派手な事が大好きな御館様は、最上階の天守閣に黄金の茶室を造られた。
コレにあこがれた猿が自分も作るって……後々言い出したときはふざけんなと殴りたくなった。
「樋乃……外が見てー……見たいです…、このやろー」
近くにやってきたロヴィーノを抱え上げる。
「コレで見えますか?」
「あ……あぁ、すげー」
ここからなら琵琶湖が見える。
きらきらと太陽を水面に映す。
ここから兄様の居る京は遠い……そんな事を考えた。
「世界…ですか?」
殿は椅子というものに座り球体を回す。
地球儀と言うものらしく、南蛮人からもらったのだという。
そう言えば、今城内にいる南蛮人の一人はことさらかわゆらしい。
「ヤツらが海を越えてきている。オレ達は海を越えちゃいない。それがどういう事か分かるか?」
彼の言葉に私は首を傾げる。
「やっぱり分からねえか。手段は違うが、あいつらがやっていることは鎌倉の源氏の時代に筑紫にやってきた元寇みたいなもんだ。…つまり、ヤツらがこの国を狙っていると言う事だ」
「狙っている……御館様が他の国を攻めるのと同じようにですか」
「だが、連中とオレ達がやっているのじゃ規模がちがう。コレを見ろ」
御館様はその球体を回し、一つの所で止める。
「ここが、日本だ」
「……ここが、我が国ですか?」
「あぁ」
そこに描かれたのは、何ともあやふやな形。
兄様を知っているだけに…何とも複雑な気持ちだ。
「ここは連中にとって世界の果てだって言う。夢の国なのだとさ。オレにはそうは思わねえ。戦いだけの国がどうして夢の国だと言える。明もそう思ってるさ」
「でも、蒙古は攻めてきた。この国が、……黄金の国だと信じて。にーには、前伝説の国だと思ってたっていう」
「海の向こうの幻想って奴だ。、オレ達はこの国を強くしなくちゃならない」
「強く」
「あぁ、連中の様に海を渡れるぐらいに強く」
御館様の見ている先はドコなのだろう。
この方にお仕えするようになって早幾年月、この方の先を見通せた事は一度もない。
果てがないのだ。
「あぁ、菊もそうだが、お前も好奇心が旺盛だ。けど、菊に行かせる訳にはいかねえからな。、お前が海の向こうを見てこい。行きたいんだろ?あのろう゛ぃーのっていうガキといつも話してるじゃねえか」
この城にいる南蛮さんの一人ロヴィーノの事を思い出す。
とてもかわゆらしいのだ。
「でも、御台様には……」
「行ってらっしゃい、」
「御台様」
「あたし達だけの時にはそう呼ぶのは止めてって言ったでしょう。あたしの事は帰蝶って呼んでって」
「おい、何で帰蝶なんだよ、こら」
「クスクス、お濃だったよね」
「てめぇ」
目の前で幸せを見せつけないでください。
独り者には寂しいのですよ。
遊び相手だった永姫様だって嫁入りされるって話だし。
「でね、、あたしと、信長様の代わりに見てきて、世界を。ホントだったら、信長様は見に行きたいのよ、好奇心旺盛ってこの人もそうだもん。あたしも信長様が見たいって言う世界を見たいの」
濃姫様がそうおっしゃられる。
「良いんですか?」
「行けって言ってんじゃねえか」
「帰ってきたら話聞かせてね」
仲の良い信長様と濃姫様夫婦は、あたしにそう言う。
「分かりました。御館様と御台様のご命令により、私は、西の国に見聞へと参ります」
「硬い」
「うっっ。行ってきます、信長様、濃姫様」
あたしは天守閣の上でそう答えた。
*******
馬を走らせ、堺の港まで来る。
「ん?日本やんか、何しとるん?」
息を切らして馬から下りた私にイスパニアが声を掛ける。
「イスパニア殿が、欧州に戻られると聞いて、やって参りました」
「なんや、日本もこっち来たいん?」
「違います。……安土の事です」
「ちゃんの事?」
「………そうです」
彼はの事を安土と呼ばず、名前で呼ぶ。
どちらでも構わないのだが……何となく気にくわない。
それは今まで外の国にあまり出会わなかったからだろうか。
交易じたいは今は亡きローマ帝国やペルシャなどともあったが、彼らにはあったことはない。
正直言えば物珍しいと言った方が正しい。
私や、明の耀より高い背、白い肌、彫りの深い顔立ち、極めつけはその瞳と髪だ。
何もかもが自分たちと違う異質だった。
「に何かあったら、私は貴公を許さない。二度とこの国の敷居をまたぐ事などできないと思って欲しい」
そう言って外切に鯉口を切り、彼に気づかせる。
その音に気づいたイスパニアは私の手元に目をやり、ため息をそっとついたようだった。
「分かっとるわ。…そないな事絶対せえへん。神に誓うたる」
「貴公の神への信心深さを信じたい物ですね」
「せやから、刀、直してくれへん」
「良いでしょう」
そう言って私は刀を鞘に収めた。
「兄様」
声が聞こえる方に視線を向ければ、そこにはと数荷のつづらを荷車に乗せた椎(美濃)と杜若(尾張)と、安土の城に滞在していた南蛮人の少年だった。
「どうしてここに?」
「が、南蛮に見聞に行くと聞き…見送りに参りました」
「御館様と御台様の命令なのです」
「知っておりますよ」
私の言葉に椎と杜若は困ったような表情を見せる。
の言う御館様と御台所は彼女たちの直属の上司なのだ。
「菊様、申し訳ございません。私には止められませんでした」
「全く、だからやんなっちゃうのよ。あいつが上司なんてホント頭が痛い……」
落ち着いた椎(長刀もって戦場を駆け抜けられるぐらいに強いが)と案外しっかりしてる杜若(上司が上司だけに時に驚く事もしかねない)が一緒だから大丈夫だろう。
「大丈夫ですよ。それよりも、をお願いします」
「分かってるって。あたしもちょっと南蛮楽しみなんだよねぇ」
「お任せくださいませ。菊様」
そう言って二人はつづらを船に載せる指示を出す。
「貴女の航海が無事でありますよう、八幡の神にお頼みしておきましょう」
「ありがとうございます、兄様。兄様こそ、ご無事で、京までお帰りくださいませ」
「、あまり、無茶をする物ではありませんよ」
「分かってます」
「菊、はオレが護るから心配ないからな」
足下からロヴィーノ君がそう言う。
「ならば、お願いします。ロヴィーノ君」
「あぁ。オレに任せろ!!!」
あちらで言う騎士がにはついている。
大丈夫でしょう。
「アントーニョ殿。これからも貴公とは友人でいたい……。をよろしく頼みます」
「……もちろんや、菊。お姫さんは絶対に危険な目には遭わせへん。絶対連れ帰って来たるわ」
そう言って船に乗り込んでいく。
これから長い航海が始まる。
私は、西の地で何が待っているのか知らない。
ただ彼らの航海が無事であるよう、海の守り神八幡に祈願する。