Wild Heaven
 ゆっくりと覚醒していく意識の中で目覚めたことに気付いた相手は「まだ寝ていろ」と静かに頭を撫でながら言う。
 そのいつもは滅多に聞くことが出来ないと言うかしてくれない優しい声色に思わず安心したのか急激に落ちていく意識の片隅で、額に落とされた口付けが引き金になって眠りに落ちていった。
Wild Heaven 〜海で恋して〜
 目を開けてゆっくりと起き上がり、香は隣に寝ているはずの人物の姿がない事に気が付く。
 確か…一度目を覚ました時にはいたはずで…。
 その時は、もう少し寝ていろと言われたのは…夢うつつに聞いていたような気がする。
 では何故いないのだろうか。
 香の中で昨日の事が夢なのかと思わず錯覚してしまう。
 が、夢であるはずがなく。
 起き上がるにも動くにも昨日の事が夢ではないと知らせているようで香はその場に誰もいないのに布団の中に潜り込んでしまう。
 そして布団からこっそりと顔を出してあたりを見渡せば、いつも見慣れている部屋ではなく、いわゆる『もっこり美人』なポスターがそこかしこに貼られているタバコ臭い撩の部屋であって。
 どう考えてみても夢じゃないのは確実だ。
 今、いない事はどことなくラッキーな事じゃないのだろうか……。
 と香はそう思い直す。
 正直言えば、どういう顔をして撩の顔を見ればいいのか分からなかったし、どういう態度もとっていいのか分からないからだ。
 生来、照れ屋な香にとって初めての体験+αな状態なのだから。
 ともかく、シーツとタオルケット等々洗濯しなくてはならない物を身に纏ってそうっと部屋のドアを開ける。
 そして静かに顔を出し、階下の気配を探る。
 撩のパートナーとなって数年。
 気配ぐらいはさとれないとまずいと思った香は気配を探るなら一級である泥棒稼業のかすみに頼み込んで気配の消し方、さとり方を覚えた。
 そのかいあって敵の気配に気が付くようになったし数回に1回ぐらいは隠している撩の気配に気が付くようにもなった。
 もっとも撩の場合、本気で隠したらまったく分からないが。
 まさか、今全開で気配を隠しているわけじゃないだろう……そう思って気配を探れば撩の気配がない事が分かる。
 ほっと一息、ゆっくりと階段を下り、リビング内部の気配を探りつつ自分の部屋に入って一息つく。
 はぁ。
 思いっきり大きな息を吐いて自分が思った以上に緊張を強いられていたのかと分かりもう一度息を吐いて、着替えを探す。
 そしてそのまま風呂場に向かい、洗濯機に洗濯物を突っ込んで、洗濯機を回し、自分はシャワーを浴びた。
 身体も頭も洗いすっきりした所で風呂場を出る。
 風呂場で昨日の事を思い出した時は顔を赤くして地団駄を踏んでしまったが。
 着替えに身を包みながら、やっぱり自分の服が安心すると妙な所を考えながらドライヤーを濡れた髪に当てて、ふと撩は何処に行ったのかと考える。
 ………まさかナンパ?
 撩だけにそういう事もあり得ると考え香は落ち込む。
 まさかねぇなんて打ち消してみても、撩の過去の言動からあり得るだけに否定しても否定しきれなかった。
 ため息をついて、生乾きのまま香はキッチンへと向かう。
 時間はお昼時。
 そう言えばお腹が空いてきた事に気が付く。
 …………そして思っていた以上に眠っていた事にため息をつきたくなった。
 伝言板見に行ってない。
 ご飯食べたら見に行こう。
 ナンパしてる男なんて知らない!!!!
