
その街は、霏々として雪が舞い散る美しい場所だった。
夜になると月が輝き、雪はその光を浴びて、さらに清らかさを増す。
アリオスは、眩しいほどの清らかさを、正視することが出来ず、じっとべットに横たわっていた。
白い雪・・・か。まるでおまえみたいだな、アンジェリーク・・・。俺とは正反対の、清らかな存在・・・。
ふいに、躊躇いがちにドアがノックされ、アリオスがドアを開けると、そこには雪まみれのアンジェリークが立っていた。
彼女の頭にかかる雪が、まるで神聖な花嫁の王冠のようで、誰よりも、何よりも、彼女が清らかに見える。
アリオスは、胸が締め付けられるような痛みを覚え、思わず目を逸らせてしまう。
「・・・アリオス・・・?」
アンジェリークの気遣った声に、アリオスは自分をやっとのことで思い出す。
「----おい、風邪ひくじゃねえかよ! とっとと暖炉にあたれ」
アリオスは視線を自室の暖炉へと向け、彼女を屋内へと導く。
「----有難う。だけど外に誘いに来たの・・・。アリオス、あなたと雪が見たかったから・・・」
アンジェリークは、懇願するような瞳でアリオスを見る。まっすぐで穢れのない瞳。
頼む・・・! そんな瞳で俺を見るな・・・!
アリオスは、振り切るように、一瞬瞳を閉じる。
「だめだ。これ以上雪にまみれて風邪でもひいてみろ。あいつらに恨まれるのは俺だぜ? ただでさえおまえは熱が出やすいのに」
アリオスのぶっきらぼうで、少し突き放した言い方に、アンジェリークは、がっくりと肩を落とす。
その姿が可愛らしくて、アリオスは思わず深く優しい笑みをこぼす。
「----判ったよ・・・。一緒に雪を見てやる」
アンジェリークの顔が一気に晴れる。
「クッ、現金なやつだ。ただし」
「ただし?」
「この部屋でだ。----いいな」
「だからアリオスが一番大好き!!」
アンジェリークは、知らず知らずに自分の本当の気持ちを云い、彼に抱きつく。
「おいっ」
アリオスは、彼女が抱きついてきたため、何とか体を支える。
「あ・・・」
アンジェリークは、数秒経った後、ようやく自分が何をしでかしたかに気づき、耳まで真っ赤にする。
「ほら、とっとと中に入って、その髪を拭いてしまえ」
「・・・うん」
アンジェリークは、よほど恥ずかしかったのか、俯きながらすごすごと部屋の中へと入る。
そんな彼女を、アリオスはやるせなく見つめる。
俺は、おまえに好かれる資格などないのに・・・。

暖炉のまえでアンジェリークは、アリオスにタオルを渡され頭をごしごしと拭く。その姿は、どこか童のようで愛らしい。
「ほら、これに包まれ」
「有難う」
アリオスは毛布を彼女の体にかけてやる。
アンジェリークは、毛布を通して彼の体温を感じ、胸の奥から甘美な痛みがこみ上げる。
こんな痛みを感じたことは、今までなかった・・・。
彼女は震えを憶え、体を竦ませる。甘美な痛みからなのか、寒さから来るのか判らないでいた。
「おい、震えてるじゃねえか!」
「大丈夫だよ」
アンジェリークは、唇を震わせながら何とか答える。
「大丈夫じゃねえだろ! ったく、世話のかかるお姫様だ」
「・・・えっ?」
ふわりととても懐かしい香りがし、アンジェリークはどきりとした。
アリオスが、彼女を後ろから優しく包み込む。
彼の胸の鼓動を背中に感じ、胸が疼き、嬉しいのか切ないのかが判らなくなる。
「まだ、雪のかけらが残ってるんだな・・・」
アリオスは、そっとアンジェリークの亜麻色の髪を撫で、指先に雪の結晶をついと乗せ、彼女に見せる。
アンジェリークは、それをさも愛おしそうに見つめる。
「ねぇ、アリオス?」
「なんだ?」
「----この雪のひとひらだって、神様に愛されて生まれてきたのよ」
アンジェリークは、慈愛に満ちた声で静かな呟く。
アリオスは、苦しげに瞳を閉じる。
おまえの言葉は俺にはむごすぎる・・・。
この言葉は俺には似合わない。
穢れきった俺には・・・。
「神様にすら見放された奴はどうすんだよ・・・」
寂しい言葉だった。彼が余りも寂しそうに思え、アンジェリークは、アリオスの手をそっと包む。
「----誰にも愛されない人なんていないわ・・・。現にあなたにだって、あなたを心から愛するものがいるのよ」
アンジェリークは、彼の手を包む小さな手に力をこめる。
「アンジェリーク・・・」
「----少なくとも私がそうだわ・・・」
アンジェリークは、澄んだ明るい瞳をアリオスに向ける。
俺には、おまえを愛する資格などないんだ・・・!
「-----大好きよ・・・。ずっとあなたといたい・・・。いてほしい・・・」
アンジェリークは絶え入るように云う。
限界だった。
俺の理性が・・・、壊れていく・・・。
おまえを欲して壊れてゆく・・・。
愛しい、愛しい、俺の天使・・・。
アリオスは、もはや制止が出来なくなっていた。
アンジェリークの顎にそっと手を置き上向きにさせる。先ほどまで雪の結晶が乗っていた指がわずかに濡れているのが判る。
アリオスは、ゆっくりと、唇を重ねる。
探るように、優しく。
汚すように、深く。
俺は、いつかおまえを裏切るだろう・・・。
なのに、愛しすぎて、俺はおまえを離せない・・・。
雪は降り続く・・・。
運命の恋人たちの罪を覆うために・・・。
このページのmidiは、「nerve」様からお借りしています。snow#1”frozen fragiles”

コメント
雪のイベントをテーマにした創作です。切ない系にしたかったんですが、なんだか中途半端におわってしまいました(^^:)