昨日と今日と違う明日〜シェアワールド『終末の日々』参加作品〜
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「冗談だろう?」
「冗談で、こんな事を言うつもりはない。本部もすでに確認している」
 雅の言葉に俺は何も告げなくなった。

 昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来る。
 そんなことあり得るわけないのに、人はどこかでそれを願っている。
 普通に生活している人が当たり前の様に思っていることを、普通とは全くと言う程でもないが、縁がない生活をしている自分たちもそれを願っていることに呆然とした。

「本部確認って事は、決定事項かよ。ありえねえよ」
「特Aクラスのバイオハザード。本部はそう認識したわ。問題は、それにどこまで対応できるかと言うこと」
 本部のから送られてきたデータを確認しながら薫女史はつぶやく。
「ウィルスのデータはすでに綾弥がハッキング済みだ。ワクチンに関してもも同意」
「って事は、助かるのか?」
 一縷の望みを掛けて俺は雅に聞く。
「…みや、薫女史?」
「…雅樹、お前も知っているだろう。ワクチンは数少ない。今から、1週間以内に1億以上のワクチンを作成することは不可能だ」
 …長い沈黙の後に発せられた雅の言葉だけで現在の状況およびこれからの事については確定した。

 想像もしていなかった。
 明日がなくなることを。

******


『N製薬会社の研究所に持ち込まれたのは新種のウィルス』
 その情報を得たISSAの本部はオレ達に潜入捜査を命じた。
 ISSA(International Secret Special Agentes・国際秘密工作員)とは各国の警察が連動して作り上た組織で、犯罪組織への潜入捜査、要人の警護および救出等、その仕事内容は幅が広い。
 そのISSAがアンカーであるオレ達に潜入捜査を命じたぐらいなのだから、かなりの『ウィルス』で有ることは想像がついたが、新種のウィルスがどういう物なのか全くの情報がないまま潜入をすることになった。
 命じられたパーティーは俺のパーティー、雅のパーティー、薫女史のパーティーだった。
 さすがに全員での潜入は目立つので、セカンドを本部への連絡とサポートに回し、ファーストのみつまり俺と雅と薫女史だけで潜入したのだ。
 そして、オレ達は一つの研究棟に潜入する。
 ISSAに情報をリークした人間がその時間にそこにいると連絡してきたからだ。
 関係者以外立ち入り禁止の研究棟の最深部にその部屋はあった。
 その研究室にオレ達が入ったときには一人しかいなかった。
「君たちがISSAのアンカーだと言うことは分かっている。だが今は黙ってこの血清を打ってくれ」
「どういう事だ?」
「…この部屋にはウィルスが充満している。つまりこの部屋にいる君たちは、すでにこのウィルスに感染しているからだ」
 その研究者の言葉の意味が分からなかった。
「新種のウィルスはどういう物なんですか?」
「今は、その血清を打つことが先だ。ここの人間ならば誰もがすでに打っている」
 その時はその人物の言葉に黙って従うしかなかった。
 そして聞かされた真実はあまりにも強烈すぎていた。
「南極で某国の調査隊が全滅したという話を、君達は知っているか?」
 血清を打った後、研究者が話し出した言葉にオレ達はゆっくりとうなずいた。
 嵐のために某国の調査隊の1グループが全員死亡したと言う事故は、数ヶ月ほど前に世界中を駆けめぐったニュースだ。
「事実は、違う。某国の調査隊はこの『ウィルス』を発見し、このウィルスに感染した為に全滅したのだ。このウィルスは極めて感染力が高く感染したら発症し死にいたるケースがほとんど。某国の調査隊の中で唯一生き残った人間がそのことを話してくれた。君たちも知っているとは思うが、南極の氷の中に数千年以上も前の大気が氷となって存在している。その中には我々にも知り得ないウィルスがあってもおかしくないと思わないか?」
「それもこの一つだと?」
「そう。今この地球は気温上昇が激しい。温暖化をくい止めようと叫ばれて久しい。でも温暖化はそう簡単には収まらない。その結果が南極の氷の融解。そのせいで氷に閉じこめられたウィルスが空気中に発生したら?」
「………」
 極めて感染力の高いウィルス。
 感染すれば…死に至るのはほぼ間違いない。
 それが、南極の氷の中に閉じこめられている。
 そして、氷が溶けたら????
 研究者の言葉にオレ達は事態を想像し、慄然した。
「そのためかどうかは今となっては分からないが、彼らは自国の研究施設にそれを持ち込もうとした。……だが」
「氷が溶け、その調査団は一人を残して全滅したと言うわけですか?」
「その通りだ。感染から10日も経たないうちにその調査団は全滅した。彼は言った。自分の血を血清とすれば、抗原となって免疫がつくだろうと。そして我々はそのウィルスを採取し日本に持ち帰った」
「………何のために」
「我々南極調査団が民間の会社によって行われたからだ」
「…利益のためと…」
「…有り体に言えばそうだろうな…」
 そう研究員は自嘲気味に笑った。

