大地の物語 10話 リトラーの心情
「そのような腕では私は倒せんぞカーレル!!!」
 天上王の間と呼ばれたミクトランが神の眼を操る場所。
「だが、倒してみせる。ベルセリオス、準備はいいか?」
『了解よ、マスター。ちゃっちゃと倒して、博士の実験手伝わなくっちゃ!』
「そうだな」
 ソーディアンマスターの面々は強大な力を持つミクトランと相対していた。
「ミクトラン!!!」
 カーレルが大剣ベルセリオスを携えてミクトランに向かっていく。
「うっっ」
「ミクトランっっ」
「私は死なん!!!!!!」
 ミクトランが叫び、神の眼が彼に同調する。
『っっ??マスター、下がってっっっ。っっ?っっっっ!!!』
「ベルセリオス?いや、下がるわけには行かぬっっ!!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「兄さんっ。カーレル兄さんっっ」
 ハロルドの悲痛な叫び声が神の眼の間に響き渡る。
「眼を明けて、兄さんっっ。ベルセリオス、兄さんは!!!!」
 ハロルドの声にカーレルは再びその目を開けることはなかった。

 ラディスロウで吉報を待つリトラーの元に、カーレル死去との通信がクレメンテより入ったのはその数分後の事だった。

 後に、天地戦争と呼ばれるその戦いは、名軍師カーレルの死と引き替えに地上軍に勝利をもたらしたのである。

「ピエール君」
「司令、どうしたんですか?」
 作業の手を止めずにシャルティエは自分に声を掛けた人物に返事する。
 自分をシャルティエとファミリーネームではなく、ファーストネームで呼ぶのはこの地上軍でただ一人しかいないからだ。
「すこし、良いかな?」
「構いませんが」
 作業の手を止めてシャルティエは背後を振向いた。
 そこにはいつもの表情を浮かべたリトラーが彼の予想通り立っていた。
「どうかなさったんですか?リトラー司令」
「うむ、君は、ハロルド君がどこにいるか知らないかな?」
「ハロルド…さん。ですか?」
 シャルティエはリトラーの言葉に疑問を持ちながらゆっくりと問い返す。
「外殻の件でね。ハロルド君の頭脳なしでは進む話も進まないからね」
「それは、そうですけど……」
 とシャルティエは即答することを避けるように何かに躊躇しながらゆっくりと答える。
「でも…」
「でも、何かな?」
 口ごもったシャルティエにリトラーは聞く。
「……今のハロルドさんには、…そう言うの、ちょっと酷なんじゃ………」
 あぁ見えて、ハロルドはカーレルを慕っていた。
 簡単にはその様子見えるものでもないが、長年、軍にはいる前の士官学校時より二人を見てきたシャルティエやディムロス、アトワイトに取ってハロルドの痛手は手に取るように分かるのだ。
 ただの双子ではない。
 たった二人で生きてきた双子なのだ。
 天地戦争の余波をウケて、二人の両親は死んだ。
 そのときからハロルドはすでに世界にその天才頭脳ぶりを響きわかせていた。
 両親が死んだのはその為だとハロルドやカーレルが思っても可笑しくない。
 ともかく、カーレルはハロルドを護りながら地上軍の基地があるスペランツァまでやってきたのだ。
 そのときから、寝食を共にする。
 下世話な噂も立てられても二人は気にすることもなかった。
 それほどに二人は傍目で見ても一緒にいたのだ。
 その一人がいない。
 当事者のハロルドだけではない、この地上軍全体がカーレルの死を悼んでいた。
「ピエール君、君は、ハロルド君から何かを聞いているのかね?」
「何かってなんですか?」
 シャルティエはリトラーが何を言いたいのか分からない。
「つらいとか、悲しいとか。彼女の今の感情をだよ」
「そんなの、ハロルドさんが言うはずないじゃないですか?」
 そんな弱音、ハロルドが吐くところを聞いたことがない。
 いつも強気で全て理解している口調で話している。
「じゃあ君はどうしてそう思ったのかい?」
「司令はデリカシーと言うものを知らないんですか?」
 そう言ってシャルティエはため息をついた。
 ハロルドは兄を亡くしたのだ。
 それもただの兄ではない。
 双子のただ一人の家族だ。
「ピエール君。君が何を考えているのか分かる。ハロルド君はたった一人の家族であるカーレル君を亡くした。だが、この戦いで最愛の家族を亡くしたのはハロルド君だけかい?」
「…」
 そのリトラーの言葉にシャルティエは二の句を告げなくなる。
 この天地戦争で最愛の家族を亡くしたのは何もハロルドに限ったことではないのだ。
 誰でも誰かを亡くしている。
 家族が全員そろっている方が珍しいと言うくらい。
「ハロルド君を心配する君たちの気持ちは私も十分分かっているつもりだ。今、我々がなさなくてはならないことを彼女はきちんと理解していると私は思っているんだよ」
 そう言ってリトラーは穏やかに微笑む。
「リトラー司令」
 外から聞こえる喧噪が二人がいる部屋でも騒がしくなった頃、シャルティエは口を開く。
「ハロルドさんは、ずっと部屋にいます」
「部屋に閉じこもっていると?」
「いえ………」
「やはりな。気を遣って近づかなかったというわけか」
「その通りです」
 全てを見透かしているリトラーにシャルティエは顔が上げられない。
「彼女ならこう言うよ。『それこそ余計なお世話』とね」
 そう言ってリトラーは部屋を出て行く。
「…だからって…落ち込んでない訳じゃないとおもうんですけどね…」
 リトラーがいなくなった部屋でシャルティエはこっそりと呟いた。

