IT’S A SPECIAL DAY


「ねえ、アンジェ、カウントダウンパーティに行かない?」
「カウントダウンパーティ?」 
「あのね、12時になったら、会場が真っ黒になって、そこでキスしたら、そのカップルはいつまでも幸せなんだって〜」
「ホント?」



「もう直ぐ今年も終わりだね〜!!」
「うん…」
 明るい親友を尻目に、アンジェリークは肩を落していた。
 その理由はただ一つ。
 折角の、新年の訪れを祝うカウントダウンパーティに、愛しい人がまだ来ていないから。
 時間は11時をまわり、もう直ぐ新しい年を迎える準備に入ろうとしているのに。
 アンジェリークは恨めしそうに何度も時計を見ては、溜め息を吐いていた。
「折角誘ったのに、アリオスのバカ…」
 がっくりとうなだれる彼女が余りにも可愛くて、レイチェルは思わず苦笑する。
 この少女にこんな顔をさせることが出来るのは、アリオスだけだ。
 そう思うと、彼女は、大親友として、少し妬けてしまう。
「もう愚痴ってちゃダメだよ!! さあ楽しもう!!」
「ん…」
 親友に引っ張られて、アンジェリークはしぶしぶ歓談の輪へと加わる。
 今日のパーティは、カジュアルな食事と、ダンス、そしておしゃべりで交流を広げるのが主な目的。
 社交的な親友レイチェルが、自分もエルンストと参加するから、アンジェリークとアリオスも一緒にどうかと、誘ってくれたのだ。
 元々、余り社交的な場所を好まないアリオスは、最初にパーティのことを言ったときに、案の定、少し不機嫌になったのだ。
 結局は、アンジェリークの可愛らしい懇願に、彼は折れてくれた。しかし、結果は、何時までたっても姿も現さず、連絡すらよこさないのだ。

 やっぱり…、イヤだったのかな・・・。
 最初のおめでとうは、やっぱりアリオスに言いたいのに…

 歓談でも、表面上は明るく受け応えはしているものの、どこか寂しさが漂っている。
「アンジェリーク、大丈夫ですか? ご気分が悪いのなら…」
「あ、大丈夫ですエルンストさん。どうもありがとうございます…」
 余りのはかなさに、レイチェルとエルンストは気遣わしげな視線を送る。
「もう! レイチェル、大丈夫だから、ね!!」
 精一杯の笑顔が痛々しくて、レイチェルの表情は余計に曇りがちになった。
 その表情にはっとして、アンジェリークはいけないと思う。
 レイチェルだって、愛しい人に最初に"おめでとう"が言いたくて、このパーティにきているのだ。がっかりさせるわけにはいかない。
 そう思うと、アリオスが来ない事ぐらい我慢しなければならないと、彼女は思った。
 そう思うと何だかパーティを楽しむ気持ちも生まれてくる。
「折角来たんだもの、楽しんで帰ることにするわ」
 先ほどと比べ、段違いにアンジェリークの表情は明るくなり、レイチェルとエルンストは安心する。
「そうこなくっちゃ、アンジェ」
 レイチェルは、それこそ恋人のエルンストが嫉妬しかねないほど、アンジェリークに強く抱きついた。
「でしょ〜」
 時々、アリオスですら嫉妬してしまう彼女たちの絆だ。エルンストも例外ではない。
「あ、あの…、レイチェル、そろそろ15分前です。踊りませんか?」
「あ、そうね…」
 同意はしたものの、何時までたってもパートナーがこないアンジェリークのことを思うと、レイチェルは心からは喜べなかった。
「レイチェル!! 私のことはいいから、さ、いってらっしゃい!! 折角のダンスでしょ?」
 逆にアンジェリークに背中を押されるようにして、レイチェルとエルンストはダンスの輪に加わる。
「レイチェル、頑張って…!」
 少しイタズラっぽく、アンジェリークはレイチェルの耳元で囁き、ニンマリと微笑む。
「バ、バカアンジェ…」
 流石のレイチェルもこればかりは照れが入り、素直に頬を赤らめた。
「いってらしゃい!!」
 アンジェリークは笑顔で二人の姿を見送ると、壁際の椅子に座って、そっと溜め息を吐く。
 時計の針は、後10分で新しい年を告げる。

 この瞬間の為におしゃれをしたのに、無駄になっちゃったな・・・。
 アリオスのバカ! もう…、知らないんだから…!!

