「カコーン」
鹿威しのいい音が庭から聞こえてくる。
「いい音……ですね」
「うん」
茶碗に口を近づければ注がれてる煎茶が香立つ。
「このわらび餅おいしーね」
「おま、俺のまで食うなよ」
「お茶はこのトルテに良く合います」
「甘いものと苦いもの。相反するようですけど似合うものです。コーヒーも同じです」
「そうですね」
「あぁ、静かで良いな」
「えぇ、全く静かで良いですね」
少し強めの風が吹き、木々をゆらし葉風をならす。
「うるせえヤツらがいねーからな」
「そうね、あんたが大人しくローデリヒさんに構わなければ問題ないわ」
「けっ、お坊ちゃんがすまし顔でピアノ弾き出さなけりゃな」
「ローデリヒさんのピアノのドコが不満なのよーーーー!!!」
『ゲイン』
見事なフライパンの音と、鹿威しの音がきれいなハーモニーを聞かせる。
それでもいつもより断然静かな午後。
そんな午後にどうしても聞きたくなった。
「あなたは…どうして…平気なんですか?」
と。
ある日、ある時。
日本で、国際会議が開かれると言う事で、菊ちゃんは大忙しだった。
もちろん、メイン会場の一つである東京の仕事も忙しい。
サブメインの会場の県と連絡を取り合いながら、会議の準備を進めた。
そんなおかげか、無事何事もなく会議は終了し(会議内容はともかくとして)今日、みんなが帰国する前の晩にお茶会兼食事会を催す事となった。(メインはお茶会というなのお菓子大会)
突然決めた事なのできちんと皆をもてなせるか心配。
とはいえ、人数はいつもに比べたら少ない。
あたしに、菊ちゃんにティノさんに伊兄弟と独兄弟にローデリヒさんとエリザ。
総、今回集まったのは時々食事会を執り行う元枢軸の面々。
いや、他のメンツも呼んで良いと思うけど、問題児がいる。
そう、メシマズ兄弟なアルとアーサー。
メシマズ兄弟にお茶会を邪魔されるのは敵わない。
と言うわけで、一つの問題はある物の静かに過ごせるこの面々となったというわけだ。
フランシスさんのお菓子とかイヴァンさんのお菓子とかにーに……はいいか。なんかちょっと怖い。
なお菓子食べてみたかったんだけど。
特に日本にあまりなじみのないロシアのお菓子なんか興味あるんだけど。
まぁ、いつでも食べれるものより時々しか集まれないこの食事会(と言うなのお茶会)の方が大切だよね。
「コレ、ちゃんが作ったの?ぷるぷるしてておいしーね」
とフェリシアーノが何個目かのわらび餅をつつきながら言う。
「それは良かった。自信作なんですよ」
にっこり笑顔で菊ちゃんが言う。
あんこがあまり得意ではないヨーロッパの面々の為に菊ちゃんは大量のわらび餅を作った。
白玉団子も。
トッピングにはあんこもみたらし(これは白玉専用)もきな粉も完備だ。
「え?そうなんだ。ちゃんはなんか作った?」
「え?たいしたの作ってない……かな?」
うん。
「そうなのか?でもオレ達のお菓子楽しみにしてたんだぜ」
「そうなの?」
あたしの言葉にロヴィーノが頷く。
「だって、バレンタインのチョコくれなかったじゃねーか」
あ、あれはっっ。
「そうだよ、オレ達すっげー楽しみにしてたんだよ?」
伊兄弟にダブルで言われる。
まさかバレンタインの事を今更持ち出されるとは思いも寄りませんでしたよ。
「だって、日本じゃ女の子が男にチョコを作って渡すんだろ?からどんなのが来るのかってすっげー楽しみにしてたのに」
「そうだよ。兄ちゃんなんてさぁアントーニョ兄ちゃんの誕生日そっちのけで楽しみにしてたよね」
「あったりめーだろ?あの野郎の誕生日なんか何で楽しみしてなきゃならねーんだよ」
ははははははは。
はぁ。
作らなかった事が今のしかかってくるなんて思いもよらなかった。
アーサーには言われなかったけど。
「あら、フェリシアちゃん達にもてっきり送ったのだと思ってたわ」
エリザが驚いた様子で言ってくる。
いやぁ……さぁ……。
「え?エリザさん貰ったの?もしかしてオレ達だけ貰ってないの?」
「そ、そーなのかよ」
だからね、そうじゃなくて。
泣きそうな二人になんと言っていいか。
と言うか、素直に答える。
「あげたのは菊ちゃんとエリザとメイちゃんとベルだけなの」
つまりまぁ、友チョコって奴だ。
ホントはね、あげようと思ってたんだ。
皆にも。
どれだけ作らなきゃならないんだー。
って思ってたら、そんな気なくしてしまったわけ。
一人にだけって言うわけにも行かないし。
「……一人?」
「一人?」
「なんでちゃんが聞いてくるの?」
「え?」
「好きな人じゃないの?」
え?