 怒りと共にキッチンに向かえば、コンビニ弁当ではあるがすでに食事の準備といつものコーヒーと、撩の姿があった。
「……撩、あんた何処に行ってたの?」
「や〜っと起きたか。って香、髪ちゃんと乾かせよ」
 そう言って撩はタオルを持ってきて座っている香の髪の毛を拭く。
「じ、自分でやるわよ。それよりあたしの質問に答えてないじゃない」
「あぁ?見れば分かるだろ?コンビニ」
「ナンパ行ってたんじゃないんだ」
 憎まれ口をたたく香に撩は苦笑する。
「何よ」
「お前、放っておいて行くと思う?少しはおれの事信用しろよ」
「出来る部分と出来ない部分があるって言うの分かっていってる?」
「タハハハハ…そう言われるとつらいけどな。まぁ、今日は…ねぇ」
 何かを含み持たせて、香の頭に撩は軽く口付ける。
「な、何すんのよ!!!!」
 そう言って思いっきり顔を撩に向けた香は穏やかに笑っている撩の顔を見て一気に赤面した。
 穏やかな笑みで、今の今まで忘れていた昨日の事柄を思い出してしまい、思いっきり顔をそらす。
「も、もう、乾いたでしょう?お腹空いたから、先に食べるわよっっ」
 昨日の事を振り払うように香はそう言ってお弁当のフタを開けて食べ始める。
 その様子を見ながら昨日はあんなに可愛かったのになんて香が聞いたら卒倒しそうな事を思いながら撩はまだ乾ききっていない…正確に言えばほとんど乾いているのだがこのまま離れるのがもったいないので……香の髪の毛を乾かす。
「ねぇ、落ち着いて食べられないんだけど」
「ん〜、気にすんなって」
「って言われたって……もう、乾いたでしょ!!いい加減にあんたも食べなさいよ。どうせ片づけるのはあたしなんだから」
 きわめて冷静を努めながら香は言う。
 傍から見れば視線はさまようし、落ち着かないしと冷静さは何処にもないのだが。
「へいへい」
 これ以上はお小言はごめんだと言うばかりに撩は席に座り、お弁当を食べ始める。
 と、沈黙があたりを漂う。
 今まで食事の時って何話してたっけ?
 訪れた沈黙を気まずく思いながら二人は以前の事を思い出す。
 実は緊張をしていたのは香だけではなく撩も同じで。
 香が一度目覚めた時に目が覚めてしまって、それから全く眠れずに。
 緊張していたと気付いたのは、香を起こさないでご飯でも用意してやろうと思い立ち、着替えて外に買い物に出た時だった(作ろうと思わないのが撩らしい)。
『兄の親友と言う立場』という枷を自分にかけてしまった時間はかなり長い間で合った為に、それを解きほぐすには長い時間がかかった。
 それ以上に自分は裏の世界の人間。
 そんな自分の側にいては不幸になると思っていた事もプラスされていた為、香に手を出すと言うのは撩にとって禁忌にも近い物があった。
 それでも……と思いながらようやく昨日だ。
 長い事隠していた思いは相当だったらしく、撩は今の自分の状況に苦笑せざるを得ない。
 多分、今、誰かに見られたら相当浮かれている自分が見れるだろう。
 で、今日中に新宿中に広まるんだ……。
 などと、考える。
 まぁ、そんな事になる前に噂をばらまいた奴を消すぐらいの度胸はあるが。
 まだ、からかわれるのは勘弁願いたい。
 撩の相手は新宿のアイドル(本人知らない)なのだから。
 敵をわざわざ増やすような事はしたくない。
 だいいち飲み屋に行けなくなる。
 美人なお姉ちゃんがいるクラブにも行けなくなる。
 だいたい自分の回りにも彼女が心配だと言う奴らばっかりなのだから。
 一体おれの存在ってなんなんだ。
 と呟きたくなるぐらいに。
 新宿中で彼女を知らない人間はいない。
 裏の世界でも彼女の事は知れ渡っている。
 撩の相棒と言う事以上に。
 本人は気付いてないが、相当の事をやらかしている。
 撩の影に隠れて目立ちはしないが。
 海坊主直伝と言うトラップの腕の噂は広まっている。
 裏社会No.1の撩の相棒という地位に5年以上も納まっているのだから。
 有名になってもおかしくない。
 それを、気付かせたくはなかった。
