大地の物語 7話:バルバトスの惨劇 前編

「ハロルド、新兵器の調子はどうなんだ?あれから随分たつのに地上軍全兵士のデータしか、兄さんは見ていないぞ」

 そう言って兄貴は私の部屋に来てくつろぐなり言う。

「兄貴に言われなくたって分かってるわよ。もう少し待ってくれたっていいじゃない」
「そう言ってどのくらいたった?ハロルド。他の方々もソーディアンはどうなっていると聞いてくるんだ。形ぐらいは出来ているのだろう?」

 心配そうに言う兄貴に私はうなずく。

 そりゃね、試作品は出来てるわよ。
 造形美の美しい剣。
 重要なのはそこじゃなくって、ソーディアンの核となるレンズだもの。

 そう…問題なのはそのレンズ。

「なら、何故、その先の進行具合を見せに来ない」

 純度の高いレンズを作り上げるのはいいけれど、上手い具合に、精神が投影されてくれない。
 疑似人格は完全にコピー出来るのに。

「ハロルド、聞いているのかい?」
「?何、兄貴呼んだの」
「さっきから呼んでいたよ。何か悩み事でもあるのかい?兄さんは出来る限りの協力をするとお前に言っただろう?まぁ、解剖とかはさすがに兄さんも困るけど…」
「そう?細胞ぐらいとらせてもらおうと思ったんだけれど、双子のメカニズムって言うのももう少し掘り下げたい研究テーマではあるわよね」
「ハロルド」

 兄貴がたしなめるように私の名前を呼ぶ。

 分かってるわよ。
 そんなこと言ってる時じゃないって。

「兄貴に、言っても分かんないかも知れないけど。レンズに実際の人格を投影することが出来ないの。恐らく純度がそれ程高くないって事ね。疑似人格をいれる事は可能なのよ。でも、疑似人格はあくまでも疑似。本物じゃないわ。それでは持ち主との完全な意思の疎通が図れない」

 純度の高いレンズの精製の仕方は分かる。
 ただし、ある程度だけど。

 完全に純度かされたレンズなら本物の精神を投影させることが出来る。
 そのレンズの技術は地上にはない。

 やり方は知ってるけれど、設備がない。

「…それを打開するためにはいい方法があるのかい?」
「……あるわよ。ちょうど良いわ、兄貴に、相談に乗って欲しいの」
「なんだい」
「…言ったわよね。今、試作品のソーディアンにとりついてるレンズじゃ人格が投影出来ないって」
「あぁ」
「より純度の高いレンズが必要なのも言ったわよね」

 兄貴はもう一度、私の言葉にうなずく。

「じゃあ、話は簡単。兄貴、ベルクラント開発チームを地上軍に引き入れる事って可能?」
「ハロルド?」
「彼等は純度の高いレンズの精製方法を知ってるわ。それさえあればソーディアンを完成させることが出来るのよ」

 私の言葉に少し考え込んだ兄貴から出た言葉は意外な事だった。

「ハロルド、実はベルクラント開発チームを地上軍を引き入れると言う案があるにはあるんだ。彼等はベルクラントを開発したほかにダイクロフトの設計にも関わっている。もちろん、工作班もいるが、さすがに彼等だけでは全てを把握出来ないからね」
「ホントに?一石二丁とはこの事ね」

 天上の技術。
 それはベルクラントを見れば一目瞭然だ。

 天上に地表を精製する技術。
 そしてエネルギーを地表に落す技術。

 それは全てベルクラントに搭載されているであろう『レンズ』によるものだ。
 レンズの投射技術を最大限に応用すれば可能な技術。
 コアクリスタルへの人格投影にはどうしても必要な技術だ。

 確かに天才と呼ばれる私なら、あの技術を再現させるのは可能だろう。

 けれども、時間が足らない。
 そうこうしている間に地上軍は全滅しちゃう。

「ねぇ、兄貴。どう?OK?そうすればこのソーディアンは90%完成したも同然なのよ」
「………」

 ふと兄貴は黙りあごに手を掛ける。
 頭の中でありとあらゆる事をシミュレートしている時、兄貴はこんな姿をとる。
 どうやら他人の前ではやらないらしいけど。
 そう言えば、たま〜にでる会議でも見ないわね。

「…ハロルド…」

 兄貴が私に顔を向けて、名前を呼ぶ。

「何?」

 そうして兄貴はニッコリと微笑み

「何とかしてみよう。他ならぬお前の頼みだからね」

 と言ったのだ。

「ホントに?ありがとう兄貴!!!!これでソーディアンの完成は近付いたわ。後は使い手に合わせて…剣を作成するだけ!!!!」
「って…使い手は決まったのかい?決まらなければ、ソーディアンは作れないだろう」
「それは…」

 その時だった。
 突然扉が開き、兵士が入ってくる。

「何よっっ。ノックもなしに入るなんて失礼でしょ?」
「申し訳ありません。ハロルド博士。カーレル中将は……っっ!!こちらでしたか!!!」

 妙に慌てている兵士。

「何事だ?」
「はい、カーレル中将及び、ハロルド博士に申し上げます。…バルバトス=ゲーティアが我が軍を裏切り、地上軍第一師団所属の兵を数名殺傷いたしました」

 …な、なんですってぇ!!!?

