……。………センターは……どうするんだろう」
「……うん………」
ショウとウォンはキアンの元へと行ったセンターの事を考える。
待っていろと言ったセンター。
戻ってくるのは確実だろうけど。
どこか二人とも、漠然とした不安を抱えていた。
「キアン様、センター・アトモア・モールを連れて参りました」
「通して」
一拍、おいて、部屋の中から、キアンの声がする。
自分を連れてきた侍のキアンへの態度に思わず眉をひそめながら、センターはキアンの声に緊張の度合いを深める。
ウォンや、ショウが、そしてライナスからの手紙を読んだ。
今まで、あまり深くは考えなかった『キアン・セロ・メッシュ』と言う人物に、改めて、何かを感じた。
思い出して、気づく。
いつの間にか、『あの人』をこのラプテフの政治の中心である議事庁内で見なくなった。
サガが居なくなったのと同時期だったのかもしれない。
そして、キアンの台頭にマスターが眉をひそめる事に気づいた。
でも、センターは大して気にもとめなかった。
それよりも、サガが理由も告げないでカバネルにいなくなったこと。
その前にマリウスやゼルが居なくなった事もあって、センターは暴走気味になっていた。
それに追い打ちを掛けたのはリランの行方不明、だった。
ともすれば走りがちなのはリランであって、センターはどちらかと言えば押さえ役だった。
だが実際、暴走しているのはリランでもなくセンターの方だったのだ。
そのために、この一年、トーニックは人々から恐れられるようになってしまったのである。
トーニックには二つの顔がある。
要人の警護や特殊任務という侍の中でも花形の位置と、それに伴う侍の広報という面。
それらが、余計に人々の恐怖をあおり立てていたのである。
「わざわざ呼び出して済まないね」
人嫌いのしない笑顔でキアンはセンターに声をかける。
その笑顔を見て、センターはライナスからの手紙に書いてあった事が事実なのか疑わしくなった。
ライナスは、自分を騙すような事はしない。
それを理解していながらも、この『人当たりのいい』、『キアン・セロ・メッシュ』と言う人物を目の前にすると信じられなくなってしまう。
元々、その人嫌いのすることのない笑顔と、柔らかい人当たりのいい性格のために、国民はもとより、仲間の政治家からも慕われている。
少し強引な所もあるが、それすらも実行力があると称えられる程の人気の政治家なのは間違いのない事実だった。
「キアン卿、ご用は何でしょうか」
キアンの態度もライナスからの手紙も信じ切れないセンターは用心深くキアンを観察しながら、自分を呼びだした用件を聞く。
部屋の中にはセンターとキアンの二人しかいない。
外にも、誰も控えていない。
気配を捜しながら、センターはキアンから目を離さない。
「どうしたんだい?随分、緊張しているみたいだけれど」
侍は軍人じゃない。
政治も行えば、戦いもする。
それを公言している人物から発する気配は侍そのものの殺気だった。
侍トップ4と言われるだけはある。
感心しながら、センターはキアンに対する警戒を強める。
「……ご用がなければ、戻りたいのですが」
「用はあるよ。君に話したい事があるんだ」
「話とはなんですか?」
「……君はせっかち?」
「いきなり何を言うかと思えば」
「ただ、そんな事を思っただけだよ。私は、せっかちだけれどね」
そう言って、キアンはセンターに少しだけ近寄り
「センター、トーニックのリーダーである君とそしてトーニックに力を貸して欲しいんだ」
センターに話しかけた。
キアンの事務所って言うのは議事庁の中にあるんだけど。
議事庁っていうのは国会議事堂でした。
外見は。
中身は、どうも違うっぽい。
って言うか、あたし、国会議事堂入った事ないんだけどなぁ。
で、議事庁って言うのは政治の中心地みたいな所で、ここにいろんな事務所が会ったりする。
省庁関連の事務所もここ。
実際の規模は国会議事堂より、広いのが本当。
自宅と個人事務所の方には彼の姿はなくって、いるとすれば、この議事庁じゃないのかって話になった。
普通、逃げ込む所って言うのは自宅って言う相場が決まってるんだけどなぁ。
なんて思ってたら
「別に、キアンは逃げようなんて思ってないだろう。焦ってはいるだろうけど」
ってサガに言われました。
う〜ん、焦っては確かにいると思うよね。
列島結界解いたんだし。
ラプテフに結界がかかかってたのって、正味3日ぐらい?
