Wonderful Tonight


 明日は、せっかくのバースディなんだけどな・・・。
 きっとアリオスは忙しすぎて、一緒に過ごせない・・・。
 ”約束”だってしてないもん・・・。

 携帯電話を見つめながら、アンジェリークは何度目かの溜め息を吐く。

 だって、仕事が大切なのは判ってるけど、明日は誕生日。
 高校生活最後の・・・。

 アンジェリークは、溜め息を吐きながら、学校で貰ったプリントを見た。
 ”スモルニィ学院高等部三年生の夜”。
 ハロウィン前に学校近くの小さな遊園地を夜貸し切って、楽しむ毎年催しだ。
 自由参加で入れるようになっている。友人や家族もひとりだけなら、誘っても良い。
 アンジェリークは前回のデートで、アリオスに強引にこのチケットを押しつけておいた。
「自由参加だから、もしアリオスがお仕事忙しかったら、ここで時間を潰しているから」と。
 時間は5時から9時まで開放なので、アリオスを待つのにも都合の良い、「暇潰し」だ。

 忙しいんだもんね・・・。
 一向に連絡のない彼に、少し切なくなって携帯電話を指でコツンと弾いた。

 明日はいつアリオスに誘われても構わないように、お洒落をしていこうと思う。
 準備だけをしたものの、少しだけ気が重かった。
 時刻が0時になる。
 その瞬間、携帯メールの受診が告げられる。
 それを空けてから、アンジェリークは眠ることにした。
「アリオス・・・」
 メールの主はアリオス。
 彼のメールには添付ファイルが付いており、それはムービーメールを表していた。
 最近、彼はこのムービーメール携帯に替え、アンジェリークのものも一緒に替えてくれた。
 同じ機種を持つ優越感は、彼女の中で大いなるものがある。
 早速、メールを開けてみると、まだネクタイ姿のアリオスが、オフィスの窓に写っている塔の時計をバックに、写っている。
 それにはちゃんと0時を示している。
「アンジェ、ハッピーバースディ。良い一年にしような」
 シンプルなメッセージ。
 だけど0時になった瞬間に言ってくれるのが、とても嬉しくて堪らない。
 声と動くメッセージなのが凄く嬉しかった。

 アリオス・・・。

 アンジェリークは何度もメールを再生し、それを見る度に、何度も携帯を抱き締める。

 アリオス、有り難う・・・。
 まだ、お仕事してたんだ・・・。
 本当に有り難う・・・。

 アンジェリークはその夜、携帯を抱き締めながら眠りに落ちた-----

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 この日の授業は午前中だけだった。
 友人たちには沢山のバースディプレゼントを貰い、幸せな気分になる。
 特に親友のレイチェルからはピアスを貰い、早速、付けたくなるほどの可愛いものだった。
「今夜付けてきなよ? アリオス、来るんでしょ?」
「判らないの。最近、凄く忙しいみたいで、ここのところデートもしてないもん。今日もムリヤリチケット渡したけど、来ないような気がするな・・・」
 諦めているとはいえ、しょんぼりとしているのが、目に見えて判る。
 アンジェリークをこんな表情にさせることが出来るのはアリオスしかいない。
 レイチェルは肩をぽんと叩いて、励ましてやった。
「大丈夫、誕生日だから、ちゃーんと来てくれるって!」
「うん・・・」
 ぽんと親友に肩を押される形で、アンジェリークは少し気分が楽になる。
 少しだけ笑ってみせた。
 家に帰り、お洒落をする。
 貰ったピアスを耳にすると、大人になった気分になる。
 薄くリップを付けて、アンジェリークはいつもはしないお化粧をした。

 アリオス、喜んでくれたら嬉しいな・・・。

 アンジェリークは鏡に向かってほんの少し微笑んだ。
 

 10月も下旬になると、肌寒くなる。
 特に夜はそれが強くなる。
 アンジェリークは、それを防止するために、アリオスから貰ったショールを羽織っていった。
 ”スモルニィ学院高等部3年生の夕べ”と書かれた看板の横を通り抜け、アンジェリークは小さな遊園地に入っていく。
 そこには既にレイチェルとエルンストが来ていた。
「アンジェ!」
 レイチェルが手を振ってくれたので、アンジェリークも走って駆けていく。
「レイチェル、エルンストさん!」
「お久し振りです、アンジェリーク」
 あいも変わらずエルンストは礼儀が正しい。
「アンジェ、可愛いじゃない!」
 レイチェルはアンジェリークを見るなり絶賛の眼差しを送った。
「ありがと。レイチェルも綺麗・・・」
 はにかんで言うアンジェリークは本当に愛らしい。
「今日、やっぱりアリオス来るかもしれないって思った?」
「まあ、一応来るかもしれないから…」
 その言葉の端々には、アンジェリークの希望が見え隠れしている。
「そうだよね。アンジェ」
「…うん」
 しっかりと頷くアンジェリークの瞳は、期待に輝いていた。