 周りの人間が気付いても、香には気付かせたくなかった。
 彼女には出来れば自分の側にいても光の当たる存在でいて欲しかった。
 自分が香に出来る最大の事で。
 それは撩の我儘でしかないのかも知れないが。
 それでも……香が悲しむ顔だけは見たくなかった。
 香が望む事だけを出来るならばとこっそりと思う。
 現実として、自分の性格からしてそれは難しいと撩は考えるが。
 食事が終わって、コーヒーを味わう。
 香はまだこの状況になれないのか違う方に身体ごと向けてコーヒーを飲んでいる。
「香」
 撩が香を呼ぶ。
「な、何?」
「どこか行くか?」
 振り向いた香は、穏やかな視線を自分に向けている撩に気付く。
 どこか苦笑しているようでもあり照れ臭そうにしているようでもあり。
 なんだかそれがおかしくって香は素直にうなずく。
「準備してくる」
「その前にどこ行きたいか言えよ」
「海」
 そう言った香に撩は嫌そうな顔を向ける。
「嫌なの?」
「今更海行ってどうすんだよ。もう、夏も終わりじゃネェか?」
「泳ぎたいって言ってるわけじゃないのよ。ただ、砂浜歩きたいだけ。ダメ?」
 小首をかしげながら言えば撩は一つため息を深ーく落とす。
「な、何よぉっ。ダメだったら、はっきり言いなさいよ。他の所考えるから」
 季節は夏も終わり、どちらかといえば秋で。
 それでもこの夏どこにも行っていないと思い出した香は撩に海に行きたいとねだる。
「………早くしろよ。車出しとくから」
 一つ息を吐いて撩は車の鍵を持ってリビングの扉に向かう。
「撩」
「あー?」
「………ダメって言うんだったらいいのよ。別に」
 香の言葉にもう一度撩はため息をつく。
「何よ」
「行きたいんだろ?」
 香の前に戻ってきて、少しかがんで視線を合わせる。
 それは親が子供にやる感じに思えて香はどこか不満に顔をゆがませる。
「そんな顔してんじゃねぇよ」
「…そんな顔ってどんな顔よ」
「そんな顔だよ」
 苦笑いを浮かべながら撩は香の頭をくしゃっとなでる。
「子供扱いしないでよ」
「おれから見たら充分子供だろうが」
「あんた、万年二十歳じゃなかったっけ」
「それとこれとは別」
「何それ」
「早くしろよ。時間無くなっちまう」
 そう言って撩は車のキーを振り回して、リビングから外に出る。
 側にいる時は香のしたいようにさせたい。
 と思う自分は甘いのだろうなと思いながら。

「リョウ、これからどこかに出かけるのか?」
 車を出せばそこには向かいの悪友…正直言えば今、会いたくなかった人物…ミック・エンジェルがいた。
「お前には関係ないだろう?」
「なんだよ、そう言う言い方ないだろう?おれと、お前の仲じゃないか」
 どういう仲だよ、どういう。
 声に出さないで軽くにらんだだけで撩は済ます。
 今、何かを言ったら声に浮かれ気分が現れているかも知れないと、アメリカNo.1(元)の男に気付かれてもおかしくないと、警戒しての事だ。
「それより、昨日は大変だったようだな」
 思わず何かと考えたが、ルチアーノの船の事だろうと察する。
 ミックは今帰ってきたばかりのようだ。
「…さすがに早いな」
「カオリが攫われたらしいが……無事なのか?」
「当たり前だろ。それにしても妙に詳しいじゃねぇか。情報規制しているんじゃなかったのか?」
「サエコからさ。麻薬関係はさすがに早い。取引から製造、密売。特捜課にいるだけはあるな。最もそれだけじゃないだろうが」
「何でつった?冴子が簡単にお前に情報漏らすわけないだろう?」
「それはこっちの企業秘密さ。これでも一流新聞社の特派員だからね」
 看板に掛かっている『一流新聞社』の名前を見て撩はため息ついた。
 あの人はこの男の何をいいと思ったのだろうか。
「表が特派員とは知らなかったぜ」
「そりゃ、表の仕事を裏の世界の人間に知られるわけにはいかないだろう?これまた我らがボスは美人でさぁ。おれ好み…。おっと、この事はカオリには秘密でな」
 かずえ君には秘密じゃなくって良いのか、かずえ君には!!
