Terminal Station


 天気予報では雨だとは言っていなかったので、傘など携帯をしていなかった。
 アンジェリークは大きく溜息を吐くと、駅の待合室で時間をつぶすことにする。
 きっと通り雨ですぐに止むだろう------
 そんなことを考えながら、待合室から駅の外を眺めた。
「ここ。かまわねえか?」
「はい、どうぞ」
 顔を上げると、銀の髪をした青年が横に座ってくる。
 彼は、翡翠と黄金の瞳をした完璧な面立ちをしていた。

 かっこいい人だな…。

 思わず見とれていると、ふと青年と目が合う。
 目が合ったのは、ほんの数秒。
 ひょっとしたら、1秒ぐらいだったかもしれない。
 だが、アンジェリークには永く、永遠がそこにあるんじゃないかと思うほどの時間だった。
 ふわふわとした夢の世界にいるのじゃないかと、そんな気分になる。
 総てがピンク色の綿菓子のように思えた。
 じっと見ていると、青年の瞳が綺麗に輝いたのが嬉しくて、微笑んでしまう。
 一瞬、僅かに青年が微笑んだように見え、身を乗り出そうとした。
 だが、すぐに彼は横に座ってしまい、確認できない。
 とても近くに座る青年からは、ほんのりと煙草の香りがする。
 アンジェリークにとって、それは、大人の香りのように思えた。
 甘い緊張が全身を走り、旨く落ち着くことが出来ない。
 妙にそわそわとして、ちらりと青年を見る。
 目が合いそうになると、真っ赤になって逸らしてしまう。
「どうした? トイレにでも行きてえのか? 場所なら取っておいてやるぜ?」
 急に話しかけられて、アンジェリークは躰を大きく跳ね上げさせた。
 艶やかで躰に染み通る声は、耳心地がとても良い。
「-----あ、あの、そういううわけじゃ…。雨、止まないかなって…」
 慌てて誤魔化そうとするものの、胸がドキドキとして呂律が上手く回らなくて、アンジェリークは余計に恥ずかしくなる。
「クッ、おもしれえな。あんた」
 青年が喉を鳴らして笑うと、その笑顔がとても心に響いてきた。

 あ…。
 素敵な笑顔だな…。

 アリオスの笑う姿も、アンジェリークは好ましく思う。
 このまま、じっと見ていたとすら思った。
「電車までの時間時間つぶしてんのか? それとも、ここで雨宿りのくちか?」
「雨宿りの口です…」
「だったら、俺と同じだな」
 アンジェリークは、同じ理由で隣り合わせになったと言うことが凄く嬉しくて、思わず笑ってみる。
 すると青年も僅かだが微笑みを返してくれた。
 他愛のないやりとりかもしれない。
 だが、今のアンジェリークには、とても貴重で、きらきらと輝いている一瞬だった。
「雨、止みませんね…」
「そうだな…」
 ほんの少しふれあう足を通じて、彼の温もりが感じ取られる。
 とらえどころのない感覚に、心をふわふわとさせながら、アンジェリークは外を眺めた。
 このまま雨が続くといい。
 ふたりだけの世界に閉じこめてくれればいい。
 駅の待合室。
 大きなターミナル駅のせいか、様々な人々も一緒にいる。
 だが、この瞬間だけは、青年とふたりきりのような錯覚に溺れたい。
 祈るように空を見上げていると、アンジェリークの心をあざ笑うかのように雨が上がった。
「…雨、上がりましたね」
「そうだな」
 ほかの者たちがみんな待合室を出て行くが、ふたりはなかなか出ることが出来ない。
 ただ、お互いに見つめ合っているだけだ。
 行かなければならない------
 だが動くことなんて出来やしない。
 それどころか、ここを今動いては行けないような気がする。
 彼の側を離れてはいけないような気がする。
 この気持ちを上手く表現することなんて出来ない。
 そんなジレンマに、アンジェリークは苦しくて唇を噛みしめる。

 どうしたらいいの?

 青年が立ち上がり、アンジェリークは胸が締め付けられるような気がした。
「-----時間、あるか?」
「え!?」
 彼女は驚いて青年を見上げる。
「はい! あります!」
 アンジェリークは早く返事をしなければならないと思い、慌てて立ち上がりながら元気に返事をした。
「クッ、あんた、本当におもしれえ。この近くにカフェがある。行ってみようぜ」
「はいっ!」
 青年の後をアンジェリークはいそいそと付いていく。
 このままにしたくなかった気持ちが叶って、飛び上がるほど嬉しかった。
 駅を出ると、既に空は日が照り始めている。
 雨のしずくが太陽に輝いて、宝石のように美しい。
「-----あんた、名前は何だ?」
「アンジェリークです!」
「俺はアリオスだ」

 アリオス…。

 心の中で彼の名前を呟くと、それだけで胸の奥が甘く締め付けられる。
 この名前を待っていたような気がする。
「これだけにするのはもったいねえからな。折角出逢ったんだからな。------あんたに」
 アリオスは振り向くとアンジェリークをじっと見つめる。
 その瞳は、アンジェリークにしか判らないときめきが宿っている。
「------わたしもこれだけにしたくなかったの…。”運命”だって言ったら、笑いますか?」
 アンジェリークが切ない表情で見つめると、アリオスは僅かに口角を上げた。
「------おなじこと思ってたんだな」
 奇跡-------
 アンジェリークは心からそう感じずにはいられない。
 偶然に同じ待合室にいたふたりが、同じことを感じるなんて、これはそれしか考えられない。
「行くぜ? もっと、あんたのこと知りたい」
 手を差し伸べられて、アンジェリークは素直にそれを取った。

 出逢ったばかりだ。
 これからいくらでもお互いに知っていく時間もあるだろう。
 アリオスの手の温もりが、遠い昔になくしたもののようにしっくりときた。
「あんたを見た瞬間、不思議な気分になった」
「アリオスさん…。私も同じです」
 まだまだ語り尽くせないほど話したいことがある。
 話す時間は、きっと神様が沢山与えてくれるだろう。
 一目で相手が運命のひとだと判る------
 これこそが、”ひとめぼれ”だと、アンジェリークは感じた。
  
コメント

昔見た映画で「終着駅」というのがあるんですが、
これは映画の中の進行時間と、実際の進行時間が全く同じという映画です。
観客をあたかもその場にいるような気分にさせてくれるんですね。
そう言った雰囲気を文章で出したいなって。
書いてみましたが(笑)
それに、初恋のみずみずしさも書いて見たかったんです(笑)



モドル