「ハロルド君」
 作業していた手を止めて顔を上げれば、そこにいるのはハロルドが予測していなかった人物だった。
「どうしたんですか?司令」
「君を探していたんだよ、ハロルド君」
 そう言ってリトラーはいつもの笑みを見せる。
 ハロルド曰く、食えない笑み。
 シャルティエの部屋を出てすぐにこちらに来たのだがそんなことはハロルドは知るよしもない。
「私を、ですか?」
 地上軍総司令であるリトラーが自分をわざわざ探しにくるとはどういう事だろうか。
 もっとも、地上軍という呼称は戦争が終わった今となっては正しくないのだが。
 彼が最高司令(指導者)であることは変わりない。
 ハロルドはリトラーの真意が分からず困惑した。
「外殻大地および神の眼に関することは、君がいなくては破壊するにしろ何をするにしろどうするのが最適か、我々には分からないからね」
「それを言うためにリトラー司令がいらっしゃったのですか?」
 そんな、誰かを使えば済むだけの言葉。それだけのためにリトラーは来たというのだろうか。
 自分の上司の考えなさにハロルドはため息をつきそうになった。
 おそらく彼は自分か落ち込んでいると思ったのだろう。
 そんなことはない自分は落ち込んでなどいない。
 確かにカーレルが居ないということは違和感が付きまとうそれを気にしさえしなければなんという事ないのだ。
「そして、ハロルド君」
「なんですか」
「空を取り戻そう。皆が待ち焦がれている空を。いた空を。澄み渡る青空を朝靄の雪原を山に沈む太陽を。満天の星空を、緑はためく大地を。命輝く青き海を」
「っ…」
 リトラーの言葉にハロルドは言葉を詰まらせる。
 今のリトラーのその言葉はカーレルが言ったものだ。
「司令っ」
「君は私が君を慰めに来たとなど思ったのかな?残念ながら私は地上軍の中枢にいる人間の正確は熟知しているつもりだ。君は悲しんでいるのではなく、気が抜けているのだろう?今はまだ悲しみは訪れないかもしれない。だったら今のうちにやれることはやってしまおうじゃないか。悲しむのはそれから後でも悪くないだろう?」
「参りました。司令にはかないません。さすが最高司令!これ、神の眼およびベルクラントと並びに外殻大地に関するデータです。破壊後のデータおよび降下後のデータはもうちょっと待ってください」
 いつもの通り早口にまくし立てながらハロルドはリトラーに資料を渡した。
 そして、リトラーが入ってきたときはどこか緩慢だった動作が調子が戻ったのか落ち着きなく動き回っていた。

