「ねえ、アリオス、連れて行って欲しいところがあるんだけれど…」
はにかむような笑顔と、少し潤んだ瞳で上目遣いで見つめられると、ついついその願いを聞き入れてしまいたくなる。
それは勿論計算されたものではなく、自然に出てくるものである。
アリオスは彼女のこんな可愛らしさにからきし弱い。
「どこだ?」
「”雪祈祭”に行きたいの!」
雪の煌きのような無垢で明るい笑顔が、彼の心をふんわりと満たしてゆく。
彼女の笑顔は本当に威力があると、彼は思う。
本当は、込み合う場所は嫌いだし、面倒だ。だが、彼女の笑顔のためならそんなことぐらいは、なんともないように思えるから、不思議だ。
「“天使の広場”でなんだけど…、ダメかな?」
「クッ、おまえにはかなわねーよ」
彼は、愛しそうに温かな笑顔をフッと浮かべると、彼女の栗色の髪をクシャりと撫でた。
「支度しろ。トロイと連れて行かねえからな」
「だから、アリオス大好き!!」
ふわりと柔らかな体に飛びつかれて、彼はその優しいぬくもりを掌(たなごころ)に受け止めてやる。
「おい、とっとと着替えて来い。祭りは待ってくれないぜ?」
「うん!」
彼の体から天使はすり抜けると、着替えるために寝室へと入ってゆく。
その幸せが溢れた後姿を見つめ、アリオスは苦笑する。
俺がこんなに、骨抜きになっちまうとはな・・・。ったく、大した女王様だ
彼もクロゼットから、レザーのロングコートを出し、それを身に纏うと、彼女が嬉しそうにやってくるのをじっと待つ。
後で、”温めてやる”口実が出来たと、密かに思いながら・・・。
雪への重装備をして、二人は仲良く聖地を出て行く。
アリオスは黒のレザーのロングコートが豊かな身長に映え、アンジェリークは、赤いフードつきのマントを纏っている。もちろん、フード、袖、裾には白いボアが付いていて、彼女によく似合っていた。
自然と、どちらからともなく二人は手袋をしたまま手を繋ぎあって、仲良くアルカディアにある“天使の広場”へと向かう。
その場所が、アリオスの苦手な場所だと、アンジェリークは知っていた。
だがどうしても一緒に行きたかった。
宇宙を救うために育成をしていた頃にも同じ祭りがあったが、彼と行くことが叶わなかった。
そこで、雪を一緒に見たかった。
だから、今度は堂々と行きたい----
その様な思いが、彼女を突き動かしていた。
「うわ〜、にぎやかね〜」
天使の広場に着くと、屋台や出店が並び、人々が楽しそうに行き交っている。
「何だか楽しそうね?」
「”天使様”に祈りを捧げる祭りだからな?」
意味ありげにニヤリとアリオスに微笑まれて、アンジェリークの頬はばら色に上気する。
「----だ、だけど…、今は、アリオスだけのアンジェリークだから…」
愛らしくはにかみながら、この少女はいつも彼の最も欲しい言葉を囁いてくれる。
繋ぐ手に力を込めて、嬉しいことを無言で伝える。
彼女もそれに答えるように小さな手をそっと握り返して見せた。
二人が広場に入ると、誰もが振り返り、羨望の眼差しを向ける。
だが、二人だけの世界に入ってしまっている彼らには届かなかった。
霏々として空を覆う雪雲から、白いものがぽつり、ぽつり、降りてくる。
それは少し幻想的で、見るものを清らかにしてゆく。
ふと、アンジェリークは、隣にいるアリオスを見つめる。
雪が僅かに頭にかかり、彼は白銀の妖精のように、彼女には映った。
「なんだ、アンジェ?」
視線に気がついたのか、彼は彼女に視線を落してくる。
振り返る姿も艶やかで、アンジェリークはうっとりと息を飲んだ。
「あ…、アリオスの頭に雪が付いて、綺麗だと思って…」
うっとりと紺碧の瞳が揺れ、彼を捉える。
「ん…? だったらとってくれよ?」
彼が少し体を曲げて彼女の手が届くまで頭を下げると、彼女は温かい笑顔を柔らかく浮かべて、そっと、銀の髪にかかる雪を払ってやった。
「少しもったいないけどね」
「どうしてだ?」
「アリオス、雪がとっても似合うから…」
真っ直ぐで、優しい視線を彼に向けながらも、少し恥ずかしそうに彼女は甘く囁く。
それが可愛くて、アリオスはクッと喉を鳴らしながら、少年のような笑みを彼女に浮かべた。
「おまえの方が、雪はよく似合ってる。綺麗だぜ?」
「…もう…」
少し恥ずかしくて、けれども砂糖菓子のように甘い台詞に、彼女は俯き加減で、嬉しそうに笑う。
雪を払いのけてくれた彼女の手を、かれはそっと触れた。
「手袋、すっかり濡らしちまったな。手袋外せよ? 温めてやるから」
言われたとおりに彼女は手袋を外しと、彼は彼女の小さな手を口元まで持ってゆき、そっと息で温める。
「…アリオス…」
余りにも甘く官能的な行為に、アンジェリークの全身に甘い疼きが電流となって駆け抜けた。