「それは本当なの?」
「は、はいっっ」

 私の言葉に兵士はうなずく。

 ディムロス率いる地上軍第一師団は現在作戦に出ていた。
 その作戦中にバルバトスが裏切りを起こしたらしい。

「じゃあ、バルバトスは?それに、第一師団と言えば、ディムロスの管轄でしょう?あいつはどうしたのよっっ」

 私の言葉に兵は少しだけ歯ぎしりをした後、驚くべき事実を吐く。

「ディムロス大佐殿はバルバトスとの戦闘で重傷、現在治療中であります」

 一瞬、訳が分からなかった。

 あの、ディムロスがバルバトスとの戦闘で負傷?
 しかも、重傷???

「…どうやら、部下をかばった模様で…。バルバトスも同様に深手の傷を負っております。ディムロス大佐が負わせた傷の模様」
「今、バルバトスはどうしている?」
「簡単な治療を施した後、牢に入っております。カーレル中将、会議室で、ただいまより会議が始まります」
「分かった。直ぐ行くとリトラー司令に伝えてくれ」
「了解しました」

 兵士は踵を返し、部屋から出ていく。

「…兄貴…」
「……とんでもないことになったな」

 そう言って兄貴は眉をひそめる…。

「ハロルド、今から会議に行って来る。バルバトス=ゲーティアとディムロスの事で詮議が行われるだろう」

 ディムロスは地上軍第一師団団長。
 バルバトスはその第一師団所属の一兵士。

「部下が裏切ったって事で?ディムロスも軍法会議に掛けられるのね」

 兄貴は私の言葉にうなずく。

「まさか…こんな事になるとは…。後は頼む」
「了解。私はディムロスの言い分でも聞きに行ってくるわ」
「済まない、兄さんが行ければいいのだけれど…」

 ホントに済まなそうに兄貴は言う。

「いいのよ、兄貴はあのバーカの弁護しなきゃなんないんだから。頭の固いヘナチョコのオヤジ達がアホなこと言い出す前にね」
「…済まない。では行ってくる」

 そう言って兄貴は部屋を出ていく。

 さて、私も行きますか。

 

「…は〜い、アトワイト」

 わざと明るく声を掛けた私にアトワイトは小さくため息をつく。

「手術はどう?とりあえず、麻酔薬と消毒液持ってきてみたんだけど…」
「ありがとう、ハロルド。時々助かるわ。あなたの医薬品」

 手渡した医薬品を見ながらアトワイトは呟く。

 って…いうか…時々助かるってどういう意味?
 いつも、私へんな薬作ってるかしら?

 誰か死ぬような物は作ってないんだから問題ないと思うんだけど。

「……ディムロスの様子は?」
「…怪我は…切り払われたみたいで、お腹の所を縫い合わせたの。他は想定されていた傷だから、…慌てずに対処出来たのがよかったみたい。ただ、出血がひどくて…最初ははどうなることかと思ったけど、今は…痛み止めが効いて眠っているわ」

 アトワイトは淡々と言う。

「聞いた?こうなったいきさつ」
「当然でしょ?第一報で聞かされたわよ。ディムロスが重傷だって」
「……バルバトスの怪我は誰が直したの?」
「気絶させて…私が治療したのよ。簡単な治療って聞いたんでしょ?」

 アトワイトの言葉に私はうなずく。

「本当は治療なんてしたくなかった。地上軍を裏切りディムロスを重傷に追い込んだ男を直したいと思う?でも、私は…医者だから……。怪我人は治療しなくちゃならないわ。それが医者としての使命だもの。医者としての誇りはなくしたくないわ」
「ま、…ご苦労様。あぁ、そうそう言ってくれれば、マル秘の薬をバルバトスに飲ませようと思ったのに、残念」
「ハロルド。今……会議室では軍法会議中ね」

 会議室の方を見ながらアトワイトが呟く。

「多分ね。兄貴が行ったから、始まってると思うわよ。バルバトス=ゲーティアの反乱とその事における、ディムロス=ティンバー大佐の責任。ってね」
「…ディムロスはどうなるのかしら?」
「さぁ、軍法会議に掛けられるんだから。どうなることやら」