 そしてオレ達は研究者ISSAの本部へと連れて行く手はずを着けた。
 が、研究者を連れていく日。
 その研究所は爆発。

 ウィルスが空気中に、日本中に、世界中に漏れたことが…分かった。

******


「爆発があったのは間違いなくあの研究施設なのか?」
「間違いないわ。私が行って確認してきたから」
 薫女史は俯く。
「薫女史?」
「あの研究施設、何者かに爆破された可能性が高いの」
「どういう事だよ」
「…N製薬に恨みを持つもの。ライバル会社。考えられなくはないな」
「新種の製薬を先に開発されたらたまったもんじゃないって事か」
 雅は俺の言葉にうなずく。
「………」
「薫女史?」
 だが、俺と雅の言葉に薫女史は肯定しない。
「どういう事だ?」
「…雅、分かったの?」
「何も言わなければだいたい想像付くだろう。あの研究者が爆発させたって事なのか?」
「…オイオイ、あの研究者はあそこから出たかったんだろう?それなのにわざわざ爆発させるって事ありか?」
「そうと決まった訳じゃないわ。でも、…あの研究者の遺体は爆発があった場所に…あったの…。遺体の損傷は見られない程の物じゃ…なかったけれど。現場の状況から地下に合ったガスなどの爆発とは考えられない。おそらくは、あの研究者がやったのではって言う結果が出たわ」
 そう言ってその現場を思い出したのか薫女史はオレ達から視線を外す。
「…研究者が何故そうしたのか。どうしてそう言うことになったのか私には分からない。何を思ったのか分からない。…絶望したのか。でも、研究者はそれを選んだのよ」
 薫女史は静かにそう言った。
 沈黙がオレ達を包み込む。
 …一日早く、あの研究者をISSAに連れて行ければ。
 それよりも、研究者に出会ったときにISSAに連れて行けたのなら。
 …後悔なのか、何故助けられなかったのか、間に合わせなかったのかという言葉が頭を回る。
 生きていたくなかったのか?
 俺には分からなかった。
 不意に、雅が立ち上がる。
「みや、どうしたの?」
「俺は家に戻るよ」
「みや?」
「…綾弥の所に行く。あいつを死なせるわけには行かない」
「……血清が、綾弥と合うとは限らないのよ」
「それでも、あいつを死なせたくない」
 そう言って、雅は彼のセカンドである綾弥の元へと向かう。
「……そうね。まだ時間はあるわけだし、全ての人を助けられないとは限らない。だったら、身近にいる人を助けたい。雅の言うとおりだわ。雅樹、わたしは啓の所に行くけれど、あなたはどうするの?紗里衣の所に行かないの?」
 薫女史も立ち上がり、そして俺に聞く。
「俺は…」
 俺はまだその場で立ち止まっていた。