だもんね。
そんなこんなで、議事庁に来たあたし達は呆然としてしまった。
議事庁の入り口や、その周辺にたくさんの人が倒れているのだ。
それは、議事庁の建物に近づくたびに増えていく。
「な、何があったの?」
「気絶しているだけのようだ」
「こんな芸当出来るやつなんざ、そうそういねぇぞ」
「……リラン…か」
「だろうよ。ライナスもいるな」
……なんで、そんな事解るの?
ゼルとマリウスは。
「あいつらとはつきあいが長いからな。トーニックに入る前から面倒は見てる」
ついでに、ライナスは弟のようなもんだしな。
そう、ゼルは言う。
ライナスって、アースガルドの人だもんね。
そして、議事庁の建物の入り口に、リランとライナスがうずくまっていた。
「リラン、ライナス」
「……サガ……?」
定まらない視線をリランはゆっくりと戻そうと試みる。
「どうして……ここに…」
「今の状況を知って聞いているのか?」
「……」
サガの言葉にリランとライナスは黙り込む。
「久しぶりだな」
「…あんた…マリウス?それに、ゼルも」
ライナスがマリウスとゼルの姿を認める。
「ライナス、どうしてこう言う事になっている。オレ達が納得いくような説明をしてくれないか?」
「……まぁ、コレをやったのはオレ達二人。彼らは、キアンの信奉者。彼らは、オレとリランが邪魔らしかったから、とりあえず、気絶して貰っただけ」
「…結構つらかったけどな。コレが『この状態』だと」
とリランはあたし達に気づかせないように何かをマリウスやゼルに見せる。
「……解いたのか?」
「一応ね。解いて貰った。そうでなきゃ、侍を気絶させるなんて難しい。コレだから、微妙な手加減が出来るってもんだし」
「こんな風に出来る芸当なんてコレぐらいでしょ?」
とライナスの後を継いだリランは軽口たたいた後すぐに顔をしかめる。
「リラン?」
「怪我。打ち身って言うか、切り傷って言うか?こっちは、殺す気ゼロだけど、向こうは殺る気満々だし?さすがに無傷って訳にもいかなくって、ここに倒れてたわけ」
といたそうな顔をリランは見せる。
「ミラノ、回復の呪文を掛けてくれ」
「あ、あたしが?」
突然のマリウスの言いだしに驚く。
「コレも、修行の一つだ。ファナ、サポートをしてくれ」
「了解」
ファナとマリウスの間で、話がまとまる。
自慢じゃないけど、あたし、回復呪文やった事ありません!!!!
いくら、ウォールナイト(聖騎士)であるファナがサポートしてくれるって言ったってぇ、不安だよぉ!!!
「大丈夫だから」
うーーーーーーーー。
ファナの励ましと、やらなきゃ、マリウスか、サガに修行三昧させられそうな気がして渋々とリランの側に行き、今回初挑戦となる回復呪文を使う。
「キリア・ミール・ガイア・フィス 癒しの女神ガイアの御力をここに」
手をかざし、唱える。
「……効いた?」
「効かなかったら、どうするつもりだったんだ?」
うっ…。
サガの苦笑い付きのツッコミが背後からはいる。
「大丈夫だよ。ちゃんと、いたくなくなった。傷も消えたかな?」
サガの苦笑いに苦笑しながらもリランがフォローしてくれる。
はぁ、良かった、成功した。
次は、
「えっと、ライナス…さん?回復呪文つかうね」
初めて話すライナスに話しかける。
「ライナスで良いよ。ありがとう」
ライナスに近づき、呪文を唱える。
「……どう?」
「だから、そこで聞いてどうすんだよ!!」
今度はカーシュからのツッコミ。
だ、だってぇ、不安なんだもん。
呪文がちゃんと効いてるか分からないしぃ。
初めて(2回目になりましたっ)に使った呪文なんだよぉっっ。
「大丈夫だよ。しっかり効いてる」
ニッコリ笑顔のライナス。
ありがとー、ライナスっ。そう言ってくれるとうれしい。
「ライナス、リラン。本題にはいるぞ」
本題?