 そうねぇ、階級は降格かしら?
 第一師団団長から降ろされるかしら。

「ハロルド……っっ。会議は、始まっているんだな?」

 扉の音がしたかと思うと、そこにいたのは巻かれている包帯も新しい、ディムロスだった。

「ディムロス、眠っていなくちゃダメじゃない。怪我に響くわよ」
「アトワイト、オレは会議室に行かなくてはならないんだ。この件に関して言いたいことがある」

 そう言いディムロスは壁を伝い歩こうとする。

「やめて、ディムロスっっ」
「ディムロス、部屋に戻って。あんたの体調、今のままじゃ会議室行く前に倒れるわよ。大人しく寝てなさい。あんたのいい分はあたしが聞いてあげる」
「お前がか?」
「そうよ、私が代りに出席します。兄貴から頼まれているの。ディムロス=ティンバー大佐の言い分はお前が聞いてくるんだ。ってね」

 私の言葉にディムロスはアトワイトの手を借りて病室に戻る。

「さて、言い分は?」
「今回の件は自分の不始末で起った事だ。だから、バルバトス=ゲーティアの処刑は私に任せて欲しい」
「斬合いでもするの?」
「そうだ」
「ディムロス、何を言っているの?」

 アトワイトは驚く。

 でも、私には容易に想像がついていた。
 ディムロスの性格ならばあるだろうと。

「いいわ、兄貴にそう伝える」
「待って、ハロルド。ディムロス、無茶よ。今の怪我でバルバトスと戦うなんて」

 アトワイトが半分、錯乱状態で叫ぶ。

 よっぽど、押さえてきたのだろう。
 涙まで出ていた。

「アトワイト、無茶じゃないわよ。条件はほとんど一緒。ディムロスも、バルバトスも共に怪我をしている。片方は入念な治療。片方は簡単な治療。有利なのはどっち?」
「でも…っ」

 私の言葉にアトワイトはなおも反論しようとする。

「じゃあ、現実的なことを教えてあげるわ。バルバトス=ゲーティアと互角に戦えるのはディムロスをおいて他にありません」

 そう言った私にアトワイトは部屋を飛び出していく。

「ディムロス、いいのね。私今から兄貴の所に行ってこの事を伝えてくるわ」
「あぁ……。ハロルド、その前に一ついいか?お前に…聞きたいことがある」

 まじめな顔をしてディムロスは言う。

「何?」

 聞き返した私にディムロスは不意に黙り込む。

「何よぉ」
「カーレルの…事なんだが」

 長い沈黙の後、ようやくディムロスは口を開く。
 ただし、直ぐに止まる。

 兄貴の事?

 いきなり、兄貴のことを口に出すディムロス。
 いきなり深刻そうな顔で話しかけるから、兄貴の事を考えて、不意に想像がついた。

「兄貴が何か言ったの?私が天上軍以外の人間にも狙われているからディムロスも警戒しておいてくれって」

 私の言葉にディムロスは驚き答える。

「……違うが……だいたい当たっている。ハロルド、お前は知っていたのか?」
「何が?」
「天上軍以外の人間にも狙われていると言うことを」
「まぁね。兄貴の異様なほどの警戒にも出てるし。私は天上軍へのいい取引材料になるわ。そして、兄貴に対する取引にもね」

 私の言葉にディムロスは呆気にとられる。

 昔、天上軍から誘いがあった。
 もちろん、そんなの断ったけれど。

 あの上から見下ろすって言う行為がむかつくのよね。
 だいたいね、簡単に手に入るものよりなかなか手に入らない方が手に入った時嬉しいじゃない。

 天上の奴等は私の天才的な頭脳が今でも喉から手が出るほど欲しがっている。

「……今回の…バルバトスの件で…事態はどう動くかオレには想像がつかない。けれど、カーレルに伝えてくれ。オレは、お前の味方だと」

 …兄貴の味方…ね。
 いいこと言ってくれるじゃない。

 まぁ、私が兄貴の側にいるんだから全然問題ないけれどね。

「いいわ、伝えてあげる。じゃあ、ホントにいいのね。バルバトスはあんたが処刑するって言って」

 私の言葉にしっかりとディムロスはうなずく。

「分かったわ。私に任せて。ただし、アトワイトのフォローまでは無理だからね。そこの所は自分でやりなさい」
「あぁ、分かっている」

 その言葉を背に聞いて私は病室の外へと出る。

「…ハロルド……。止めてくれたっていいじゃない」
「…状況は五分よ。有利なのはディムロス。分かってるでしょ?だから、もっと有利にするために、ディムロスの看病、がんばりなさい。まぁ、がんばりすぎて倒れないようにね。あんたまで倒れたら話にならないから…」
「…分かっているわ」

 アトワイトはそう呟いて俯く。

「じゃあ、私は会議室でも行くわ」

 そう言って私は会議室へと向かった。

*あとがき*
バルバトスの惨劇。
2部構成の前半。
ディムロスが…怪我されました。
最初、もっと重傷。だったの。
でも、何とか大丈夫になりました。
ほっとしています。
何がだ……。
ついでに…前回イクティノスの情報で入れるはずの文章『ディムとハロの会話:実はハロルドは知っていた!!!!』も入れました。

終わらないよぉって、眠いようって言いながら書いてた。
次回はバルがしゃべります。


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