 突っ込みをする気にもなれず撩はため息をつく。
 ミックは知らない。
 わざわざ言う必要もない。
 香はミックに聞きたかったらしいのだが、撩が止めた。
 適当な言い訳つけて。
「で、何処に出かけるんだ?」
「………っ」
 で最初の質問をまた繰り返される。
 いいかげん、香はまだ来ないのか。
 いらだちと共にどうやってミックの質問を回避しようと考えあぐねていた時だった。
「あれ、ミック?」
 入り口の所に香が現れた。
「……………………」
 絶句して香を見つめる。
 撩とミックの二人揃って。
「なに?……変……かな」
 絶句している二人を見て香は自分の装いを扉の硝子に映して確認する。
 香が来ているのは晩夏〜初秋にふさわしいワンピース。
 ショートカットの香によく似合うその形はもちろん絵梨子の作成。
「やっぱ、着替えてくるっ」
「カオリっ待って」
 きびすを返して中に戻ろうとした香をミックが呼び止める。
「な、何?」
「とってもキュート。思わず見ほれてしまったよ」
「や、やだ。何言うのよ。ミックってば。冗談ばっかり」
 ミックは聞いてる方が恥ずかしくなりそうな程にカオリを褒め立てる。
 カオリもまんざらではないのか、照れはするが本気には取っていないようだった。
「冗談なものか。とてもカオリに似合っている。でも、珍しいね、カオリがワンピースなんて」
 確かにと撩も納得する。
「あ、絵梨子がね、あたしの親友なんだけど、これ似合うんじゃないってプレゼントしてくれたの」
 そう香は言う。
 絵梨子に頼まれてモデルの仕事をしたのだが(顔は出さない条件で)その時貰った物だった。
 香としてはモデルの仕事は以前頼みごとをしたお礼もかねていたのだが。
 まだ絵梨子は香をモデルにする事を諦めていなかったらしい。
 プレゼントされたというその服は香のサイズにぴったりと当てはまっている。
 実は撩はもちろん香も知らないがと言うか聞かされていないが、そのワンピースは絵梨子の新しいブランドの試作品だったりする。
 そしてそのブランドは香専用と言うのも絵梨子しか知らない秘密なのだが。
「とても、似合ってるよ。な、リョウ」
 とわざとらしくミックは撩に話を振る。
 撩には珍しく、香の姿に見とれていた事をミックに見られていた事を実は気付いていなかったのだ。
「…………ま、馬子にも衣装ってやつか」
 などと心にも無い事を言ってしまうのは今までの癖と言う奴か。
 香が一瞬にして顔を曇らせたがミックのいる前でフォローできるはずもなく。
「何て事を言う奴なんだ。リョウ、お前という奴は。カオリはとってもキュートじゃないか。お前、ホントにそう思ったのか?」
 などと大げさに言うのだからますます言いづらくなる。
 ……まさか気付かれたのか?
 二人の関係が変わった事をミックに気付かれて実はからかわれているのか?
 と思わず勘ぐるが、ミックのその調子はいつもと変わらず仕舞いで。
 何かボロが出る前に退散した方が懸命だと
「香、時間がなくなる」
 と声をかけて車に乗り込んだ。
「カオリ、どこか行くのかい?」
「え?あ、うん。撩がね、海に連れてってくれるんだって。じゃあ、ミック、かずえさんによろしくね」
 そう言って香は車に乗り込む。
「ふーん…リョウ、何かあったか?」
 何かを探るようにミックは問いかけるが
「さぁてね」
 と誤魔化して撩は香が乗り込んだ事を確認してミニクーパーを発進させた。
 助手席の香はまだ落ち込んでいるようだった。
「あ、あぁ、なんだそのな。悪くないんじゃねぇのか?」
 滅多にしない香を褒める事を撩はさりげなくとは到底言い難い言い方で言う。
「………」
 香は顔を上げて撩の方を見てみれば撩の耳はどこか赤くなっていて。
 それが嬉しくて香は微笑む。
「あんだよ」
「あ、ありがとう。でも、もうちょっとはっきり言ってくれても良いと思うんだけどなぁ………」
 礼を言いつつちらりと撩の方を見ながら呟く香に、撩は簡単には言えるかと心で悪態ついて表では苦笑いで済ませた。

 秋も始まる海辺は犬の散歩をしている人や、沖にはサーフィンやヨットを浮かべている人がいる。
 マリンスポーツは夏と決めかねがちだが実際は人のいなくなり、波が高くなるこの時期の方がいいのかもなと考えながら、堤防に座る撩は海を眺める。
 ワンピースが柔らかい波風に吹かれるのをそっと押さえながら波打ち際を歩いている香に目を向ける。
 最初、香に一緒に行こうと誘われたが撩は首を振ってここにいると言った。
 別に行きたくはなかったのだが、どことなく気恥ずかしかったのだ。
 そしてそっけなくうなずいて香は一人波打ち際に向かった。
 遠くからでも香が何を考えているのか見えるようでそれだけで撩は楽しかった。
 散歩している犬と戯れたり、砂浜に落ちている貝殻を拾ってみたり。
 打ち寄せられる波と戯れてみたり。
 楽しそうな香を見て撩は連れてきて良かったと思った。
 最初は、反対したが。
 どこか行くか?と問い掛けたが実際は何処にも出かけたくなかった。