 今日の日の為に一生懸命作った、黄色いオーガンジーシルクのドレスが、寂しそうに揺れていた----。

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「ホントに無理を言ってごめんなさいね、アリオス。これで、明日からの撮影も何とかなるわ。ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
 急に入った人気女優“ロザリア”のヘアカットの仕事が、ようやく終わったところだった。
 どんなゲストにも、やっつけ仕事など出来ないアリオスは、黒のスーツ姿で、いつものように丁寧に仕事をし、すっかり遅くなってしまった。
「何か予定でもあったんでしょ? その格好。本当に相手の方にも、私が謝っていたと伝えておいてね」
 本当に申し訳なさそうに眉根を寄せながら、ロザリアは心からの感謝と謝罪を伝える。
「大丈夫。そんなことで機嫌を損なうヤツじゃねーから」
 一瞬、本当に甘い優しさを湛えた表情になる。
 そんな彼に、ロザリアは思わず苦笑してしまう。
「とにかくどうもありがとう。可愛い人に宜しくね」
 軽くウィンクすると、ロザリアは嬉しそうにサロンから出て行った。
「----可愛い人に宜しくね…、か」
 アリオスは腕時計に目を落す。
「やべえ!!」
 時計は既に11時50分を指している。
 アリオスは、慌ててサロンの戸締りをすると、そのまま夜の街に出る。
 銀の髪を乱し、ネクタイを僅かに乱したまま、彼は夜の街を疾走する。
 赤信号だろうが、人だろうと、総て無視して、全速力で夜の街を駆け抜ける----

 待ってろよ!! アンジェ!!

 銀の髪が僅かに汗で濡れ、きらきらと輝いていた---- 

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「はい、それでは、カウントダウンを行きますよ〜30秒前!!」
 能天気なパーティの主催者から、カウントダウンの号令がかけられ、会場の照明がゆっくりと落される。

 アリオス…、とうとう来なかったな…。

 先ほどまでは気丈に振舞っていったアンジェリークだったが、やはりこの瞬間になると寂しさを禁じえない。
 切なくて、苦しくて、そして悔しくて、大きな瞳からは自然に涙が出てくる。
「はい10秒前!!」
 カウントが進み、後少しで信念だというときに、アンジェリークはその華奢な腕を掴まれ、思わず息を飲む。
 知っている腕の感触。
 彼女は暫し呆然としてしまう。
「3、2、1、0!!!」
「…んっ!!」
 その瞬間、彼女の唇は優しく塞がれる。
「A HAPPY NEW YEAR!!」
 掛け声と同時にクラッカーが引かれ、照明が戻った。
「あ…!!」
 そこにいたのは、急いできたのだろう、銀の髪が乱れて艶やかなアリオス。
 甘さと優しさを滲んだ、憎らしいほど素敵な笑顔を、アンジェリークに向けている。
「A HAPPY NEW YEAR、アンジェ」
 嬉しくて、少し憎らしくて、大きな瞳には大粒の涙が溢れる。涙で、彼の顔がよく見えない。
「バカ、アリオスのバカ!!」
 堰を切ったように彼女は抱きつき、彼の広い胸に顔を埋める。
「すまねえ、急に大事な仕事が入って、抜けられなかった」
「…ん…、だけど嬉しかった、間に合わせてくれて、ありがと…」
「そんな可愛いこと言うから、おまえを持って帰りたくなっちまったじゃねえか」
「え?」
 驚く暇を与えられず、アンジェリークはアリオスに抱き上げられる。
「ちょ、アリオス…、恥ずかしい…」
 アンジェリークは全身を真赤にさせて、可愛く抗議をするが、そんなことが彼に通じるわけがない。
「今すぐ持って帰るからな。年末忙しくてお預けを食ってたんだから、少なくても三が日は家に帰さねえ」
 そんなことを堂々と甘い声で囁かれると、アンジェリークは力が入らなくなる。
「…バカ…」
 アリオスは、人の視線を気にすることなく、抱き上げたまま、彼女をそのまま外へと連れてゆく。
 そんな二人の姿を見て、レイチェルとエルンストはそっと微笑み合った。


 外に出て、ようやくアンジェリークは腕から降ろされ、今度はやさしく手を繋がれる。
「アリオス…、言うの忘れてたけど、A HAPPY NEW YEAR」
 優しい彼のぬくもりを感じ、幸せを噛み締めながら、アンジェリークは優しい微笑を浮かべて、彼を見つめる。
 アリオスはそれを、軽い羽根のようなキスで答える。
「…大好きよ…」
 はにかんで囁く彼女が、どうしようもなく愛しく思える。
「俺も愛してる。後は、ベットでいっぱい聞かせてもらうからな?」
「もう…」
 二人はお互いの心を温めあいながら、ゆっくりと新年の街を歩きはじめた----




コメント

NEW YEAR’SEVEをテーマにした創作をお届けしました。
SWEETなシチュエーションということで、新年になった瞬間のキスをお話の核にもってきました。
サイトを開いて2月。
皆様には大変お世話になりました。
また懲りずに遊びに来てくださいね。
良いお年を!!!tink