WAIT UNTILL I GROW OLDER
〜大人になるまで待っていて〜
 

BEFORE「(I LONG TO BE)CLOSE TO YOU」


 今日、学校で作文の宿題が出た。
 テーマは『将来何になりたいか』
 将来、何になりたいなんて、簡単だわ。
 私がなりたいものは、たった一つだから…


「ねえ、アンジェは将来なんになりたいの?」
 宿題の内容がないようなだけに、帰りの話題も"将来のこと"でもちきりだった。
「う〜ん」
 アンジェリークは考えるふりをする。
 本当は決まっているけど何故か言いたくなかった。
 皆で、そんな話をしているとあっという間に時間は経つ。
「じゃあね、アンジェ!」
「うん! またね!」
 栗色の髪を揺らしながら、ランドセルを背負った少女は快活に友人に別れを告げるや否や、そのまま走ってゆく。
 いつもなら歩いてゆく道程も、今日は特別な日だから走ってゆきたかった。
 待てなかった。
 一刻も早く彼の顔が見たかった。


「アリオス、今日明日とアンジェちゃんをうちで預かるんだから、泣かしちゃダメよ」
「ケッ、あいつが泣くタマかよ」
「また、そんなこと言って…」
 アリオスの家では、大学から帰ってきたばかりの彼を、彼の母親が諭しているところだった。
 アンジェリークの両親が、親戚の結婚式の出席のため家を留守にするため、彼女を預かる事になったのだ。
「オバさ〜ん、ただいま〜、お世話になります〜」
 アンジェリークの屈託のない明るい声が玄関先に響き、彼の母は嬉しそうに出て行く。
「は〜い、アンジェちゃん待ってね〜」
「お袋、随分嬉しそうじゃねーか」
 不機嫌そうに彼は眉を顰めている。
「そりゃあ、そうよ。うちには女の子はいないもの〜。アンジェちゃん、ホントに素直で可愛いから、あんたの将来のお嫁さんに貰いたいぐらいだわ〜」
「ケッ、何言ってやがる!! あんなチビ、こっちから願い下げだ」
「女の子はね、あっというまに大きくなるものよ。あんたこそ、早く捕まえないと、後で後悔するわよ」
 母親の言葉は、彼を益々不機嫌にさせる。

 確かに、あいつのことは可愛いと思ってるが、それは"妹”としてだ。あんな小学生に、どう恋愛感情をいだっけっていうんだよ

 何故だか苛々してしまう自分に、アリオスは苦笑いしていた。
「あ〜、アリオス!! いたあ〜!!」
 無垢で嬉しそうな少女の声が響き渡り、アリオスは思わず頭を抱える。
「…いて悪いのかよ・・・」
「そんなわけないじゃない! いてくれて嬉しい!! ね!」
 太陽のような明るい笑顔に、流石のアリオスも微笑まずにはいられなかった。
 少女の笑顔は、時々凄い威力を彼に齎す。
「アンジェちゃん、そんなバカの相手をしてないで、椅子に座って頂戴。今日のお昼はミートソースのパスタよ」
「わ〜い! アリオスの隣に座っちゃお!!」
 アンジェリークは、嬉しさを隠し切れなくて、ニコニコと表情を緩ませながら、ちょこんと彼の横に座った。
 そこにいるのが、あたりまえのような顔をして。
「はい、二人とも仲良く食べてね」
 アリオスの母がすぐにパスタとサラダをテーブルに置き、彼女は本当に楽しそうにアリオスを見る。
 そんな表情を浮かべられると、アリオスの心は穏やかさで満たされ、自然と彼女の栗色の髪をクシャりと撫でた。
「おまえ痩せッぽッちだからな、ちゃんと食え?」
「子ども扱いしないでよ! これでももう五年生だわ。女のこの方がね、男の人より成長するのが早いのよ? 結婚だって、後5年で出来ちゃうんだから!」
 子ども扱いする彼が悔しくて、つい頬を膨らまして、恨めしそうに彼を見る。
 その表情が見たくて、いつもからかってしまうのだ。
 アリオスにとっては、格好の"おもちゃ”といったところだ。
「クッ、そんなこと言ううちは、まだまだおまえもガキってことだ」
「も〜」
 際限なく続くやり取りは、仲のいい兄妹に見えなくはない。
「じゃあ、アリオス。お母さん、詩吟のお稽古に出かけてくるから、アンジェちゃんをお願いね?」
「ああ」
 面倒くさそうに言うアリオスだが、ちゃんと自分の相手をしてくれることぐらい、アンジェリークには判っている。
「じゃあ、おねがいね?」
「おばさん、いってらっしゃい〜!!」
 アリオスの母を、二人は昼食をしながら、見送った。
 アリオスは、ふと隣に座る少女を見つめる。
 何故だか、さっきからあまり食が進んでいないようだ。
「おい、ほとんど食っちゃいねえじゃねえか」
「うん…、とってもおいしいんだけど、おなかに入っていかないの。何でかな〜」
 前髪を煩そうにかきあげながら、それでも少女は一生懸命食べようとしている。
「----な、前髪切ってやるよ?」
「ホント!!」
 アンジェリークの顔は途端に輝きを増す。
 アリオスは昼間は名門大学の政経学部に籍を置きながら、夜は美容学校に通う、美容師志望だった。
 大学にも行っているのは、そのほうが後から何かと潰しが利くからである。
「メシ食ったら、切ってやるからな」
「うん!! 有難う!!」
 少女は嬉しそうに瞳を輝かせ、アリオスを捕えていた。