マリウスがひどく険しい表情でリランとライナスに聞く。
…何をこんなにおこっているんだろう?
キアン卿に関する事だとは思うけれど。
でも、どこかそれ以外の事に関しての様な気がする。
「センター達の事か?」
「他にあるのか?あいつらはキアン卿の意志に沿っているのか?」
「……違う」
「何が違う。お前達に怪我をさせたのはあの三人だろう?トーニックが5人で形成されるのは個々の能力の高さをより高めるためだ。一般の侍とは訳が違う。普通の侍が本気でトーニックに挑んできたとしても動けなくなるほどのダメージを与えると本気で……っ?!」
リランとライナスに怒っていたマリウスは突然言葉を止め、あたりに視線をはわす。
ライナスやゼルも同じく。
「…マリウス、何があったんだ?」
「……キアンが、道を開けた。キアンは道を知っていると言うのか?」
…『道』って開くと分かるの??
『道』ってそもそも何?
「道って言うのは、普通の隠し通路とは違う意味合いがある。特殊な呪文この場合は『方印』と言うんだけど、その方印を使って、通常ではあり得ない道を作るんだ。オレは実際見た事がないから、正直な事言えないけれど、望む場所への直線距離って言う方が正しいかな?空間移動とは違うんだよ。道の利点は途中で行き先を変更できる事。空間移動の利点はすぐに到着出来る事。ただ、その場所が問題だと、空間移動は危険だけどね。道は逆にすぐに到着する事が難しいけれど、その分、逃げやすい。道を扱っているものでも探索は難しいぐらいだし」
道に対して疑問を持ったあたしにサガが教えてくれる。
…前、ティナに開けて貰ったのは?
「君が前ティナ通ったのは、普通の隠し通路だよ。隠し通路に入る前に『道』を使ったけどね」
と、ライナス。
「『道』を作るための方印は特殊で限られた者しか使えない。アースガルドの人間、侍マスター」
「…調べた…と言う事じゃないのか?」
サガの言葉にマリウスはうなずく。
調べて簡単に出来るものなの。
「まさか、簡単になんて出来るもんじゃねぇぞ?特殊な方印使って、特殊な道開けてんだぜ?」
ゼルもあたしの疑問と同じ事考えてる。
「ゼル、あんた、一応アースガルドの人間だろう?」
「何が言いたいんだ?ライナス」
「この感じ方からすれば、開けた道はアースガルドの通常ルート。ゼルは一応アースガルドの頭領候補だったんだよねぇ」
「あー、もーうるせーよ。それより、行くぞっっ!!!キアンを追い掛ける方が先だっ」
強引にゼルは話を変えて、建物内に入っていく。
「仕方ない、行くぞ」
マリウスの言葉にあたし達はうなずきゼルの後を追う。
「…キアンが扉を開けたのは、きっとセンター達から逃げるためだ」
道の行く先を調べるには入り口を調べなくてはならない為、キアンの部屋に向かう。
その最中の事だった。
「……どういう事だ?」
「…あいつらは、オレ達に言ったんだよ。決着はオレ達が付けるって。最後まで、オレやリランが居なくなるまで、気づかなかった、トーニックとしての罰だって」
「……」
リランの言葉にマリウスは黙り込む。
「…あそこだ」
ライナスの言葉に、あたし達は、その場に向かう。
扉は、すでに壊れていて、閉じようとしている空間のゆがみと、倒れていた3人。
…センターと、ウォンとショウの三人だと思う。
「……キアン・セロ・メッシュ。元トーニック候補だけはあるって言うところか?」
ゼルが、3人に回復呪文を掛けながら言う。
「どういう事だ?キアン卿がトーニック候補って初めて聞いたぞ」
サガがゼルの言葉に驚く。
「言葉通りだろ?父親は一応元トーニック。それなりの実力はあったって事さ。しかも侍トップ4に名を連ねてる。もっとも、侍としての実力だけじゃ、トップ4にはなれねぇけどな。おーい、平気か、お前ら」
気が付いたらしい、3人にゼルは声を掛ける。
「ゼルっ…マリウスっ」
センターは、気づいたのかゼルとマリウスの顔を見て驚く。
「……何故、オレとゼルがここにいるか、お前は分かっているようだ」
「…済みません。オレがもう少ししっかりしていれば」
「お前が謝る事じゃないだろう。今は、キアンを捕まえるのが先じゃないのか?」
「…マリウス………。……リラン、ライナス。ワリィ、本気で遅くなった」
センターはリランとライナスに顔を向け、言う。
「マリウスの言うとおり、今はキアンを捕まえるのが先だろう?」