ティノさんの言葉に皆の視線があたしに集まる。
「え?そんな事ないです」
うん、ないです。
好きな人なんていないです。
「おや、ではまだ自覚してないのですね」
涼しげにお茶を飲みながらローデリヒさんは言う。
自覚ってなんですか、ローデリヒさん!!!!
周囲の空気は止まったままティノさんだけが興味津々って感じで聞いてくる。
「気づいてなかったの?僕はてっきり気づいてるんだと思ってたんだけど」
え?
ティノさん、何を言うの?
「僕はベーさんに言われて気づいたんだけどね。でもこの中にいて自覚って言うのは結構難しいのかもしれないね」
くぁwせdrftgyふいこlp !!!!
だから、自覚ってなんだ〜〜〜〜。
「まぁ、ちゃん、焦る事はないと思うよ、」
ニコニコ笑顔のティノさんと涼しい顔のローデリヒさんとは対照的に困ってるルートさんと苦笑いの菊ちゃんと唖然、呆然としてる残り面々。
そんな空気の中、あたしを救ってくる良い香りが漂ってきた。
甘い、甘い、チョコレートの薫り。
台所のオーブンから漂ってくる。
「、良い香りがしてきましたね」
菊ちゃんの言葉に頷く。
「あと数分でしょうね。できあがりが楽しみですね」
「うん」
あたしと菊ちゃんの会話を聞いていたフェリシアーノがいち早く復活したのか
「ちゃん、チョコレートのお菓子作ったの?どんなお菓子?ちゃんみたいにきっとすっごく甘いんだろうね」
あ、あのぉ、さりげなくそう言うの止めて欲しい言葉をフェリシアーノは言ってくる。
「あんまり期待しないで、上手くできてるか分からないんだから」
「そんな事ないだろ?の作った奴ならきっと全部上手いと思うぜ?楽しみだよな」
ロヴィーノまでそんな事言う。
ホント、期待しないでほしい。
上手く行くか分かんないんだから。
お茶会が始まって少し時間がたってからオーブンに放りこんだフォンダンショコラ。
9個分だからちょっと多いんだけど。
それはそれ。
「何作ってるの?」
「できあがるまでの秘密にさせて。まぁ、大体想像は付くと思うけどね」
「楽しみね」
エリザの言葉にあたしは頷く。
ちょうどオーブンの音が鳴ってあたしは台所に走る。
「手伝いますよ」
菊ちゃんがやって来る。
オーブンから取り出して
「あちっ」
「あわてなくても大丈夫ですから、落ち着いてください。その分では落としてしまいますよ」
それは嫌!!
「じゃあ、落ち着いて持って行きましょうね」
菊ちゃんの言葉に頷いてあたしはできあがったばかりのそれをお盆にのせて皆の待つ所へ向かう。
「お待たせしました。が作ったフォンダンショコラですよ」
皆の所に置く。
「上手く出来たか分からないけど、どうぞ」
いや、ホント成功したか、してないか、中を開けるまで分からないのがこのフォンダンショコラの怖いところで。
焼きすぎになってませんよーに(そしたら焼チョコレートケーキ化)。
ドキドキ緊張しながらフォークを差し込む。
「ちゃんと出来てるわよ。このとろっとしたチョコレートがおいしそうね」
「焼き具合もちょうど良いな」
エリザとルートさんが誉めてくれる。
うん、ホントおいしそうに焼けた。
とろとろのチョコレートも、さくさくのケーキ生地も。
良い感じに出来た。
うん、スゴく納得。
「、言ったとおりだろ?すっげー上手い」
「ありがとうロヴィーノ」
「ヘヘヘ、じゃあ、来年のバレンタインは楽しみにしてるね。コレ、すっげーおいしいし」
だから嬉しいんだけど、フェリシアーノ期待するのは止めて。
「期待するなって言うのも無理だと思うよ。ちゃんの作ったこのフォンダンショコラ本当においしいし」
ティノさんまでありがとう。
「菊ちゃん誉められてばっかりで恥ずかしいよ」
「素直に誉められておけって。マジでうまいぜ?俺様には負けるけどな」
ははは、はいはい。
ギルの俺様発動は軽く交わしておくに限る。
誉めてくれるだけで良いのにな。
「おまえ、俺様に冷たくないか?」
「そんな事ないよ。俺様発動されるとちょっとイラッとくるだけ」
「あははは、確かにイラッと来るって言うかいらつくわよね」
「なんでおまえに言われなきゃならねーんだよ」
「あら、もっと言って欲しいの?なら言ってあげてもいいわよ。いらつくよりもウザイって。大体、いつもローデリヒさんに文句言ってくるし、ちゃんに近づくし」
「今のと関係ねーだろーが!!ローデリヒに文句言おうがに近づこうがテメェには関係ねーだろう」
はぁ、また喧嘩始まった。
なんて根深い二人なんだ……。
「エリザベータ、ギルベルト、いつもと違う静かなこの時間を壊すつもりですか?」
やっぱりローデリヒさんは涼やかに二人をそう諫める。
「済みません、ローデリヒさん」
すぐに引くエリザと
「けっ」
と悪態をつくギル。
そんな二人を一瞥しただけでローデリヒさんはヤッパリ涼やかにコーヒーを飲む。
ローデリヒさんはどうしてそんなに穏やかなんだろう。
あたしはどうしてか心がざわめくから、どうしても…態度が可愛くなくなる………気がするような…。
それが原因?
