大地の物語 2話:アトワイトの不安

「ハロルド?」

 ラディスロウの入り口付近で立ち止まっていたハロルドに私は声をかけた。

「アトワイト。どうしたの?何?なんかあった?新薬だったらもうちょっと待って」

 私の姿を確認した彼女は以前、冗談のつもりで言った言葉を口に出す。

「出かけるの?」
「うん。兄貴とで・え・と」
「デートって…どうせ物資保管所に行くんでしょ?」
「あら、分かってるじゃない」

 呆れた私にハロルドは軽く返す。

「…忙しいんじゃないの?」
「兄貴?」
「2日後の作戦の中心じゃない」

 会議の内容を頭の中で反芻しながら私はハロルドに問い掛ける。

「うん。でもね、兄貴がついてくるって言ったのよ。心配なんだって」

 ハロルドは自室から出てくるカーレルの姿を認めながら言う。

 その意味は…私も知っている。

 天才科学者ハロルド=ベルセリオス。
 その名声は天上軍まで響いている。
 天才の名を欲しいままにするハロルドの才能は味方であれば心強く、敵であれば驚異となる。
 そのハロルドが狙われてもおかしくない。

 そしてその事はハロルド自身も自覚している。

「兄貴、遅い」
「済まない、ちょっと用事が入ったんだ。でももう済んだから問題はないよ」

 そうカーレルはハロルドに目を向けた。

「そ、じゃ、アトワイト、行ってくるね」
「アトワイト、何かあったら連絡するようにディムロスに言って欲しい」
「えぇ。じゃあ、気をつけて」

 私の言葉に二人はうなずいて物資保管所まで向かう。

 見ていて気付く。
 カーレルの視線の力。

 きっと…気付いてないわね。
 気付いているの私だけだもの。

 最初に気付いたのはいつだったろう。

 初めて二人に会った時ではないわよね。
 それから数年した時。

 不意に気付いたのよね…。

「……イト」

 ずっと気付かない方がいいのかも知れない。
 その方が幸せなのよ。

「アトワイト」

 えっ?

 呼びかけられた声に振り向くと、そこには不機嫌そうにディムロスが立っていた。

「ディムロス、どうしたの?」
「どうしたのって…アトワイト、分かってないのか?」
「え?」

 ディムロスの言葉の意味に私は首を傾げる。

「…君は……カーレルはどこに行ったんだ?」
「ハロルドと物資保管所へよ。ディムロスも知ってるでしょ?ハロルドが襲われるかも知れないって話。それをカーレルが心配したらしいわ。いつものようにね」
「………」

 ディムロスの様子がおかしい。

「ディムロス?どうしたの?あなた、なんか不機嫌じゃない?」
「別に、オレが不機嫌だろうが君には関係ないだろう」
「ちょっと、何、怒ってるのよっ。言ってくれなきゃ分からないじゃない」
「別に怒ってないっ」
「怒ってるわよっ。その声のどこが怒ってないように聞こえるわけ?」

 ディムロスの反応に私まで怒り出してくる。
 周りから何か感じるけれど、そんなことはお構いなしになっていた。

「じゃあ、何でカーレルの事を見てるんだっ」
「えっ」

 一瞬、時が止まる。

 カーレルの事を見てる?

 もしかして…ヤキモチ妬いていたってわけ?

「ディムロス?」
「なんだ?」
「…場所、かえない?」

 私の言葉にディムロスははたと気付きあたりを見回すとその場にいた人は何事もなかったかのように散っていく。

「そうだな…」

 そうして私達は場所をディムロスの私室へと変える。

「アトワイト…さっきの事なんだが…」
「えぇ、分かってるわ。別に、わたしはカーレルの事を見ていた訳じゃないの。少し、心配になったの、ハロルドと…カーレルの事が」
「?」
「気付かないのならいいの…。その方が、あの二人にとって幸せだと思うから」

 最初は私の言葉に首を傾げディムロスは部屋に備え付けられている窓に目を見やって言葉を紡いだ。

「…相変わらず、甘いよな。カーレルはハロルドに。そう言う事だろう?」
「…簡単に言えばね」

 外の雪は降り止む事を知らずに、時に吹雪いて全てを覆いつくさんとしているかのようだった。

 まるで、隠したい。
 隠して欲しいと言わんばかりに。

*あとがき*
アトワイトとディムロスの話。
になっていたこの2話。
なんだかとっても痴話げんかが多いディムアトな気がする。
ディムロス・アトワイト・ハロルド・カーレルは士官学校時代からの友人なので、同じ年齢。
ちなみにシャルティエは後輩。
クレメンテは学園長。リトラーは校長。イクティノスはとりあえず先輩(涙)


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