「リランの言うとおり。マリウス、道を開けるよ」
ライナスの言葉にマリウスはうなずく。
ライナスは、消えかかっている空間の歪みに手をかざす。
小さく何かを唱えると空間の歪みに文様が現れた。
「キアンの行き先を捕まえた。開けるっ」
ライナスの言葉に、その歪みは大きく広がり、言葉通り道が現れた。
その先には何かが見える。
きっと、あそこが行く先なんだろう。
「…マリウス、マスターの道の気配がする」
ライナスの言葉に全員が驚く。
「この先か?」
「多分。行くぞ」
マリウスの言葉にその場にいた全員が、その道を走った。
着いた先は、どこかの建物中のようだった。
「ここ…どこ?」
「どこなの?マリウス、知っているの?」
ラプテフに詳しくないファナがマリウスを見る。
「……マリウス?」
驚いた表情でマリウスは周囲を見渡す。
「どこだよ、ここっっ」
「ここは、国王夫妻がお住まいになっている王城だ」
……って事は、皇居の中??!!!!!!!!!!!!!
「正確には王城の敷地内にある建物だ。国王の執務館と言った方が正しい。5階立てのちょうど真ん中、3階ぐらいだろう」
執務館なんてそんなの皇居の中にあるの?
…ってここ、日本じゃないんだ、うっかり忘れた。
「ここに、キアンが」
「早く、キアンの所に行こう」
せかしたあたしに、マリウスが言う。
「ミラノ」
「何?マリウス」
「ミラノは、この階下の部屋にいるはずの国王陛下達の安否を確認して欲しい。そして、共にいるはずの侍マスター、ギラン・ミフネ・ジルベールと一緒に脱出してほしい」
「…は?」
意味が分からず、思わずとまどう。
「どういう事?」
「ファナ、カーシュお前達も一緒に頼む」
「どういう事だよっ」
「このことはラプテフ国内の問題だ。…言うなれば、恥とも言える。カバネルの人間とは言え、やはり他人には見せたくない事だ。頼まれてくれないか」
サガに視線を向けて、それからカーシュと見合わせる。
「分かったわ。マリウス」
「済まないファナ」
「ファナっ」
「マリウスの言いたい事は分かってるわ。だから、『スリーナイト』全員ではなく、マリウスとゼルが来た。その事は分かるでしょう?ミラノ、カーシュ。キアンをとらえるのも重要だけれど、国王夫妻の安全を確認し確保する事も重要だって、さっき、キガナイの屯所にいる間に言ってたじゃない」
「……分かった」
ファナの言葉にあたしとカーシュはうなずく。
「二人とも、付き合わせてごめん。ミラノと、国王夫妻の事頼む」
サガはそう言って、マリウスとゼルと…『トーニック』の面々は上への道をあがっていった。
「行きましょう」
ファナの言葉にあたしとカーシュは渋々とうなずいた。
「遅かったね」
黄金色に輝く髪にマリンブルーの瞳を持つ男は、静かに面々が来る事を待ちわびていた。
「申し訳ありません」
「いいよ」
その場所の中央にはこの国を支配しようとしていた男がここにいるはずのない人物の突然の登場に驚いた。
「…っ何故、あなたが?」
「来た意味は…分かっていると思うが…。こんな事で、お前に列島結界の秘呪を授けた訳じゃないということ十二分に理解しているな?」
黄金色に輝く髪にマリンブルーの瞳を持つ男は、その男…キアン・セロ・メッシュにゆっくりと歩み寄る。
「しかも、私情だ…。悪いが、お前に裁きを言い渡す。分かっているだろうが…どういう状況になること、お前は理解していたと…思っていたが…どうも違うらしいな?」
男はそうキアンのあごに手を添えた。
「国王様っ」
扉を開け放つとそこには国王夫妻と精悍な中年の男性がいた。
「勇者…か」
「はい、お久しぶりです。ご無事ですか?どこか怪我…してませんか?」
「大事ない、心配するほどの物じゃないよ」
「ラプテフ国王サマニ・オイカマナイ様、王妃シズナイ・カムイ様であられますね。私は、カバネルより派遣された『スリーナイツ』の者。ウォールナイトのファナ・ネイピア・カイクーラ。こちらはスウェルナイトのカーシュ・アレス・アルビータでございます」
「…『スリーナイツ』が…動いたか…、致し方あるまいな」
精悍な中年の男性がそうつぶやく。
「私は侍マスターギレン・ミフネ・ジルベール。スウェルナイトならば、マリウス・クロード・ジルベールは知っているか?」
…って事は…この人がマリウスのお父様っっ。
噂の侍マスター!!!