 アンジェリークは、エルンストとレイチェルのカップルに混ぜてもらって、色々と楽しむ。
 パイ投げや、短いコースター、メリーゴーランドなどを乗りながら、クラシカルなものを楽しんだ。
 エルンストさんとレイチェルをそろそろ二人きりにしてあげなくちゃ。
 時計を見れば、もう8時30分だ。
「ねぇ、少しゆっくりするから、二人で何か乗ってきて?」
「アンジェ・・・」
 アンジェリークは椅子に腰を掛けると、ふたりに手を振る。
「うん、だったらお言葉に甘えるよ」
「いってらっしゃい」
 ふたりの甘い恋人同士見送った後、アンジェリークは切なく溜め息を吐く。
 まわりは幸せ色に輝いていて少しつらい。

 アリオス、とうとう来なかったな・・・。
 仕方ないもの・・・、お仕事だし・・・。

 涙で視界が煙る。
 せっかくの誕生日にも関わらず、結局は切ない日になってしまった。
 ふと顔を上げると見えるは小さな観覧車。
 ボックス型ではなく、椅子型の体が外に出る二人乗りの密着タイプのものだ。
「乗ってみようかな・・・」
 夜風に当たり、ひとりでぼんやりとしながら夜景を見たかった。
 少し並んで、アンジェリークの番がやってくる。
「ひとりです」
「ひとり?」
 係の者が少しだけ奇妙な顔をした。
「おい、ここの人相手がいないらしいぞ〜!」
「だから一人で! もうそんな大きな声出さないで下さい」
 アンジェリークは真っ赤になりながら、係員を嗜める。
「------おい、こいつの連れは俺だ」
 聴きなれた低い声が聞こえる。
 アンジェリークはその声にはっとして、振り返った。
 そこには、僅かに紙を乱したアリオスがいた------
「アリオス…」
「遅くなったな?」
「ううん。来てくれて嬉しい」
 アンジェリークはアリオスの手をぎゅっと握り締めると、嬉しそうに俯いた。
「ほらご両人、早く乗ってくれ」
「判った。アンジェ」
「うん」
 ふたりは仲良く観覧車に乗り込む。
 このタイプの観覧車は、コースターのようにバーを下ろして落ちないようにするものだ。
 ゆっくりと観覧車は上がっていく。
「遅くなったな・・・。すまなかった」
「ううん、いいの。アリオスが来てくれただけで」
 バーを持つ手をお互いに重ね合わせて、ふたりは見詰め合った。
 冷たい風が妙に心地がいい。
 そして、上に上がると、二人の町であるアルカディアが良く見える。
「…綺麗ね…」
「ああ。
 明日と明後日は二連休だからな…。一緒にいられるから」
「うん!」
 アンジェリークは思い切りアリオスに抱きつき、彼はそれを堂々と抱きとめた。
「覚悟してろよ? 半月間してなかったんだからな?」
「もう…」
 アンジェリークは真っ赤になりながら恥かしそうに俯く。
「直ぐにここから抜け出したら、俺の家に行くからな?」
 アリオスはアンジェリークをゆっくりと捕らえると、唇を近づけていった。
「ハッピーバースディ、アンジェリーク」
「有難う」
 深く唇が重なっていく。
 甘く痺れる感覚が躰を襲っていく。
 この世界に自分とアリオスしかいなくなる-------
「愛してる------」
 甘い声でアリオスに囁かれて、アンジェリークは最高の気分を感じる。
「これから何度もふたりでおまえの誕生日を過ごそうな…?」
「アリオス…」
 ゆっくりと観覧車が下りていく。
 その先には、最高のバースディナイトが待っていることを、アンジェリークは感じていた。

コメント

今年のお誕生日創作です。
アンジェちゃん、お幸せに!

モドル