 ったく、俺はこいつの笑顔にからきし弱いな…
   

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 食事の片付けもすっかり終わり、アンジェリークとアリオスは、家の中庭に来ていた。
 結局、アンジェリークは、昼食をあまり食べなかった。
 それが、アリオスには妙に気にかかってはいた。
 初夏の風が吹き、自然の中の最高の美容室が、今、アンジェリークのためだけにオープンする。
 庭の椅子にちょこんと座らされ、彼女はアリオスが準備をするのを固唾を飲んで見守っていた。
 やはり、美容師の卵なだけあって、道具はいいものをそろえている。
「さあ、揃えてやるからな」
「うん」
 ケープをかけられて、いよいよカットが開始される。
 彼は先ず彼女の髪を丁寧に梳いて、同時に霧吹きで髪を湿らせてゆく。
 髪を梳かれるたびに、アンジェリークの心は熱いものが流れ込み、鼓動が早くなるのが判る。
 なんだか頬までが赤くなってしまう。
 彼の指先が彼女の髪を挟むと、鋏で繊細にカットしてゆく。
 冷たいが、暖かい響きを持つ鋏の音。
 髪が下に落ちるたび、心が切なくなってくる。

 アリオス…、だ〜い好き

「ほら、出来た」
 すっと鏡を差し出されて、アンジェリークは大きな瞳を見開いて、鏡に見入っている。
 それがおかしくて、アリオスは思わず吹き出した。
「クッ、おまえ、自分に見惚れてどうするんだよ?」
「も〜!! だってすっごく綺麗にアリオスがしてくれたじゃない」
 頬を膨らませてはいるが、その瞳は嬉しそうだ。
「クッ、"綺麗”? 可愛いとならまだしも、綺麗?」
 咽喉を鳴らして笑う彼に、アンジェリークは少しばかりむっとしてしまう。
「なによ!!」
「おまえな〜、"綺麗”ってゆうのは、大人の女に言う台詞だ。誰が小学生のガキに言うかよ?」
「ガキじゃないもん!!」
「十年経ったら言ってやるよ? ほら、降りた、降りた」
 彼女から素早くケープを取り、彼は椅子から降りるように彼女に促す。
 その顔はさもおかしそうだ。
 しかし、彼女は何時までたっても降りようとしない。
「アンジェ?」
「アリオス〜、しんどい…」
 驚いて彼が彼女の額に手を当てると、かなりの熱さになっていた。
「コラ! バカ!! しんどかったらしんどいと言え!!」
 慌ててアリオスはアンジェリークを抱き上げると、自分の部屋に連れて行った----  

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「風邪ですよ。ご安心下さい」
 往診をしてくれた医者に、アリオスと母は深々と頭を下げ見送った。
「お袋、アンジェは俺が看てるから、夕食の準備を頼んだぜ?」
「ええ、おねがいするわね」
 母はキッチンに消え、アリオスはアンジェリークの眠る自分の部屋へと向かった。
 中に入ると、小さなアンジェリークが、彼のベッドを独占して、安心しきったのか、すーすーと寝息を立てて眠っている。
 アリオスはそっとベッドの前の椅子に腰掛けると、アンジェリークの小さな手を握る。
「黙って寝てりゃー、天使みたいなんだがなー」
 フッと彼は優しい微笑を彼女に向ける。
「う〜ん…、アリオス…、大好き…」
 寝言なのか、うわ言なのか、彼女はそっと呟くと、アリオスの手を小さな手で握り返してくる。
「おまえは、どんな女に成長するのかな…」
 彼は何時までも、彼女を見守っていたい----
 そんな気持ちに不思議となる----


 ふふ、あったかーい。
 アリオスの匂い…、安心する・・・。
 『将来になりたいもの』
 それはずっと前から決まっている。
 銀の髪の男の人が、ずっと傍にいて欲しい・・・。
 ずっと傍にいたい…。
 それだけ・・・。
 アリオスのお嫁さんになりたいの…
 だからアリオス、わたしがおとなになるまでまっててね?

 アンジェリークの小さな願いがかなえられるのは、もう少し後になってからのこと---- 

THE END


コメント
7777番のキリ番を踏まれた翠様のリクエストによる
「(I LONG TO BE)CLOSE TO YOU」の設定で、プチアンジェとアリオスのお話です。
いかがでしょうか? 翠様。リクエストどおりに上手くいっていればいいですが・・・。
このお話、私は結構楽しんで書かせて頂きました。
まあ、お約束ねたですね〜。
イメージ的には「荒野の天使ども」のミリアムとダグラスのイメージです。