「すまなかったな? 原稿が立てこんでてどこにも連れて行ってやれなくて…。おまえはしっかり、やってくれていたのにな…」 潮風に紙をなびかせながら、アリオスは優しくアンジェリークを見つめる。 その眼差しがあれば、忙しかったことだって、報われると、彼女は思った。 「ううん…、平気よ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは売れっ子だし、当然よ? 気にしないでね? 今日だってこうやって海に連れて行ってくれたし…」 「アンジェ…」 二人はしっかりと手を繋ぎながら、誰もいなくなった、秋の海岸を散歩する。 この場所はアンジェリークが行きたいといって彼に懇願し、実現した"デート”であった。 「秋の海もいいものね…」 「そうだな…。おまえが隣にいるからかな?」 さらりと言う兄に、アンジェリークははにかんで俯く。 「私も、お兄ちゃんがいるから、良いなって思うもの」 柔らかな秋の日差しが波に反射して輝き、宝石よりも美しいと、アンジェリークは感じた。 「お兄ちゃん、綺麗ね!」 「そうだな・…」 嬉しそうに海を見つめる妹の横顔を見つめながら、アリオスは誰にも見せることのないような柔らかな微笑を浮かべている。 「あ、お兄ちゃん! ちゃんと海見てなかったでしょ!」 頬をぷっくりと膨らませる彼女が可愛くてたまらない。 アリオスの微笑みはさらに温かいものとなる。 「おまえを見てるほうが楽しい」 「え!?」 真っ赤になって自分を見つめてくる、愛しいものが、心を満たしてくれる。 この幸福が、ついこの間までは手に入れてはならない禁断のものだと思っていたことが、嘘のように感じてしまう。 「またからかって」 「からかってねえよ」 笑いながら言うと、アリオスはアンジェリークの甘い唇を奪った。 「…ん…」 甘く何度も口付けて、互いの唇を味わい尽くしてゆく。 唇を話した後、アリオスはアンジェリークの耳元にそのまま唇を持っていって掠める。 「あんまり可愛いとこ見せんなよ?このまま押し倒したくなるだろ?」 「もう…お兄ちゃんのバカ…」 さらにゆでたこのようになる妹が、アリオスはたまらなく愛しかった。 「ねえ、お兄ちゃん? せっかくこんなに綺麗なんだもの、海で遊びたいな、私」 強請るように上目遣いで見つめるのは、彼女の子供のころからの癖。 アリオスはそんな癖を知っている自分に優越感を覚えながら、彼女に頷いたやった。 「しょうがねえな。濡れないようにしろよ?」 「あ、お兄ちゃん! お兄ちゃんも一緒に!」 「え?」 ぎゅっと強く腕を引っ張られて、アリオスはバランスを崩しながら、アンジェリークに波打ち際まで連れて行かれた。 しっかりと手は握り締めたままで、二人は波打ち際を走る。 「ねえ、お兄ちゃん、サンダル脱いでいい?」 「しょうがねえな」 フッとアリオスは笑ってアンジェリークがサンダルを脱ぐまでの間、待っておいてやった。 彼女は片手はしっかりとアリオスから離すことはなく、器用にもサンダルを脱ぐ。 「さてと、はい!」 「何だ?」 アンジェリークは、アリオスにサンダルを差し出し、当然のごとく持ってと言わんばかりである。 「だから持って!」 「しょうがねえな〜」 アリオスは彼女の小さなサンダルを持つと、その後を着いていく。 「冷たい〜!!」 明るい声を上げながら踊るように楽しげに笑う彼女に、アリオスは切なく甘い思いに満たされる。 こいつがいなかったら、俺はきっともう生きてはいけねえだろう・・・ アンジェリークが楽しげに波打ち際では寝るたびに、プラチナのペンダントが揺れる。 ペンダントは、アリオスから貰った愛の証---- 指輪では、人前でするのも意味深で、アンジェリークがかわいそうだろうと、アリオスが選んだのはペンダントだった。 シンプルなデザインのペンダントの裏には、FROM A TO A WITH ETERNAL LOVE.と刻まれており、アリオスも同じものをペアでしている。 アリオスのお知り藍に作らせた、この世界に一組しかないものであった。 アンジェリークはこのペンダントを片時も外さず、身につけている。 「ホント! 楽しい!!」 アンジェリークが心から楽しんでいるのを見ると、本当にここに連れて着てよかったと心から思う。 今夜はこの近くに宿を取っており、"夫婦"として宿帳には記入していた。 夏から少し送れたこの"秋のひと時"をアリオスは、至福に感じる。 「クしゅん!」 小さな可愛らしいくしゃみを彼女がしたので、アリオスは慌ててその身体を包み込んだ。 「大丈夫か!?」 心配そうに言う兄を見て、アンジェリークもまた胸がくっと甘くて痛い。 「大丈夫よ」 「風邪を引いたら困るからな、もう宿に戻ろう。な?」 余りにも兄が心配そうに呟くので、アンジェリークはコクリと頷いた。 足を綺麗に洗った後、サンダルをはいて、今度は、アリオスはアンジェリークをこの手で引っ張ってゆく「ほら、風邪引くから、これでも着ておけ?」 アリオスは、ジャケットを脱ぐと、アンジェリークの肩にかけてやる。 ふんわりとかかる彼のジャケットは、ほんのりと煙草と彼の臭いがして温かい。 お兄ちゃんに抱きしめられているみたい… アンジェリークは、その香りを吸い込み、温かさを心で受け止める。 「あったかい…」 「そうか?」 「うん…、だけど心のほうがあったかいわ、お兄ちゃん…。あなたがそばにいるんだもん」 頬を紅潮させ、潤んだ瞳で呟く彼女はとても艶やかで、彼だけの"女"の表情になった。 「俺は燃える男だからな?」 「バカ…」 二人は立ち止まって見つめ合う。 「アンジェ…。愛してる…」 「私も…」 二人は再び口付け合う。 そこは二人だけが許された、空間。 たとえ誰にも祝福されなくても、高尚な愛が、二人を包む。 神にさえ二人を裁くことは出来やしない---- 運命にすら二人は逆らう。 唇を離した後、二人は見つめあい、しっかりと抱き合い、そのぬくもりと愛を確かめ合っていた。 誰も私たちを止める資格なんて、ないわ… |