******
だから、あたしは聞いてみたかった。「あなたは…どうして…平気なんですか?」
いつもその時は沈静としているその人に聞きたくなった。
いつもと同じ風景を止めもせずにただ諫めるだけで終わらせてしまうその人に。
深い意味も自分の意図も自覚せずに。
******
「いつ見ても立派なピアノですね」
ローデリヒさんはあたしの部屋のピアノを見て言う。
鍵盤のふたを開けて一音ならす。
「練習してますか?」
「一応」
「……の、ようですね。音の歪みはあまりありません。調律を頼まれましたが……それほどでもないですね。菊でも充分対応出来る部類です」
そう言ってローデリヒさんはさらりと弾く。
これは、弾いてもらえるフラグかしら?
「たまにはリクエストを聞きましょう。何が良いですか」
え?とっさには浮かびません。
「では今のあなたにふさわしい曲と言えるかどうか分かりませんが…、私がこういう時弾く曲をあなたに弾いて差し上げましょう」
と言いローデリヒさんはピアノに手を置き軽快に弾きだす。
ベートーベン、ソナタ14番、月光、第2楽章。
その様子が湖に浮かぶ月のようだと称された、深くしずんだ第1楽章とは違って浮揚感ただよう明るい2楽章。
3楽章は嵐のような速さが待っている。
でも何故、2楽章なんだろう。
「1楽章ほど重くない2楽章だからですよ。今のあなたにはこのくらいがちょうど良い。」
なるほど。
「何か私に聞きたい事があるのではいないのですか?」
ピアノを見てくれと言ったのは菊ちゃんだ。
菊ちゃんはあたしが思う事を気づいていたのだろうか。
「ローデリヒさんは…平気なんですか?」
何を聞こうとしているんだろう。
どんな答えを求めているんだろう。
ローデリヒさんはなんと答えるのだろう。
あたしは……どうしたいんだろう……。
「私は、名前を呼びます」
ローデリヒさんはあたしが何を聞きたいのか、あたしすら分からないそれが分かったのかそう答える。
「名前?ですか?」
「そうです。名前を呼びます。名前は特別な意味を持つ。そうではありませんか?」
ローデリヒさんはそう言う。
「あなたは、私が平気そうに見えるとおっしゃいますが……案外見せかけだけなのですよ」
そう言ってローデリヒさんは3楽章を弾き始める。
「あ、あの!!」
「私にとってベートーベンは苦悩です。私の心の中はこの3楽章のようなのですよ」
「ちょっと待って下さい!!!」
ローデリヒさんの体を揺すってあたしは止める。
「なんですか?。折角気持ちよく弾こうとしていたところを」
「どうせなら1楽章から聞かせてください」
勿体ない!!!
折角ローデリヒさんが弾いてくれるって言うのに!!!
「仕方ありません、特別ですよ」
そう言ってローデリヒさんは月光を1楽章から弾く。
低音響く三連符。
恋人に捧げられたソナタ14番。
ベートーベンの死後、月光と詩人によって名付けられた曲。
ベートーベンはその恋が上手く行かない事を分かってたはずだ。
それでもこの曲を彼女に捧げた。
彼女はうまくいかない事分かってたのかな?
あたしは………………。
あたしは考えるのをやめにしてローデリヒさんが奏でるピアノに集中する事にした。
******
皆がいる所に戻る。
「ローデリヒさん素敵でした」
本当に嬉しそうにエリザが言う。
「けっ、自慢げに弾きやがってよ」
「あたしが感想言おうって言うときに邪魔しないで!!!」
悪態付いたギルにエリザがフライパンを振り下ろす。
「に頼まれたから弾いただけですよ。あなただって自慢げにフルートを弾くでしょう」
「自慢げじゃねぇよ。俺様は上手いからな、自慢する必要も無く世の中が俺様を称えんだよ」
「誰も称えてなんていないわよ!!!」
って言うかギルってフルート弾けるの?