「リトラー」
 海に沈めるため補修されているラディスロウを見ているリトラーに声をかけたのはクレメンテだった。
「どうかしたのですか?クレメンテ老」
「ハロルドから聞いたぞ。ラディスロウのメインコンピューターに自分の人格を投影したとな」
 聞かれるであろうと予測していた言葉を聞かされてリトラーはかすかに苦笑しながらクレメンテに答える。
 ハロルドに口止めしておくべきだったか?
 そう思ったのだが、意味のないことだとすぐに思い直した。
「えぇ。何かの時の予防策として」
「わしらのソーディアンだけでは不安か?」
 クレメンテはどこか不満そうに年下であるリトラーに向かって言う。
 もしもの為の予防策。
 厳重に隠される神の眼が誰かに悪用されるとも限らない。
 その為の予防策として、ソーディアンは各地に安置される。
 ディムロスは西の大陸に、アトワイトは今建造中の神殿に。
 イクティノスは地上軍が存在した地に。
 シャルティエは東の大陸に。
 そして、クレメンテは今海に沈もうとしている地上軍の輸送艦であったラディスロウにそれぞれ安置される。
「ラディスロウを動かす者も必要でしょう。ソーディアンは前戦突撃用。ラディスロウは後方支援用。外殻まで向かうには、ラディスロウが最適でしょう?それに、後方についてるものも居なくてはなるまい。ではないですか?」
「確かにソーディアンのマスターがラディスロウを動かせるとは言えんのう。事実、ワシは動かせんのだから。でどこに沈むんじゃ、ラディスロウとワシのソーディアンクレメンテは」
「北の大陸の近くに」
 はっきりとは言えない。
 北の大陸は、天上軍のゴミ捨て場であった。
 言葉通りのゴミと流刑地としてのゴミ。二通りの意味があったとしても。
「流刑地……の近くか。それはそうとして」
 詳しくは聞かず、クレメンテは話を変える。
「ストレイライズの湖の事じゃ。あそこで今何やら建てておるようじゃが」
「神の眼を隠す為に神殿を建てているんです。そこに神殿を建てて…。民間信仰が、言い方が悪いかも知れませんが役に立った。天上軍に勝ったことで大地の女神アタモニが地上軍の勝利の女神として人々が受け入れている。神の眼を隠すのには人の目があるほうが逆に目につかないだろうと」
「なるほどの。むやみやたらに警護の人間が目立たなくなるというわけか。…」
 そう言って物憂げな表情をクレメンテは見せる。
「クレメンテ老いかがなされた.」
「破壊出来ぬ程の強大な力か…」
「ハロルドの話を聞きましたか?」
「いや。わからいでか…。あの眼の前に儂らは立ったのじゃぞ?ミクトランがその力を行使しているその前に」
「そうでしたね…。彼女の話では、神の眼を破壊するにはソーディアンを犠牲にするしかないそうです。そして、その破壊時の影響は、彗星が落ちてきたとき同等だそうですよ。元の木阿弥だそうです」
「だから、隠す以外にない…か」
「えぇ」
 犠牲にする案も出たことはでた。
 が、ソーディアンを行使するのはそれの使い手達。
 ソーディアンは彼らの精神。
 自分であるのと同意なのだ。
「…ディムロスとアトワイトが結婚式を挙げるそうですよ」
 重い沈黙が支配したその場を和ませるようにリトラーはまるで思い出したかのように言う。
「とっくに知っておるわ。儂は、アトワイトの父親役に任命されたぞ。あの若造にアトワイトをやるとは思ってもみなんだ…」
「私は神父役でしたっけ?」
 明るい話題を見つけて、話さなくては気が重い。
 この先何が起こるのかは判らない。
 だが、何が起こったときのために手はうたなくてはならない。
 リトラーは今はもう海の底を潜行しているラディスロウの姿を思い浮かべながら空を見上げる。
 空気が澄んだ空は、久しく見なかった青空だった。
あとがき
えっと……………。
リトラーの苦悩でしたが心情に変更。
ってどこが心情?ってなりましたが。
PS2TOD&PSPTOD2発売記念です。
この後一回ハロルドとジューダスの話が入って、リオンに向かいます。
公式なんてぶっ飛ばせ企画第二弾(第1弾はFF10)。
ではなるべく近いうちに………。


index