まだ彼らが、旅をしていたときのお話。 天使が彼をまだ”旅の剣士”だと思っていた頃の。 「ねぇ〜、アリオス、凄い美味しそうな果実があるの〜! 取って欲しい〜!」 無邪気にも、メルは果実を欲しがり、アリオスにねだった。 「ったくしょうがねえお子様だな〜」 ぶつくさと不機嫌に言いながらも、アリオスが着いてくることは判っているから、メルは楽しそうに笑う。 それには彼は確信があるから。 「へへっ、だってアンジェリークも欲しいでしょう!」 「ふふ、そうですね、メルさん」 明るくころころと笑いながら、アンジェリークはアリオスの横を楽しそうにしている。 「ねぇ! 三人で行こうよ〜! ねえ!」 メルは、”三人”というところを強調して、アリオスとアンジェリークの手を引っ張った。 「ね、アリオス、一緒に行きましょう!」 アンジェリークにも微笑みかけられて、懇願されると彼は弱い。 「ったくしょーがねーなー。ダブルお子様は」 悪態を吐きながらも、アリオスは着いてきてくれる。 「よかったですね、メルさん」 「うん!」 ここまで元気いっぱいに言って、メルはそっとアンジェリークに耳打ちした。 「アリオスが一緒に来てくれるのは、アンジェリークが一緒にいるからだよ?」 その瞬間、真っ赤になってアンジェリークは俯いてしまう。 だいたいメルは確信犯なのだ。 この果実がとても美味しいことを知っていて、食べたかった。 それには自分は少し小さくて、届かない。 となると選択肢は、誰かに取ってもらうということになる。 そうなると、考えるのが人選である。 仲の良い守護聖やティムカは、背が足りない。他の守護聖は動きにくい服を着ていたり、のんびり、大層だということで却下。 セイラン、エルンストは、インドア派で無理。 残るはウ゛ィクトールかアリオスで、アンジェリークを誘えばアリオスは確実に着いてくると出した”計算”だった。 「こっちだよ〜!」 メルは二人の前を走って駆けていき、手を振る。 アリオスとアンジェリークは後ろから一緒に歩いてやってくる。 アンジェリークが楽しそうに笑いながら、アリオスと話しているのが、メルは嬉しい。 彼女を女王候補の時代から、見てきた彼にとっては、こんなに輝いて、綺麗なアンジェリークは、見たことはなかった。 明るくて一生懸命で、目的に向かって頑張る姿は、とても美しかったが、今の美しさとは違っていた。 今の彼女の美しさは、この旅で得たもの。 銀の髪の青年に恋をして得た、美しさであった。 アンジェリーク、あなたとアリオスが一緒にいるのを見るのが、メルは大好きだよ! 「あいつ嬉しそうだな?」 「そうね。そんなに美味しい果実なのかしら?」 「だったらおまえも行くべきじゃねえのか? 色気より食い気のおまえならな?」 ニヤリと、また、からかうような笑みに、アンジェリークは口を膨らませる。 「いいもん! 私とメルさんで食べるから、アリオスに何か上げない」 そのまますたすたと歩いて行く彼女を、アリオスは笑いながら追いかけた。 「こら待てよ。ったく、おまえみたいに短気な女はいないぜ」 ちらりとメルは、振り返る。 アリオスは守るようにアンジェリークのかたわらを歩いているのが見えた。 戦闘中、彼が背中でさりげなく彼女を守っているのは、誰もが気付いている。 「早く、早く!」 「待って! メルさん!」 「おい、アンジェリーク、余り走るとコケるぞ!?」 メルに急かされて、アンジェリークも駆けていき、アリオスは目を細めて、眩しそうに彼らを見つめる。 温かな木漏れ日は、俺には似合わない・・・。 だが、どこかで、その温かさを求めてしまっている・・・。 「アリオス〜!!」 駆けようとした時、アンジェリークは身体のバランスを崩してしまった。 「きゃあっ!」 「アンジェ!!」 お約束のように躓く彼女を、アリオスは慌てて受け止めた。 「ったく、言ってるはなからこれか?」 「ごめんなさい・・・」 二人の様子を、メルは心から楽しく見ていた。 「何だ、メル」 さりげなくアンジェリークから離れて、アリオスはメルを睨み付ける。 「何だ?」 「アリオスもアンジェリークも、すっごく仲がいいんね〜! これだったら、ラウ゛ラウ゛フラッシュはいらないね〜」 純粋ににこやかに笑うメルを、アンジェリークは真っ赤になって見る。 「メルさんってば・・・」 「もうちょっとだから、二人とも早く来てね〜!」 気を利かせているつもりなのか、メルは走っていってしまった。 「ったく・・・」 口では悪態を吐いてはいるが、アリオスの翡翠の瞳は優しかった。 「さ、行こ、アリオス」 「ああ・・・」 二人は顔を見合わせて笑った後、メルを追いかけていった。 「ふたりとも遅い〜!」 「おまえが早い」 「もう、アリオスったら」 メルは既に木の前に来ている。 「これね、美味しい林檎〜!」 指を指してピョンピョンと跳ね、メルはアピールする。 確かに、メルの身長では無理だ。 「林檎か・・・」 低く呟いて、アリオスは少し陰った光を瞳に浮かべる。 禁断の果実か・・・。 俺にとっては、アンジェリークそのものに思える・・・。 「ね、アリオス、取ってよ〜!」 メルの声に、アリオスは現実に気付いた。 「しょうがねえから取ってやるよ。アンジェリークも受け取ってくれ?」 ごまかすように彼は木の下に行き、準備をする。 「うん」 アンジェリークも木の下に行き、わくわくしながら、メルと二人待ちわびた。 「たのしみだね!」 「ええ!」 二人の期待を裏切ることもなく、アリオスは難なく林檎をもぐ。 「凄い」 二人は呑気にも、手を叩いて喜んでいる。 「ほら」 何個かもいでやって、アリオスは、まずメルに渡してやる。 「有り難う!!」 メルの鼻を、一瞬、甘い香りが駆け抜ける。 この香りは・・・ 彼はちらりとアンジェリークを見た後、アリオスをじっと見つめる。 「何だ? メルメル」 「-----アリオス・・・、アンジェリークと同じ香りがする」 その瞬間。 アンジェリークの顔が火が付いたように燃え上がり、メルは不思議そうに首をかしげる。 「アンジェリーク、アリオス同じ香水を付けてるんだ! ラブラブだあ〜!」 嬉しそうに笑うメルに、アンジェリークもアリオスも少しほっとする。 「アンジェリークはアリオスが大好きで、アリオスはアンジェリークが大好きなんだって証だよね!」 「メルさん・・・」 艶やかな眼差しでアリオスをアンジェリークは見つめ、アリオスのそれを受け止めてやる。 「だったら、ふたりっきりにしてあげるよ! じゃ〜後は仲良くね〜」 メルは、大事そうに林檎を抱えたまま、急いで走ってゆく。 その姿を見つめながら、アリオスとアンジェリークはそっと手を繋いだ。 メルは知らなかった---- アリオスからアンジェリークの香りがしたのは、゛同じ香水"ではなく、“移り香゛だということを----- |