******


 俺は、紗里衣と喧嘩した。
 N製薬の研究施設の一つが爆発したという連絡を受けるまえだ。
 事実確認だけだったので、お互いのパートナーは家に待機という状況でオレ達は出会った。
 そしてこんな事になった。
 紗里衣との喧嘩はいつもの他愛もないはずだったけれど、お互いにいらいらしてて。
 ついでに彼女は花粉症なんだって言い出して。
 俺はちょっとした失敗をやらかして、それでふてくされて。
 喧嘩は、俺が飛び出す事で一応収束した。
 こんな事になるとは思わなかった。
 世界が終わる?
 冗談だろう?
 信じられない。
 誰もがそう思うだろう。
 あの研究者の話を聞いても俺はどこかで楽観していた。
 感染力の高いウィルスの存在を理解していても。  そして、爆発事故。
 どこかで頭の中が整理されていないような気がする。
 雅は…もう綾弥の所に行ったんだろうか。
 あいつは、綾弥を自分のパートナーに選んだ。
 アンカーでファーストになった者はパートナーのセカンドを選ぶことも出来る。
 薫女史は啓の事選ばなかったらしいけれど、雅は選んだ。
 面識なんてほとんどなかった綾弥を。
 最初は綾弥の奴、結構反発してたけど、今は雅と仲良くやっているのを俺は知っている。
 あいつは…綾弥が死んだらどうするんだろう。
 綾弥に一目惚れしたらしい(それでセカンドに選んだらしい)からもしかすると一緒に死ぬかもしれない。
 薫女史は分からねぇな。
 啓の幼なじみらしいけど。
 じゃあ、俺は?
 俺は雅と同じ様に、紗里衣を自分のセカンドに選んだ。
 理由は…あいつが大切だったから。
 アンカーに入る。
 そう言った俺の後を付いて紗里衣もアンカーに入った。
 紗里衣に言わせれば、「逆よ逆。雅樹がアンカーに入るって言うから、心配になったんだからね」なんて言いかねない。
 安全な所で守りたいと思ったのに、すぐ側で守るはめになるとは思いも寄らなかったけど。
 まぁ、逆に都合が良いわけで。
 ……気が付いた。
 あいつがいなかったら、多分俺は駄目だって事。

******


「紗里衣」
「雅樹、お帰り。どうだったの?」
 さっき喧嘩した事なんて綺麗さっぱり忘れて紗里衣は心配そうに俺に聞いてくる。
 事件に関しては彼女も知っているのだから心配そうにしていてもおかしくないか。
「紗里衣。話があるから」
 俺の言葉に神妙にうなずく。
 事情を説明し俺は、彼女にワクチンを打つ。
 こうすれば、まだ感染していない彼女の中で免疫が付くはず。
 これからどうなるんだろう。
 想像なんて付かない。
 昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が来るものだと、どこかで信じていたのだから。
 特殊組織であるISSAに所属してもこの状況に対応できない程無力だと言うことに関しては、笑うしかない気がするけれど。
 人がほとんど居なくなる世界は綺麗なのだろうか。
 今は、地球が静かに滅びを迎えるのを黙ってみているのも良いのかもしれない。
 紗里衣とこれからの事を話ながら、そんなことを考えた。
あとがき
アンカーで参戦。っていうか、初めてでどきどきなんですけどねぇ。
実は、コレには原案が有ります。だからアンカーになったって言う理由があって。
羽5人組で考えちゃったんですよねぇ。最初。
半分まで考えて、『何故、私羽ガンで考えてるの???』って言う状況に陥りまして。
そこから設定考え直すこと2、3ケ月。
ふと、思いだしたアンカー設定。
奴らに対抗出来る特殊組織があったじゃんって言うわけです。
後で、こっそり完成させてみようかな(笑)。 主人公は安藤雅樹くん。(某マサキじゃ有りません。あいつの漢字は正樹)
綾弥はハッキングの天才だからなかなか現場でどうこうっていう人じゃないし、かといって雅じゃ冷静過ぎるし、だったら誰が良いだろうと思って雅と同じくセカンドを選んだ人物、雅樹となりました。

さて、最後まで考えたときに、別案が突如に浮かんできて。
それでもいいかなぁなんて一瞬思ったんだけど。
設定がさほど遠くない未来なので、ちょっと遠い未来だろうってツッコミが来そうなので 外案だけ書いておきます。
主人公はコロニーの人間。
地球で発生したバイオハザードに対して当初は地球への支援を行っていたが、コロニーにも被害が及ぶ危険性が出てきたために、各コロニーでは地球からの受け入れを拒否。
滅んでいく地球を静かに見ているコロニーの人間である主人公。
……って言うのがちょっと書きたくなりました。

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『参加型小説「終末の日々」:企画者・片山暁美』様