「あぁ、兄さんの唯一の特技はフルートなんだ」
「唯一って言う訳じゃねえよ!!」
聞いてみたいかも。
「ちゃん、コイツのフルートなんて聞く必要ないわよ。雑音に近いんだから。ローデリヒさんの邪魔するんだから」
「いつ邪魔したよ」
「前邪魔したでしょう?ローデリヒさんが忘れても私は忘れてないわよ!!
「別に私は気にしてませんよ、エルジェーベト」
「は、はい。ローデリヒさん。私も気にしません」
エルジェーベトと呼ばれたエリザは一瞬驚いた後満面の笑みを浮かべる。
なんて幸せそうな笑顔なんだろう。
エリザと出会って初めてそんな笑顔を見た気がする。
ローデリヒさんも少し笑顔を浮かべてる。
そんなエリザに毒気を抜かれたのかギルはため息付いてしまった。
エルジェーベト?ってえっともしかしてハンガリー語読み?
嬉しそうなエリザの顔をジッと見つめてたら
「どうしたの?」
ここで聞く事をためらわれてしまったので、思わず連れ出す。
「もう、ホントにどうしたの?」
「なんか、えっとエリザが幸せそうだったから、あたしまで嬉しくなったって言うか」
「えぇ、幸せだわ」
「えっとエルジェーベトってエリザベータのハンガリー語読み?エリザベータってドイツ語の名前だよね」
「えぇ、そうね。エルジェーベトが本当の名前の呼び方。わたしね、ローデリヒさんのおうちに行ってからずっとエリザベータって呼ばれてたの。それにすこし慣れちゃったのかな?だから皆に呼ばれてもあんまり気にしないって言うか…気にならないって言うか……。でもね、でもね、ローデリヒさんだけなの。ローデリヒさんは時々、私の名前、エルジェーベトってちゃんと呼んでくれるの。ホントに、ホントに時々よ。時々なんだけど。でもそれがスゴく嬉しいのローデリヒさんはちゃんと私の事認めてくれてるんだって」
「……あたしもエルジェーベトって呼んだ方がいい?」
なんとなくそんな事を思ってみる。
「だめ。呼んで良いのはローデリヒさんだけだもの」
あ、なるほど。
そっか……こういう事か……。
「特別になった名前って事?」
「そうよ。特別なの、ローデリヒさんが呼ぶ事で私の名前は特別になるし、ローデリヒさんの事も私が呼ぶ事で特別になるのよ」
話を振ったのは私だけど、なんかすっごい照れる。
「なんか、照れるわね。戻りましょう」
「あ、先、戻ってていいよ」
エリザの言葉にあたしは何故かそう答えた。
「そう?………」
「何?」
エリザは少しだけ困った顔をしている。
「なに?エリザ」
「なんでもないわ」
エリザはそう微笑んだ。
そして先に戻っていってくれる。
あたしは……何を今思ってるんだろう。
分かってるような、分かってないような。
気づきたいような気づきたくないような。
「」
呼ばれて振り向く。
「菊が戻ってこないおまえを心配してたぞ?何してんだ」
そこにいたのはギルで、そして近づいてくる。
「え、えっと……」
ちょ、ちょっと……なんかどうしようと思い切り戸惑ってる。
「えっと……あのね」
あたし、何を言うつもりなんだ〜〜〜。
ギルがニヤッとわらってあたしの顔に手を伸ばす。
伸ばして……だから
「つまむなー!!!人のほっぺたつままないでよ!!」
「おまえ面白い顔してたからな!!」
「してないわよ、ギルのバカ!!!」
「ほら、落ち着いたんじゃねえのか?」
何が落ち着いたんじゃねーのかだ!!
余計、落ち着かないわ!!
あぁ、もう理由分かったけど、なんかもーあれすぎる。
「まぁ、なんだ、すぐに戻れよ」
そう言って踵を返す。
とっさだった。
思わず、ギルのシャツの裾をつかむ。
「おまっ。こけるところだったじゃねえか!!」
「コレ、あげる」
ポケットが付いてる服で良かった。
そこに、昨日作ったチョコクッキーを何故かラッピングしてしまったのが入っていて、それを渡す。
2枚しか入ってないけど。
あまったチョコで作ったクッキーだけど。
菊ちゃんと二人で食べた残りだけど(何故か菊ちゃんに大量に食べられてしまった、ぐすん)。
でも、
「ギルベルトに……あげたかったの」
素直に口をだしたら何故か、素直に気持ちが心に落ちついた。
「………。Danke. 」
そう言ってギルは微笑む。
あたし……自覚したのかも知れない。
そう思った。