 何処で知り合いに会うとも限らない。
 で、からかわれる可能性も高い。
 撩も照れ屋だが香はそれに輪をかけて照れ屋だ。
 下手な事言われればこれからの事に支障をきたしかねない。
 今はまだ黙っていても良いかと思う。
 どうせそのうちバレるんだ、わざわざ知らせ歩く事もない。
 近場の海より少し遠く離れたとこまで来たのはそんな理由もある。
『カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ』
 気になるのはさっきからするこの音。
 発信源は撩の隣のカメラを抱えている男。
 デジタルカメラで連射機能が付いていると言う事はかなりの高性能のカメラなのだろう。
 楽しそうに連写機能を使っている。
「で、おたくは何撮ってるんだ?」
 香が犬と戯れていた頃、撩の隣に立ち、一通り海を眺めた後カメラを構え、撮り始めた。
 最初は普通に撮っていたのだがそのうち連写機能を使い出す。
 気になっても仕方ない所だった。
「あぁ、すみません。音が気になりましたか?おれ、今日これ初めて使ってるんですよ」
 聞いてもいないのに男は新しいおもちゃを手に入れた子供のようにカメラに触る。
「……いや、おれは何を撮っているのかと…。聞いた方が間違ってるか」
 そう言って撩は海に目を向ける。
「撮っている物ですか?良い被写体を見つけたんで」
 と嬉しそうにカメラのシャッターを切る。
「いい、被写体ねぇ……」
 まさか。
 とは思いつつ、聞いてみようとした時だった。
 香が手を振るのを見える。
 それに手を振り返すと香はまたしゃがみ込んで何かを探し出す。
 手を振るって言うのは『ここにいる』という意思表示なのだなと改めて気付かされた。
 ついでに、『ちゃんと見てる?』と言う問い掛け。
「恋人、ですか?」
「え?」
 隣の男に聞かれる。
「恋人ですか?」
 聞いてなかったと思ったのだろう、隣の男はもう一度撩に問い掛けた。
「……まぁ、そんな所」
 知らない人間にもはっきり言えないのは、そうなったのが実際24時間も経ってないので照れがあると勝手に自己完結させる。
「あっすみません。被写体、彼女だったんです」
 そう言って男は撩に撮った写真を見せる。
 デジカメが便利なのは撮ったのをすぐ見せられるという所だなと感心しつつ、せっかくだから見せてもらう。
 望遠で撮られていたその連写されているその映像と言ってもおかしくないその写真達は小さい画面ながらも丁寧に香の表情を映し出していた。
 中天よりは西に傾いている日差しを浴びながら香は綺麗に微笑んでいた。
 その表情は撩が今まで見た事のないほど綺麗な表情だった。
「………綺麗ですよね。おれ、ここまで綺麗に笑う女性を見た事がないですよ。透明感がありますね。どんなモデルでもここまで透明感のある人は滅多にいませんよ」
「おたく、写真家か何かなのか?」
「写真家……って言う訳じゃないですね。映像カメラマンです。CMとか撮ってるんですよ。それほど有名じゃありませんが。今日は久しぶりの休みなんです。ここのすぐ近くに実家があって、帰るがてらに買ったばかりのカメラで写真でも撮ってみようかと。写真は趣味なんですよ」
 そう言ってファインダーをまた海へと向ける。
「…別に捨てろとは…言わない。でも…この写真、表には出さないでくれねぇか?」
「え?…あぁ、分かりました」
 撩の言葉を、男はどうとったのだろうか。
 恋人の妬きもちとして受け取ったのだろうか。
 その通りだなと、考えて撩は苦笑する。
 聞く人が聞けば『裏の世界の住人だから』と思うかも知れないが、言った撩はそんな事全く考えもしていなかった。
 ただ、誰にも見られたくなかった。
 捨てなくてもいいと言ったのは香を『透明感があって綺麗だ』と褒めてくれたからだ。
 裏の世界に住む香を。
 ただそれだけの理由だった。

「香」
 撩は香を呼ぶ。
 一瞬の強い風に吹かれて乱れる髪を抑えながら香は振り向く。
 その香に撩は手を差し伸べて言った。
「そろそろ帰るか」
 その表情はとても柔らかく。
 香はあの写真の様に綺麗に微笑んでうなずいた。

あとがき

………三人称じゃなくって一人称でかけば良かった。
そうすればもう少し短くなっただろうに。 かきたかったのはミックと撩の前に現れる香と海での撩です。
ラストのシーンから唯香と麗香さんのミニ話につながると。
その間に一本話が……あるんだよなぁ。
CM話。
何故、あのラストシーンがCMになったのか。
真相は絵梨子が知っている。
と言う、撩と香サイドの話。
……いつ書くんだろう。
結構、海からお気に入り。
ラストシーンもいい感じ。

デジカメの連写機能の音が、普通のカメラと同じように『カシャカシャカシャカシャ』鳴るかは知りません。
一眼レフのデジカメだと連写があるんだよね…確か。
今、デジカメが何処まで進化しているのか、私は知りません。

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