「『スリーナイト』のマリウスは先に向かいました。ゼルも同行しています。」
「…そうか…」
カーシュの言葉に侍マスターは目を伏せる。
…なに?
次の瞬間、轟音と共に、離れが揺れる。
「光は闇と共にある…。共存は当然の事か…」
国王は小さくつぶやいた。
「…死なないだけでも…ありがたいと思うのだな」
黄金色に輝く髪にマリンブルーの瞳を持つ男が剣と天秤を携えそうキアンに告げる。
「今の爆発…なに?サガ達に何かあったの?」
「ミラノ、今はサガ達の安否を気にしている場合じゃないわ。分かってる?」
ファナが厳しくあたしに告げる。
そうだ、あたし達は国王陛下達をここから避難させなくちゃならないんだ。
「勇者、上の事は気にするな。『トーニック』…それに、元『トーニック』の面々も控えている。安心なされ」
「はい」
国王に…励まされる。
しっかり…しないとね。
「……ご苦労様…後は…頼んだよ」
「…もちろんだ…」
黄金色に輝く髪にマリンブルーの瞳の男の言葉に体格のいい男と並ぶと華奢にしか見えない男はゆっくりとうなずいた。
「…ミラノには…知らせるつもり?」
「…知らせるつもりなんて、ない…。だから陛下の元に送ったんだろ?」
「…まぁね。…嘘突き続けるよ。彼女は知らない方がいい。一番それを分かっているのはお前だろ?」
「…あぁ…でも、この件の責任者は…あんただと思っていたけど…違うのか?」
「違わないっっ。フォローは、頼んだよ」
「…了解」
執務館は、あたし達が脱出してから崩壊した。
あの爆発は執務館を壊れるほどの物だったらしい。
…って何が起こったんだろう?
結局、肝心なところにいなかったわけだから、詳しい事が分からない。
サガに聞いても、キアンが起こした爆発だって事しか教えてくれないし。
でもまぁ、キアンを捕まえた事で、この国は平和になるのかな?
マリウスのお父さんが侍をもう一度まとめ上げるとか言ってたし。
そりゃあ、キアンの信奉者もいたわけだけど、そう言う人たちも改心して欲しいなぁなんて、思ってみたり。
トーニックは、どうなるんだろう?
今のところ、マリウスもゼルも何も教えてくれない。
そのうち分かるのかなぁ?
なんて。
マリウスとゼルは今事後処理で忙しい。
本当はラプテフ出身者だから戻ってきたって感じだけれど、実際にはカバネルの介入って事でマリウスとゼルは来てるから、そのせいで、忙しいみたい。
そう言えば、ラテスはどうしたんだろう?
なんて思ってたら、ひょっこり顔を見せた。
「ラテス?」
「やあ、ミラノちゃん」
「今まで、どこにいたの?」
「ガイアとフラウの所。すぐに戻ってこれる予定だったんだけどねぇ」
って言って、ラテスは溜息をつく。
「まぁ、何とかなったようだけどね。手伝えなくってごめん」
そう、ラテスは謝ってくる。
そんな事ないのに。
ラテスがいたから列島結界解けたわけで。
ラテスがいなかったら、あたし右往左往してたんだから。
「それでも、やっぱりごめんだよ」
本当に申し訳なさそうに、ラテスは謝った。
「あたしは、ラテスに対してありがとうだけどね」
そう言ったら、ラテスは静かに笑った。