息遣いが僅かに早くなる。
そこだけが熱を帯び、感覚になる。
「あったまったか?」
彼女の反応を楽しむかのように、かれはよくない微笑を浮かべながら、わざと言う。
「もう、意地悪…」
恥ずかしがって、彼に目をあわせない彼女も、それはそれで魅力的だ。
「ほら、手袋しろ。次に行くぜ」
彼女は渡された手袋を素直にした。
二人は再び歩き出す。
「アリオス?」
速度をあわせて歩いてくれる彼に感謝しながら、彼女はチラリと彼の顔を覗く。
「ん?」
彼は足を止めて、彼女の顔を覗き込む。
「私…、今日は寒くない・・・。だって、アリオスと一緒だから!!」
温かな春の陽だまりのような微笑が、すっと彼に向かって向けられる。
誰よりも、何よりも彼を魅了して止まない瞬間がそこにある。
「だってね。あなたと雪が見る時は、いつも心にぽーっと明りが灯って温かくなるの…」
嬉しげに頬を染めて囁く、この小さな少女が、彼の心を彼女の色に、幸せ色に染め上げた。
誰よりも清らかで、眩しい微笑み----
それはアリオスを魅了して止まなかった。
彼はそれに、精一杯答えるために、そっと彼女の唇に口づける。
それはほんの息を飲むほどの出来事で、彼女は幸せを一身に集めた微笑を浮かべた----
「ねえ、アリオス、最初に雪を見た人はそう思ったのかな?」
空から降ってくる白いものを見つめながら、アンジェリークは楽しそうに呟いた。
先ほどからずっと、彼女は空ばかりを見ている。
それがアリオスには癪に触る。
だが、この可愛らしい質問に答えてやりたいと思う、愛しさが勝ってしまう。
「おまえみたいなやつだったら、空から上手いもんでも降ってきたと思って、口開けて食っちまったんじゃねえのか? ”冷てえ"とか言って」
「もう!! 真面目に答えてよ!!」
「クッ、悪ぃ」
頬を可愛らしくも膨らませ、彼の逞しい胸を何度も叩く彼女に、彼は笑いながら答える。
片手で彼女を受け止め、もうひとつの手では亜麻色の髪をそっと撫でていた。
二人がじゃれあっていると、遠くからざわついた歓声が聞こえてくる。
「ねえ、アリオス、行って見ましょう!!」
「おい!」
彼が返事をする間もなく、彼女に腕を引っ張られて、そのまま歓声の聞こえる場所へと向かう。
好奇心の高いお姫様に、彼は振り回される格好だった。
ようやく歓声の上がった人ごみを見つけ出して、二人は(主にアンジェリークは)隙間から様子を覗う。
「あ…、なんか、雪像を作ったみたいね…、あっ!!」
彼女は思わず感嘆の声と同時に息を飲み、全身を震わせる。
「おい、どうしたんだ…」
彼女に続いて彼も診て、同じく息を飲む。
「これは子供の頃、”約束の地”で見た、銀の妖精様と天使様の語らいだ」
作った中年の男が誇らしげに宣言する。
そこにあったのは、微笑み合いながら抱き合う、アリオスとアンジェリークの姿だった。
雪像は、細かな部分まで丁寧に作りこまれ、表情も彼らに良く似ている。
突然、太陽の光が一筋だけ照らされ、それは雪像を神々しくも輝かせた----
「アリオス…」
感動の余り涙ぐむ彼女をそっとその旨に抱き寄せると、アリオスはその場をそっと離れる。
それが自分達だと気が付かれない為に----
「きっと、あの人、あのときの男の子だよね? あなたを“妖精”だと言った」
「たぶんな・・・」
聖地と下界の時間の流れは違う。
それを目の当たりにして、アンジェリークは寂しさを覚える。
だがそれも、横にいる青年がすぐに癒してくれることだろう。
アリオスは彼女の体を、まるで壊れ物でも扱うかのようにそっと抱きしめる。
彼の腕の中で、優しい温かさが染み込んでくる。
アンジェリークといると、心が深呼吸して、澄んでくる。
毎日、違う顔で、俺を魅了する。
眼差しが愛しい。
その微笑が愛しい。
唇が愛しい。
おまえの総てが愛しい!!!
彼はそっと彼女の顎を持ち上げ、上向きにさせる。
おまえのために、心を込めて生きていこう…
優しく唇が重ねられる。
太陽の一筋の光が、今度は二人を照らし出す。
先ほどの雪像と対をなすかのように、今の二人も雪のように白く輝き、神々しく美しかった----
the end
SNOW WHITE

コメント
いつも素敵な創作を下さいます葵瑠美様のリクエストで「雪祭りに行くアリオスとコレットちゃん」です。
いかがでせうか? 瑠美様。いつもあんなに素敵な創作を下さるのに、こんなんで申し訳ありません。
大阪に向かって、「ゼロブレイク」かましてもいいです(笑)
パラレルじゃなくて、トロアのお二人に登場いただきました。
「綺麗」というのが最近のTINKのテーマなんですが、上手くいきません(泣)
