撩と冴子と槇村と、香

 奇跡だ、とそう思った。
 柄にもないことは重々承知だ。
 でも、それでも思わずにいられない。
 だからそのたった1つを守るためだけに生きていくのも悪くないと思えるのは不思議だ。

Fragile 〜出会えた事から全ては始まった〜(3/26)

 ………なんでこいつがここにいるのかが分からない。
 帰ってきてこの家にはあり得ない良い匂いがするキッチンに向かったら香がいた。
「何でお前がここにいるんだ?」
「アニキがお前に飯作ってやってくれって言ったから」
「うまい?」
「あたしが作るんだうまいにきまってるだろうが」
 そう言って香は俺にハンマーを落とす。
 テーブルの上に載ってるのは豪勢な食事。
 なんかあったかと日付を思い出せば、3月26日。
 普通の人間からすれば何ともない日。
 おれにしちゃ、こいつと出会った日。
 忘れもしない、数年前の今日と去年の今日。
 偶然にも同じ日付に出会った。
 ずいぶんな印象付けてくれたよ、香は。
 こいつは、分かってやってるのだろうか。
「そろそろお前の誕生日だな」
「何?覚えてくれてたんだ。あんたにしちゃ珍しい」
「槇ちゃんがうるせえの。お前の誕生日だぎゃーぎゃーってな」
「じゃあ、覚えてるって事は、誕生日プレゼントくれるんだ」
「図々しい奴だな」
「よく言う。ほぼ毎日、あんたの夕飯作ってるあたしに感謝の一言もないとはな。あんたの方こそ、図々しいんじゃねえか。だいたい、家に来ちゃ文句いいながらさんざん腹減ったって飯食ってくくせに。おかげでうちのエンゲル係数はお前のせいで高いんだよ、どうしてくれるんだよっっ」
「わ、わりぃ、ってそう怒るな香君。おわびとして君の誕生日には俺の秘蔵もんをやろう」
「なに?何くれんの?珍しい酒?一応おれ二十歳になるんだもんね。お酒解禁」
「いやいや、それよりいいもの」
「なんだよ」
「俺の愛蔵品」
 と見本とばかりに転がってる雑誌を取り出す。
「………………このクソバカ!!!!なんでおれがお前のエロ本みて喜ばなきゃならないんだよっ。あたしは女だ!!!!!」
 そう言って香はおれを殴り飛ばす。
 ……………男を殴り飛ばす女を女とは言わないと思う。
 と言ったらもう一度、殴られるだろうから我慢する。
 まったく、こいつは。
 本当に驚かされる。
 一応おれは裏の社会じゃNo.1の男って恐れられてるんだぜ?
 普通だったら近寄るのも怖がるぐらいだぜ?
 おれの正体分かっていながらおれの胸で大泣きしたのも、おれをぶん殴るのも…、ホントお前ぐらいだよ
「ったく、飯なんかつくるんじゃなかった」
 そう香はふてくされる。
 お前は覚えてるのか?
 今日、おれとお前が出会ったって。
 そんな運命みたいな日に、なんでお前は俺の所にいるんだ?
 おれの側になんていない方が良い。
 お前はこんな所にはいちゃいけないんだ。
「なんか、やるよ。仕事入らなかったらな」
「……期待しないで待ってる」
 ふてくされながらも香はいった。

 運命の日はすぐ側まで来ていた。
 交わるはずのないおれと香の道が、その日を境に同じ方向を向いてしまうのを、おれはもとより香さえも気付かないでいた。

Here I AM 〜居場所がここにあったから〜 (3/31)

「プレゼントは?」
「いつもと一緒で良いよ」
「もう少し欲張れ」
 いつものようにいつもの問いをされていつものように答える。
「今年も撩が居て一緒に過ごしてくれる事。それはあたしの誕生日プレゼントよ」
 そう言ったら
「うーん、祝いがいねえじゃねえか」
 と言われた。
「でも、それって撩にも言える事だから」
 今年の誕生日何が欲しい?
 って聞いたら
「香が居て一緒に過ごしてくれる事」
 って答えられて、ずっと一緒に居ました。
 朝から晩まで。
 ………ホントに24時間、放してもらえなかった。
『0時に誕生日おめでとう』なんて乙女みたいな事やったら即行押し倒された状況。
 柄にもない事はするもんじゃない。
 普通にすれば良かったと後悔したって後の祭り。
「っってもなぁ………」
 そう言いながらあたしをソファで抱え込んで座ってるのは、どうなんだろう。
 朝起きて、アニキのお墓参りにいって、冴子さんにあって、お茶して帰ってきたらこの状況。
 でも、結構この状況でも幸せだなぁって思えてるんだ。
 このまま睡眠してもいいと思えるぐらい。
「…香…」
「何?」
「寝るんだったらネない?」
「……………殴っていい?」
「………いえ、朝も殴られたんで………ごめんなさい」
「ったく。あんたのそのもっこり癖どうにかなんない?」
「いや、もう習性っていうか」
「はぁ………」
 冴子さんにいつも通りの事やらかしたのよねぇこのバカ。
「そう怒んなよ」
 誰のせいよ誰の。
 と口に出さずに撩の胸に寄り掛かる。
 甘えてる訳じゃないんだけど、ただ、眠いんだってば……。
 睡眠不足よ、この男のせいで。
「夜、良い所連れってってやるから」
「ラブホ以外だったら喜んで」
「………そんなんじゃねえよ。某ホテルのディナーなんて奴を予約してるんですが」
「うそっ」
「嘘って…いやマジだって」
「信じらんない。って無駄遣いしないでよ」
「無駄遣いじゃないって。そこのホテルの支配人と知り合い。ちょっとしたもめ事解決したお礼」
 そのホテルが麻薬の取引に使われてたそうで………。
 ってそれ冴子さんの依頼の奴なんじゃないの?
 やっぱりあんたあたしに隠れて冴子さんの依頼受けたわね!!!!
「げ、バレた。まぁともかく。行くのか?行かないのか?」
 ……行くわよ、もったいない。
「もったいないって…」
 某ホテルって有名ホテルよね。
 そんな所でディナーだったら…。
「絵梨子にもらったドレス来てこうかな。ホテルのディナーに合いそうな素敵なワンピースドレスもらったんだよね」
 なんて言ったら行きなり難しそうな顔を撩は見せる。
「どうしたの?」
「まぁ、いっか。時間までどうする?」
「睡眠不足なんでおやすみなさい」
 何か言われる前に目を閉じて心音を聞く。
「…後でな」
 と回る腕が少しだけ強まる。

 今年の誕生日もこれからも、一緒にいられるように。
 意識が沈み込む寸前、そう強く願った。

あとがき

突発ノート削除するためもったいないログHTML化。
撩の誕生日が昔の話で、香の誕生日編が今の話。
こう比べるとよく分かるけど香の口調がまるで違うね……やっぱり。

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